「特集 Feature」 Vol.6-3 高機能薄膜材料が切り拓く未来へ(全3回配信)

高機能薄膜材料研究
逢坂哲彌(おおさかてつや)/理工学術院 ナノ・ライフ創新研究機構 教授

半導体生体センサーがもたらす医療の革新

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逢坂研究室(2015.2)

理工学術院 ナノ・ライフ創新研究機構 逢坂哲彌教授の研究テーマは、「高機能薄膜材料の開発」。蓄電池の開発のほかに、逢坂教授らの研究グループが力を入れるのが、「半導体を使った医療診断技術の開発」です。現在、多くの人が苦しむガンや糖尿病、アルツハイマー病といった生活習慣病は、早期発見して治療にあたることが、回復になにより重要となります。逢坂教授らが開発した生体半導体センサーは、それらの病気の原因物質をいちはやく検出することを可能としました。これからの予防治療に大きく貢献することが期待される生体半導体センサーの可能性について伺いました。

 

生体内のウイルスや化学物質の量を半導体によって計測する

私たちが現在、医療への応用を想定して開発を進めている素材が、FET(電界効果トランジスタ)という半導体になります。

コンピュータに使われる半導体は、電流のオン・オフの電圧の高さで変化させることで、デジタル信号を処理しています。それに対してFETは、半導体の「ゲート」と呼ばれる部分に、ウイルスや生体物質などが付着したとき、電圧が変わることを利用して、その物質の存在を判定します。

この半導体をセンサーに応用することで、鼻水や唾液、血液や尿、汗、といった比較的、簡単に手に入る人間の分泌物から、容易に健康の状態をチェックできるようにしたいというのが研究の目標です。この生体内に含まれるウイルスや化学物質の量を、半導体で計測する技術は、世界の医療機器メーカーや、国内の食料品メーカーなどが注目しており、さまざまな共同研究の相談が私たちのところに来ています。

我々の研究グループが開発した生体センサーは、血液や鼻水を一滴垂らすだけで、そこに目的の物質が含まれているかどうかを検出します。鼻水一滴にインフルエンザウイルスが15個あったとすれば、10分以内に反応して、その有無が識別できるレベルの感度を実現しました。

 

アルツハイマー病の早期診断、虫歯やガン、アレルギーの予防にも応用

これを応用して、現在研究を進めているのが、高齢の認知症患者に多い「アルツハイマー病」の予防への応用です。アルツハイマー病はまだ原因がよくわかっていない病気ですが、その患者の脳を調べると、脳細胞の中にアミロイドβという物質が溜まっていることがわかっています。

そのアミロイドβは、血液などにわずかに染み出すため、血液中のアミロイドβの濃度を調べることにおり、早期に将来のアルツハイマー病の罹患可能性を調べることができるのです。センサーの精度がより高まり、ある人が「20年後にアルツハイマー病に罹患する可能性が高い」と分かれば、予防のために薬を飲むなどの対策をとることができます。

また我々は、超小型センサーにより水素イオンを検出することで、液体のpHを測る生体pHセンサーの開発にも成功しています。このセンサーで皮膚の汗のpHを測ることで、アトピー性皮膚炎になる可能性が判定でき、現在、犬のアトピー性皮膚炎の診断への応用を進めているところです。また、虫歯というのは唾液が酸性になると発症しやすくなるのですが、歯の表面に微細なセンサーを貼ることで、日常的に唾液中の酸性度をモニタリングし、歯科の予防治療に活かすことも検討しています。

この他にも血液中の血糖値や、特殊なタンパク質の量を生体センサーで測ることで、糖尿病やガン、アレルギーなどの病気にかかる可能性が短時間で分かるようになると考えています。将来は、個々人が薬局等で市販のセンサーキットを購入して健康状態を調べ、ガンや成人病の懸念があれば医療機関に行って本格的な診察を受ける、といった予防治療に活かせるのではないかと考えています。また、脳の開頭手術中に脳細胞の状態をチェックしたり、鬱病の患者さんのホルモンバランスを調べたりといった用途への応用も想定しています。

 

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図:オンチップ型FETセンサーのバイオ・メディカル分野への応用(出典:逢坂研究室)

 

 

実用化へのカギは、大量生産の実現工学・医学・化学が連携して新技術を作ること

pHセンサーは、大手の医療機器メーカーと開発にあたり、実用化まであと一歩のところへこぎつけました。ただし現時点ではまだ、ビジネスの規模が小さいと判断されたことから、本格的な市場への投入にはいたっていません。

この技術の実用化のためには、いくつかの課題があります。まず一つ目は、生体内はコンピュータ内部のように乾いた状態ではなく、水分で満たされていますので、ウェットな環境でも問題なく動作する必要があります。また人体内部のアルカリ濃度や、生体物質に含まれるイオンに、動作が阻害されないようにすることも重要となります。この課題は、半導体の表面を特殊な膜構造で覆うことで解決しました。

さらにこの技術の普及のためには、開発した半導体が、非常に安いコストで「量産」できて、いくらでも「使い捨て」できるようになることが大切です。人体に使用するということは、感染の危険や衛生を考えれば、同じセンサーをずっと使い続けるわけにはいきません。また将来、センサーを気軽に薬局などで購入し、自分で健康をチェックできるようにするには、安いコストで大量生産できなければならないのです。

そしてセンサーを治療に役立てるためには、何万人、何十万人に使用してもらうことで大量のデータを集めて、解析する必要があります。そのためにも、生体センサーの量産技術を確立することが必須となるのです。そのためにも現在、印刷技術を応用することによって、FETの大量生産の道を探っています。センサーの制作費用は現在、1つ2万円程度ですが、これが量産できるようになれば、1つ50円程度に下がる見込みです。

 

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図:マイクロpHセンサーの応用の可能性(出典:逢坂研究室)

 

将来的には、皮膚に無線装置と組み合わせた半導体センサーを貼り付けることで、手元においたスマートフォンでいつでも自分の健康状態をチェックできるようなシステムの構築も視野に入れています。アメリカのアップルなどのメーカーが「スマートウォッチ」と呼ばれる製品の開発を進めていますが、それらも人の健康を常時チェックすることで、医療や保険等のビジネスにつなげていくことを視野に入れていると思われます。半導体センサーが切り拓く、ヘルスケア市場はこれから非常に巨大なものになっていくはずです。

日本を筆頭に、高齢化が進む先進国ではどこも、予防医療がこれから非常に重要になります。この生体半導体センサーは、予防医療の発展と普及に大いに役立つことは間違いありません。また近年多くの大学・研究機関が力を入れる「医工連携」という観点から見ても、最先端の研究分野であると言えます。我々の研究室にも、工学、化学、医学等、さまざまな専門を持つ研究者が集まっています。多くの人の健康に役立つこの研究に、ガッツのある若い人が参加してくれることを願っています。

 

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プロフィール

プロフィール

1974年早稲田大学大学院理工学研究科応用化学専攻修了、工学博士取得、1976年米国ジョージタウン大学 博士研究員、1986年早稲田大学教授、現在に至る、1989年米国ミネソタ大学客員教授、1998年早稲田大学理工学研究科委員長、早稲田大学評議員、2002年早稲田大学研究推進部長、2014年早稲田大学学長代理(研究推進)、2014年早稲田大学理工学術院副学術院長 2015年早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 機構長。

学外の役職として2013年に米国電気化学会(ECS)会長を務める。エレクトロニクス実装学会会長、電気化学会会長、日本磁気学会会長など、数々の役職歴がある。近年の受賞歴として2008年文部科学大臣表彰科学技術賞(開発部門)、 2010年平成22年春 紫綬褒章(発明改良功績)、2013年大隈記念学術褒賞等、数多くの賞を受賞している。

 研究業績

Batteries & Fuel cells(バッテリー&燃料電池)

  • “New Si–O–C composite film anode materials for LIB by electrodeposition”, J. Mater. Chem. A, 2, 883 (2014)
  • “Application of Electrochemical Impedance Spectroscopy to Ferri/Ferrocyanide Redox Couple and Lithium Ion Battery Systems Using a Square Wave as Signal Input”, Electrochim. Acta, 180, 922 (2015)
  • “Development of Diagnostic Process for Commercially Available Batteries, Especially Lithium Ion Battery, by Electrochemical Impedance Spectroscopy”, J. Electrochem. Soc., 162, A2529 (2015)
  • “Impedance analysis counting reaction distribution on degradation of cathode catalyst layer in PEFCs”, J. Electrochem. Soc., 158, B1184 (2011)

Biosensors & Biomaterials (バイオセンサー& 生体材料)

  • “Attomolar detection of influenza A virus hemagglutinin human H1 and avian H5 using glycan-blotted field effect transistor biosensor”, Anal. Chem., 85, 5641 (2013)
  • “Sensitive electrical detection of human prion proteins using field effect transistor biosensor with dual-ligand binding amplification”, Biosens. Bioelectron., 67, 256 (2015)
  • “Induction of Cell Death in Mesothelioma Cells by Magnetite Nanoparticles”, ACS Biomater. Sci. Eng., 1, 632 (2015)

Magnetic recording devices & Electronic devices(磁気記録装置電子デバイス)

  • “A Soft Magnetic CoNiFe Film with High Saturation Magnetic Flux Density and Low Coercivity”, Nature, 392, 796 (1998)
  • “Injection of synthesized FePt nanoparticles in hole-patterns for bit patterned media”, J. Magn. Magn. Matter., 324, 303 (2012)
  • “Effect of Carbon Inclusion on Microstructure of Electrodeposited Au-Ni Alloy Films”, J. Electrochem. Soc., 158, D403 (2011)

 

 

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