2026年6月21日(日)、田中愛治総長は愛知県豊川市を訪れ、諏訪墓地内の豊川海軍工廠戦没学生慰霊碑に献花しました。当日の慰霊行事は、早稲田大学の地域の校友組織である豊川稲門会および東三河稲門会の主催により行われたもので、地域の校友らが参列しました。

豊川海軍工廠は、1939(昭和14年)に開設された海軍の軍需工場で、太平洋戦争末期には学徒勤労動員の受け入れ先となり、早稲田大学をはじめ全国の大学や学校から多くの学生・生徒が動員されました。
1945(昭和20年)8月7日、豊川海軍工廠は米軍による大規模な空襲を受け、多数の犠牲者が生じました。当時、全国から集められ勤労に従事していた学生・生徒も犠牲となり、早稲田大学の学生15人を含む多くの学徒が命を落としました。
諏訪墓地内には本学の他にも立命館大学等の学徒らを慰霊する碑が建立されており、当日は、豊川市の竹本幸夫市長(立命館大学卒)も参列され、早稲田大学学徒と立命館大学学徒戦没者を慰霊する二つの碑に献花・黙とうを行いました。
慰霊碑は住宅街の一角にあり、周辺には豊川海軍工廠に関する案内パネルや他の慰霊碑も設置されています。豊川海軍工廠の跡地や関連施設は、戦争の歴史を伝える地域の貴重な記憶遺産となっています。
施設の管理は豊川市が行っていますが、豊川稲門会や東三河稲門会の会員が清掃活動などを通じて慰霊碑の維持に協力しています。校友らは長年にわたり慰霊碑を見守り続け、戦没学徒への追悼とともに、地域に残る戦争の記憶や平和の大切さを後世へ伝える活動に取り組んでいます。
田中総長の献花は、こうした地域の校友による継承活動への理解を深める機会ともなりました。








