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持たない社会に法は追いつくか
早稲田大学Podcasts「博士一歩前」ミニコラム
Mon 10 Nov 25
早稲田大学Podcasts「博士一歩前」ミニコラム
Mon 10 Nov 25
早稲田大学では現在、ポッドキャスト番組「博士一歩前」 を配信中です。
今回は配信中のエピソードのうち、法学学術院の肥塚肇雄教授に技術の発展により、これまで当たり前だったルールが揺らいでいることについてお話いただいたので、その部分を抜粋してご紹介します。
【エピソードはこちらからお聞きいただけます】
Q. 仮想空間といった新しい世界の出現により、社会の根幹に関わる、当たり前と思われてきたルールが揺らいでいます。例えばこれまで100年以上にわたり私たちの社会を支えてきた「所有権」という考え方が、現在揺らいでいると耳にしました。本当でしょうか。
肥塚肇雄教授:
そうですね。非常に大きな問題提起だと思います。産業革命以降、社会が工業化するなかで流通を支えていたのは所有権でした。日本でいえば高度経済成長期、大量生産・大量消費の時代には、原材料を購入し、それを工場で加工して同じ規格の商品を大量に生産し、小売店を通して消費者が購入する。この一連の流れを通じて、所有権が絶えず流通していたわけです。
その仕組みを支えるために、高速道路や新幹線、港湾、空港といった物流インフラが整備されました。そして高度経済成長を経てバブル経済を迎えましたが、バブル崩壊とともに大量生産・大量消費の時代は終わりを告げました。
一方で、デジタル化が進展し、個人のライフスタイルや思考に合った商品を提供できるようになりました。いわゆる「デザイン思考」に基づき、顧客ニーズに合致した商品やサービスを企業が提供する流れが加速しました。さらに生成AIの活用も広がり、所有から利用へという流れのもと、サブスクリプションやシェアリングエコノミーといった新しい仕組みも登場しました。
こうして所有権が果たす役割は相対的に低下し、特に大衆的な観点では「所有しなくてもよい」という発想が広がりつつあります。その一方で、所有権は生活の安定を支えてきた側面もあります。土地や住宅といった資産は、万一の際の「生活の砦」として機能してきました。それを放棄するという考え方には、私自身も懸念を抱いています。
また、メタバース空間において土地の売買が話題になっていますが、データ空間に「所有権」を認められるのかという疑問もあります。有体物でなければ本来は所有権を設定できません。それにもかかわらず「デジタル所有権」という新しい概念が生まれつつあるのは興味深い動きです。
肥塚 肇雄 教授
1984年中央大学法学部卒業。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了、慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得中途退学。
博士(法学、慶應義塾大学)、米国University of Connecticut LLM in Insurance Program修了、LLM in Insurance、下関市立大学経済学部講師・助教授・教授、香川大学法学部助教授・准教授・教授、放送大学客員教授、明治大学自動運転社会総合研究所客員研究員などを経て、2023年より早稲田大学法学学術院・法学部教授。専門は先端科学技術と法。
日本保険学会理事長、AIDA(国際保険法学会)Presidential Council、日本交通法学会理事、 日本賠償科学会理事、 公益財団法人交通事故紛争処理センター判例調査専門委員などを歴任。自動運転・遠隔医療に関する法的課題にも精通。著書:『無保険車傷害保険と免責の法理』(信山社、2000) 。
島岡 未来子 教授(番組MC)
研究戦略センター教授。専門は研究戦略・評価、非営利組織経営、協働ガバナンス、起業家精神教育。2013年早稲田大学公共経営研究科博士課程修了、公共経営博士。文部科学省EDGEプログラム、EDGE-NEXTプログラムの採択を受け早稲田大学で実施する「WASEDA-EDGE 人材育成プログラム」の運営に携わり、2019年より事務局長。2021年9月から、早稲田大学研究戦略センター教授。
左から、島岡未来子教授、肥塚肇雄教授。
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリ)のスタジオで収録。