本日、ここに2010年度9月学部卒業式、芸術学校卒業式、大学院学位授与式を挙行するに当たり、大学を代表して、卒業生・修了生諸君並びにご列席のご家族・友人の皆様に対し、心よりお祝いを申し上げます。本日、早稲田大学を巣立っていかれるのは、学部卒業者651名、大学院修士課程284名、大学院専門職課程133名、博士学位受領者94名、合計1,162名となります。年々、9月卒業者は増加しています。
この中には、留学生も数多く含まれています。これは、近年本学が「アジア太平洋地域における知の共創」を掲げ、日本の大学という存在を超えるため、さらなる国際化の進展に取り組んでいることの象徴でもあります。日本にとっても世界にとってもグローバルな地球規模の課題が山積している中で、多彩で個性溢れる将来のリーダーを世に送り出すことができるのはこの上ない慶びであります。
ところで、皆様にとって記念すべき卒業式の会場である大隈記念大講堂について触れたいと思います。大隈さんは1922(大正11)年1月に亡くなられましたが、まもなく彼の悲願であった大講堂を建設する声があがりました。関東大震災のため着工が遅れはしたものの、1927(昭和2)年10月に創立45周年と大隈講堂会館記念式典が行われました。この大隈講堂は、国の重要文化財で歴史的建造物となっていますが、単なる建物というよりも早稲田大学の歴史的価値と大隈さんの理想を象徴するものと考えられています。国家発展の基礎は近代的な立憲政治の社会を作り出すことにあり、その担い手は自主独立の精神に満ちた青年達の若い力と斬新な知識である。この大隈の理想に共鳴し、東京専門学校の設立に参画した建学の母・小野梓、そして早稲田の四尊と言われる、当時東京大学を出たばかりの高田早苗、天野為之、市島謙吉、坪内逍遥など、理想と情熱に燃えた若き志士たちが、建学の理念を学生とともに具現化し、私学の雄としての伝統の基盤を築き上げた早稲田の歴史を示すものです。創立25周年での校歌の制定、30周年における「学の独立、学問の活用、模範国民の造就」という早稲田大学教旨の宣言と同様、建学者達の高い志と久遠の理想の象徴でもあります。その社会での評価は、総工費の全てが、当時考えられない55,000人にもおよぶ篤志家、卒業生等の寄付で賄われたことにも示されています。
ところで、皆さんは明日からあらゆる分野に飛び立ちます。産業界、経済界、官界等だけでなく研究者を志す人、留学をする人、母国へ帰る人など多種多彩です。専門職大学院で学びなおし、再び実社会にチャレンジする方も多くいることでしょう。いずれにしても、世界的競争環境の中で、中国をはじめとする各国経済力の根本的変化、円高基調の問題など世界の経済・金融そして社会システムに大変急速な地殻変動が起きています。国内においては、変化に対応できないでいる多くの社会システムが未整備となり混迷した状態が続いています。年金記録、戸籍の問題等構造的な社会問題が頻発していることはその現れです。また、地球温暖化、感染症、食糧、資源問題など国境、地域を超えて人類が協力して取り組まなければいけない共通課題も急速に顕在化し、同時に武力紛争、テロ活動、地震災害等も日々発生しています。このような出来事は、世界中の国々・地域のよその話ではなく、相互依存性が強くなった今日、私たちに直結した事柄であります。このような問題に対し、多くの努力がなされています。しかし、EUのような広域な協調によっても、2国間の協定の仕組みによっても、持続可能性や安全を容易に保障することはできません。
気候変動の原因にどれだけ人為的要素があるのか明確ではありませんが、日本では、この夏(6~8月)、統計をとり始めた1898年以降113年間で最高の平均気温を記録し、最高気温が35度以上になる猛暑日も熱帯夜も統計開始以来最多日数を更新しました。世界を見ても、7月下旬のパキスタンの大洪水は、国土の5分の1が被害を受け、近年のスマトラ津波災害、パキスタン地震、ハイチ地震を合わせたよりもひどい災害と報道されています。
こうした、自然環境だけでなく、政治、経済、科学技術など様々な問題が複雑に連関しながら国境を超え、グローバル化している世界で、人類は自らかかげる理想あるいは義務、つまり、貧困、紛争、災害などのあらゆる脅威から「人」を守ろうとする人類の安全保障を実現しなければいけない。皆さんは、二十一世紀の世界を作らなければならない。皆さんは、この早稲田の多様性にあふれる学園生活と体験的学習をとおして、「進取の精神」に表される積極果敢な生き方と、現実から本質を掴むことを学び、社会の現場に出た時、自ら問題を発見し解決していく能力を開発し、自分自身の人類につながる「志」に確かな気づきを獲得したと信じています。
大隈さんは人生を川の流れに譬えています。青年期に相当する上流の流れは急で激しく、何度か岩に衝突して砕け滝壺に溜まり、溢れ出ることを幾度も経験して安定した大きな流れになっていくと。また、卒業にあたって「道徳の腐敗とか社会の活気のなさなどは、もっとも恐ろしい敵である。もう、出陣しない前から敵があらわれてきている」と注意を喚起しています。全く今の時代について語っているようです。そして、「成功より失敗が多い。度々失敗することで、大切な経験を得る。その経験で次を成功をさせなければならない」とし、さらにもう一つ、「すべての仕事をすると同時に、手に本を持っていなければいけない。本を放したら、誰でも直ちに失敗し、再び社会に立つことは出来なくなってしまう」と説き、生涯学習することの重要性を指摘しています。常に学んで自分の考え方を磨き他を広く深く理解できるようにしなければならない。「高く翔ばんと欲すれば、深く学ばざるべからず」とも言っておられます。
日本古来の熟達の概念に、つまりプロフェッショナルへの過程として、「守・破・離」があります。まず、基礎(型)を徹底的に習得し、次に身に付けた型を自分からあえて破る、つまり、独自のやり方を生み出していく。ここでどのレベルのプロになれるかは個人の志と行動にかかっている。おおよそ10年という経験期間を経てプロの入り口に立ち、20年で油が乗った時期を迎える。その後はさらに自由になって名人の領域に入るとされています。いずれにしても、キャリアの歩みの進め方は一人一人異なるわけですが、節目を迎えたときに立ち止まりキャリアについて考え自分を進化させることが大切です。キャリアをデザインするためには、何が得意か、何がやりたいか、何をやっている時に意味を感じ、社会に役立っていると実感できるかを自問することにより、仕事に対する自己概念を明確にイメージにすることが必要です。
早稲田大学は、自らの未来と共に社会を切り拓く力を持つ人材を育成し、世界の中で存在感を高めることを最大のテーマとして全力で取り組んできました。その早稲田で育った皆さんは、ハードルが高ければ高いほど勇気をもって困難に立ち向かう人間力と知力そしてかけがえのないヒューマンネットワークを充分に有しています。自信を持って出発して下さい。この早稲田の杜に集まり散じた先達、先輩が未開の問題に取り組み、解決してきた知の蓄積を継承し、さらに創造を加えて下さい。世界中で活躍している56万人校友コミュニティの価値ある一員として、世のため人のため、それぞれの立場で汗と涙を流し、社会に貢献することを大いに期待しています。
卒業生諸君本当におめでとう。