祝辞 北川 悦吏子 様
脚本家・映画監督
こんにちは。脚本家の北川悦吏子と申します。
今日は、体調がままならず、そこまでいけず、ごめんなさい。昨日まで行くつもりでした。こんな、弱い生き物な、ぐらんくらんした私が、祝辞なんて読んでいいのかな、と思いますが、たまには、完璧じゃない人の、未だ人生に彷徨える人の祝辞もいいのかな、と。録音した声だけ、というこんな失礼な形になってしまったことを、どうか、広い心でお許しください。
みなさん、早稲田大学へのご入学、おめでとうございます。
ご家族の方々も、ここにいるみなさんの受験を応援してきた方々も、本当におめでとうございます。やっと、ホッとしているところだと思います。なんて、自分の受験シーズンを思い出します。
私は、C判定で、あ、ABCDEのC判定で文学部に、そのころは一文と言いましたが、第一文学部に入学したので、すごくうれしかったです。今でも、覚えているほどです。あれから、たくさんの時が流れてしまいました。あの頃の上に、いろんな時が、積み重ねってしまいました。その積み重なった時間から、大学時代ってやつをひっぱり出して、埃を払って、じっと見つめて、私の大学時代、あの四年間ってなんだったんだろう、と今、考えてみます。
ちょっと、私の新作ドラマの話をします。オンエアはまだ、先、5月です。
テレビ東京の60周年記念ドラマとして「生きとし、生けるもの」というスペシャルドラマを書きました。完全オリジナルです。主演は、渡辺謙さんと、妻夫木聡くんです。私から、おふたりに、出演をお願いしました。
このドラマは、死んでいく患者と、生き残る医者の、生と死の物語です。患者の役が渡辺謙さんで、お医者さんの役が、妻夫木くんです。
私は、ずっと長く、病気を患っていました。そしてシナリオを書いてきました。今もです。
そんなが私が、生きることと、死ぬことと、そして、安楽死、それらを扱ったドラマを書きたいと、もう10年、くらい思っていて、なかなか叶わず、まあ、スポンサーつきづらいんですよね、安楽死とか扱うと。今回、やっと実現しました。
渡辺謙さんとの話を少しします。
最初に、この企画をテレビ局から謙さんに持ち込んだ時に、即座に断られました。生と死をきちんと描いた作品に、出逢えた試しがない、という厳しいお言葉でした。彼は、白血病を患ったことがあります。そのリアルを思ってらっしゃるんだなあ、と思いました。私は諦めきれず、プロットを、あ、物語の筋書きですね。それを、書いて、渡しました。とにかく、読んでください、と。
謙さんは、やっぱり断っていらっしゃいました。丁寧なメールを私に、直接いただきました。プロットの思いは伝わるのですが、やっぱり僕には無理だ、と。なんとなくですが、こわいのだなあ、と思いました。一度、病気や死に直面した人間は、もう一度それをなぞることが、こわいんです。
でも、私はわかりました、と言いませんでした。謙さんが断れば、他の人がこの役をやります。それは、偽物じゃないですか?
でも、謙さんが、死を本気でこわがる人が、この役やれば、死に行く役をやれば、他の作品にはない凄味が出るのでは、と、書いて返信しました。鬼ですね。
それから、しばらくメールのやりとりが続きました。お会いしたことはありません。
私は、ある時、白状しました。実は、私もこれを書くのがこわいです、と。病気を知る私は、これを書くのが怖いです。できたら、半分、しょってもらえませんか? と勇気を出して言いました。そして、後悔しました。
なぜ、会ったこともない、行きずりの、道ですれ違っただけ、みたいな私の、半分を、背負わなければいけないのでしょうか? おかしいです。
忘れてください。もう、言いません。
いつか、また別のお仕事でお会いできますよう、と最後のメールを書きました。
そのとき、私は、やっぱりヘナチョコで慶應病院に入院していました。
その次の朝、メールを開くと、とても早い時間に返信が来ていました。6時くらいだったかな。北川さんが、僕が演じるその役を気に入るかどうかわかりませんが、やらせていだたきます。と書かれていました。
そして、ご本人とお会いし、シナリオを書き、準備をし、作品は今、音楽をつけているところです。もうすぐ、出来上がります。私の何が謙さんの心を動かしたかわかりません。
でも、ただただ、本気でした。そして、「生きとし生けるもの」というドラマをちゃんと書くぞ、という覚悟だけが、ありました。
私は、弱い人間です。でも、強くなりたいと願っています。タフでいたいです。その自分がいつ作られてかと言うと、早稲田の頃じゃないか、と思うんです。
私は、人生で大切なことはすべて早稲田で学んだ、と思っているようなところがあります。
みなさんにお伝えしたいのは、人と関わることを、恐れない、ってことです。人と関わってください。うざいぐらいに。
夜中じゅう、話をしたりとか、意見が違うなと思ったら、それをそのまま、気兼ねしないで、ぶつけあってみたりとか、好きなことを見つけてとことこんやってみるのもいい。そういうことって、社会人になるとなかなか出来ないと思います。明日の会社があると、人は早く寝ないとって、そっちを優先してしまいます。
大学時代は、そういう責任のない時代です。人と深くかかわってほしい。
無駄な時間を過ごしてほしい。喧嘩をしてほしい。気まずくなってほしい。仲直りをしてほしい。
時間がたっぷりあるんです。傷つけあったりしてもいいと思う。強くなれます。そして、若い年齢が味方します。傷は癒えます。
マンモス大学である早稲田という人の海にダイブしてみてください。
素敵な人にたくさん、いや、たくさんじゃなくてもいいんだけど、めぐり逢えます。
ここには、魅力的な人が集っていると思います。人と関わると、自分ひとりでは、生まれなかった、何かが生まれたりします。
昔「オレンジデイズ」という作品を書きました。大学生の青春群像ドラマです。自分の大学時代がなんなとく、反映されています。今、ネットフリックスやディズニープラスなど配信で観られます。TVerの無料配信もやってたような・・・。主題歌が、ミスターチルドレンのサインという曲なんですが、
その時に、曲の参考にしたいから北川さんの大学時代の思い出をひとつください、と言われました。
私は、困ってしまって、でも、ふっと浮かんだのが、すごいボロ車に、友達と四人で乗っていて、確か4限、5限が終わった夕暮れ時だったと思うんですが、その時の風景でした。後部座席に座っている私に、前に座ってた同級生の男の子が振り向いて
「あ、今、北川の髪に、夕日あたっててすげー、きれい」って言ったんですよ。なんか、その光景を思い出して、そのまま伝えました。そうしたら、すごくきれいな歌詞になって、入ってました。
「緑道の木漏れ日が、君にあたって揺れる。時間(時)の美しさと残酷さを知る」
というフレーズです。
なんでもない風景が心に残ります。私は、大学の四年間は宝探しじゃないかと思います。自分だけの、宝を見つけてください。生涯の宝物になるし、これからを支え続けると思います。
長々とすみません。
どうもありがとうございました。良い大学生活を。きっと楽しいです。