春ウコンに含まれる活性成分を同定

認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患の予防に向けて期待高まる

春ウコンに含まれる3つの生物活性成分を同定

coronarin Dが神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導を強く促進

発表のポイント

秋ウコンと比べて研究が遅れている春ウコンについて、in vitro神経分化誘導システムを用いてクルクミン以外の活性成分の探索を行った

神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導を強く促進する春ウコンの活性成分として、coronarin Dを見出すことが出来た

認知症やパーキンソン病をはじめとした神経変性疾患に対する予防サプリメントへのcoronarin Dの機能応用が期待できる

早稲田大学理工学術院の大塚悟史(おおつかさとし)招聘研究員(研究当時)、および中尾洋一(なかおよういち)教授らの研究グループは、春ウコンCurcuma aromaticaに含まれる生物活性成分として①coronarin C、②coronarin D、③(E)-labda-8(17),12-diene-15,16-dialの3種類を同定しました。そのうち、coronarin Dには神経幹細胞※1からアストロサイト※2への分化誘導を強く促進する活性があることを見出しました。

本研究成果は、米国化学会誌『Journal of Agricultural and Food Chemistry』に2022年3月4日(金)付けでオンライン掲載されました。

【論文情報】

雑誌名:Journal of Agricultural and Food Chemistry
論文名:Coronarin D, a Metabolite from the Wild Turmeric, Curcuma aromatica, Promotes the Differentiation of Neural Stem Cells into Astrocytes

 これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

春ウコン(Curcuma aromatica)は、2000年以上前からアジアを中心に漢方や生薬として広く親しまれてきた食材であり、抗炎症作用や、抗酸化作用、神経保護作用など様々な生物活性を有することが報告されています。これらの多様な春ウコンの効能が経験的に蓄積されてきた結果、現代でも漢方や生薬として利用されていると考えられます。

これまで春ウコンの有効成分について機能解析が進められてきましたが、その多くはウコン由来の主要な有効成分として有名なクルクミンが中心であり、その他の有効成分の探索および機能解析は限られていました。例えば、クルクミンには神経幹細胞の増殖やニューロン※3への分化を促進する作用が知られていますが、それ以外の春ウコン成分の神経幹細胞の増殖、分化調節活性については深く研究されていませんでした。

一方、成人脳内の一部の領域に存在する神経幹細胞は、必要に応じてニューロンやグリア細胞※4などの神経系細胞に分化することで中枢神経系機能のバランスを保っています。近年、グリア細胞の一種であるアストロサイトがアルツハイマー病の原因タンパク質の一つアミロイドβ※5の分解に関わっていることが報告されています。また、アストロサイトの機能異常やアストロサイト数の減少がアルツハイマー病やうつ症状などの神経変性疾患の発症に関与することも明らかになりつつあります。このような背景から、機能異常に陥ったアストロサイトの機能回復を標的とした神経変性疾患治療薬の開発が進められています。しかし、現時点では“正常なアストロサイトそのものの数を増加させる”といった予防医学的観点に立った医薬品の開発研究例は限られています。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

そこで本研究グループは、未だ研究の余地が残されている

アストロサイトへの分化誘導を促すことで正常なアストロサイト数を増やす”

という予防医学的な目標を設定しました。そのうえで、未知の生物活性成分が豊富に含まれていると考えられる春ウコンから、アストロサイトへの分化誘導促進活性成分を探索しました。

具体的には、独自に開発したマウスES細胞※6由来神経幹細胞のin vitro神経分化誘導システム※7によるアッセイ系※8を用いて、神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導を促進する活性成分の探索を行いました。アストロサイトへの分化誘導促進活性を指標として、春ウコン抽出物から各種クロマトグラフィーによって活性成分の精製を行いました。これによりラブダン骨格※9を有する3種類の化合物を活性本体として得ることができました。これらの活性化合物についてMSおよびNMRなどの各種スペクトル解析を行った結果、それぞれ① coronarin Cおよび ② coronarin D、③ (E)-labda-8(17),12-diene-15,16-dialと同定することができました(図1)。

 

各化合物の活性を比較した結果、3つの化合物の中ではcoronarin Dが一番強くアストロサイトへの分化誘導を促進し、コントロール条件に比べてアストロサイト分化率が約3倍(3.19±0.366)に増加しました(図2下)。これに対し、coronarin Cおよび(E)-labda-8(17),12-diene-15,16-dialは、類似の構造部分を共有するにもかかわらず、coronarin Dと比較して弱い効果(それぞれコントロール比1.30±0.121、1.45±0.265)しか示さないことが分かりました(図2下)。以上のような構造―活性相関解析の結果、アストロサイトへの分化促進活性には二環性部分(図1青枠部分)に加えて、15-ヒドロキシ-Δ12-γ-ラクトン構造に含まれる二重結合の位置が重要であることが示唆されました(図1赤丸部分)。

アストロサイトへの分化誘導過程で活性化されるシグナル経路のひとつにJAK/STAT※10シグナル経路があります。転写因子のSTAT3※11は活性型のJAK によりリン酸化を受けて活性化される(pSTAT3)と、核内移行してGFAPなどアストロサイトで多く発現している遺伝子の転写を促進する結果、アストロサイトへの分化を誘導することが知られています。そこで、coronarin Dが本シグナル経路を活性化させるか確認するために、フローサイトメトリーを用いてpSTAT3陽性細胞率を分析しました。その結果、coronarin Dはコントロールに比べてpSTAT3陽性細胞率を大幅に増加させました。このことから、JAK/STATシグナル経路を介してアストロサイトへの分化誘導を促進している可能性が示唆されました(図3)。

研究の波及効果や社会的影響

高齢化が進むわが国においては、認知症やパーキンソン病をはじめとした神経変性疾患患者数の増加と、それに伴う医療費負担の増大が問題になっており、その対策は急務と言えます。加齢に伴って生じる神経変性疾患への対策には、治療薬・予防薬の開発が重要なのはもちろんですが、日々摂取する食品もしくはサプリメントを通して予防ができれば、その波及効果は大きいと考えられます。

今回、神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導を強く促進する春ウコンの活性成分として、coronarin Dを見出すことができました。春ウコンは生薬や漢方もしくは食品としても広く使用されてきた歴史があります。アストロサイトへの分化誘導促進成分として今回我々が見出した春ウコン由来のcoronarin Dを食事やサプリメントを通して継続的に摂取することで、加齢による神経変性疾患に対する予防効果が期待できます。また、coronarin Dは元来食品成分であるために、安全性が確認されている天然成分として医薬品開発への応用も期待されます。

今後の課題

今回の成果では、coronarin DがJAK/STATシグナル経路を介してアストロサイト分化を促進している可能性が示唆されたため、今後はこのシグナル経路に関与する遺伝子群や種々の生体分子に注目してcoronarin Dの精密な作用機序解析を行う必要があります。また、今回はマウスES細胞由来の神経幹細胞を用いて活性を評価しましたが、今後はヒトiPS細胞由来の神経幹細胞を用いてヒト細胞における活性の確認や、動物モデルを用いたin vivo活性の評価を行った上で、臨床応用に向けた知見を積み重ねる必要があります。

研究者のコメント

神経幹細胞のアストロサイトへの分化を調節する食品についての研究は限られています。今回、本研究グループが見出した春ウコン由来のcoronarin Dの作用機序解明が進めば、神経変性疾患に苦しむ患者を救う医薬品開発や、加齢に伴う神経変性疾患の予防を通して、健康寿命の延長に貢献できると信じています。

用語解説

※1 神経幹細胞

神経活動を担うニューロンや、その機能を支持するアストロサイトなどのグリア細胞に分化する能力を持つ幹細胞。成人脳内の海馬や側脳室などに分布して必要に応じてニューロンやグリア細胞に分化することで、生涯を通じて神経系細胞を供給し続けることが知られている。

※2 アストロサイト

グリア細胞のひとつで星状膠細胞とも呼ばれている。神経ネットワークの構造の維持のほか、各種神経伝達物質のやり取りにも関与し、脳の機能維持や可塑性に調節している。

※3 ニューロン

神経細胞。樹状突起で他の神経細胞から受け取った刺激を、軸索を通じて別の細胞に伝達することで神経伝達機能を担う。

※4 グリア細胞

神経系を構成する細胞のうち、ニューロン以外の細胞の総称。アストロサイトやオリゴデンドロサイト、ミクログリアなどのグリア細胞がニューロンと協調して神経活動を支えている。

※5 アミロイドβ

アルツハイマー病の原因タンパク質のひとつである40個程度のアミノ酸からなるペプチド。これが異常凝集したものが老人斑として脳内に蓄積することがアルツハイマー病の病理学的特徴の一つとして知られている。

※6 マウスES細胞

マウス胚性(embryonic stem)幹細胞。受精後3、4日目の胚盤胞から取り出して作製される多能性幹細胞の一つで、自己複製能とあらゆる組織の細胞への分化能を持つ細胞のことである。

※7  in vitro神経分化誘導システム

生体内で起こる神経幹細胞からニューロンやアストロサイトなどの神経系細胞への分化誘導過程を培養器内で再現したもの。今回はマウスES細胞由来の神経幹細胞を用いており、培養条件を変えることで細胞増殖と分化誘導の割合を調節することが可能になる。

※8 アッセイ系

被験物質の存在、量、または機能活性を定性的もしくは定量的に評価、測定するための試験。本研究では、各化合物の神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導効率を評価した。

※9 ラブダン骨格

天然の二環性ジテルペンであるラブダンを基本構造とし、ラブダンまたはラブダンジテルペンと総称される幅広い天然化合物を構成する基本骨格。ラブダン骨格を有する化合物には抗菌作用や抗炎症作用など様々な生理活性があることが確認されている。

※10 JAK/STAT

細胞間の情報伝達を行うシグナル経路のひとつ。サイトカインなどの分子が細胞表面の受容体に結合することで活性化したJAK(リン酸化酵素のひとつ)が転写因子STAT3をリン酸化することでシグナルが伝達される。

※11 STAT3

細胞の増殖や分化、細胞死を調節する転写因子。非活性化状態では細胞質に存在するが、JAK によりリン酸化を受けて活性化される(pSTAT3)と、核内移行して標的遺伝子の転写を促進する。活性型であるpSTAT3によってアストロサイトへの分化が誘導されることが知られている。

論文情報

雑誌名:Journal of Agricultural and Food Chemistry
論文名:Coronarin D, a Metabolite from the Wild Turmeric, Curcuma aromatica, Promotes the Differentiation of Neural Stem Cells into Astrocytes
執筆者名(所属機関名):大塚悟史1、2、川村緑1、藤野修太郎1、中村文彬1、新井大祐1、伏谷伸宏2、3中尾洋一1、2*(1:早稲田大学先進理工学部 化学・生命化学科、2:早稲田大学理工学術院総合研究所、3:一般財団法人 函館国際水産・海洋都市推進機構、*責任著者)
オンライン掲載日:2022年3月4日(金)
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.2c00020
DOI10.1021/acs.jafc.2c00020

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費 21H02073、18H02100(中尾洋一)、26221204(吉田稔、国立研究開発法人 理化学研究所)、20KK0130(中山二郎、九州大学 農学研究院)、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「革新的技術創造促進事業」(異分野融合共同研究)(14538918、中尾洋一)の助成を受けて行われたものです。

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