「ファッションに関わりを持ったのはまったくの偶然」と、ファッションブランドTory BurchのCEO兼デザイナーのトリー・バーチ氏は言います。大隈記念講堂に集まった来場者は、バーチ氏の大学時代のエピソードからTory Burchのグローバルな成功までの話に、じっくりと耳を傾けていました。2017年10月23日に行われたバーチ氏の講演会は、グローバルな起業家を育成する早稲田大学のWASEDA-EDGE人材育成プログラムが主催し、動物愛護を支援する一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表理事の滝川クリステル氏が聞き手を務めました。
「農場や自然が多くある地域で幼少時代を過ごした後、ペンシルバニア大学で美術史を学び、アートの世界へ飛び込もうとしていました。たくさんの履歴書を書いて売り込みの電話をかけていたところ、ゾーランという、とてもエキセントリックなデザイナーが仕事のオファーをしてくれた──のはよかったんですが、卒業式を控えた1週間以内にニューヨークへ引っ越し、仕事を始めなければならなかったんです。とてもクレイジーだったけれど、今まででは想像できなかったようなこの経験が私をファッション界へと引き込みました。」その後、バーチ氏はVera WangやPolo Ralph LaurenといったハイブランドでPRを担当、2004年にTory Burchを立ち上げました。
Tory Burchは、マンハッタンにある小さなブティックとしてスタートしました。誰もインターネットでは商品を買わないと信じ込んでいた時代に、ウェブサイトを最初に開設した会社の一つです。バーチ氏は「みんなに止められたけど、あまり言うことを聞かなかった」そうで、ビジネスを始めた翌年、アメリカでもっとも有名なテレビ番組の司会者、オプラ・ウィンフリー氏のショーに招かれ『ファッションの次なるブーム』とたたえられました。これをきっかけにTory Burchは飛躍。2015年にはクラシックでレトロなスタイルのハイテクスポーツウェアコレクション「Tory Sport」を開始し、今秋、日本に初上陸しました。
ネガティブなことは雑音だと考える
成功を収めた彼女をうらやむ人も少なくありません。しかし実際は、ビジネスに従事する女性としての困難に何度も立ち向かってきたと言います。「自社ブランド設立前、私は自分が夢にまで見た仕事をオファーされましたが、3人目の子どもを妊娠していることがわかりました。それで、専業主婦になる道を選んだんです。起業家というのは、次に何が起こるかわからないし、1,000以上のことが起こっているさなか、プレッシャーに耐え、品位を保たなければならない。でも、よいリーダーでなければいけないのと同じように、よい親でありたい。その時私は、子育てと仕事をうまく両立できないと悟りました。人生では、すべてを手に入れられないときもある。だからワークライフバランスとは、自分にとって何が一番いいかを見極めることだ、と思います。」
しかしいまだに多くの産業は、男性にしか寛容ではありません。バーチ氏が会社を立ち上げた当初、うぬぼれている、数シーズンしか持たないなどとも言われたそうです。そんな時、バーチ氏はご両親からの『ネガティブなことは雑音だと考えなさい』というアドバイスに従いました。「ビジネスでは信念を持ち、自分を信じなければなりません」とバーチ氏。
女性起業家が抱える特有の困難さもあります。融資を受けられなかったり、シングルマザーであったり、生活のために複数の仕事をなければならない、また起業するにあたって必要な教育・ネットワーク・そして自信を持つことができない女性がいる、とバーチ氏は語りました。「しかし、アイデアを持っている女性起業家は、私が見たこともないようなパッションを持ち、決意と粘り強さを発揮します。仕事を成し遂げることができる彼女たちは才能にあふれていている。しかも女性起業家は自分たちの周りにいる人たちに投資することが多いので、彼女たちに投資することは、素晴らしい投資になるんです。」
バーチ氏は、女性起業家を支援するため、2009年にトリー・バーチ財団(TBF)を設立しました。TBFは女性起業家に低利で資金を提供し、また教育・フェローシッププログラムを提供しています。「女性起業家にはメンターシップが肝要なのです。女性起業家を支援するネットワーク──女性だけでなく男性もメンバーとなった──はたくさんあり、また、起業家は同じ困難に立ち向かうことが多いので、起業家同士助け合い、お互いのサービスが利用できるようにしてほしいです」。実際、TBFが支援する多くの企業はファッションとは関係のない、多岐にわたる事業を行っていますが、一緒に切磋琢磨しているそうです。
このような先進的な取り組みが行われているにもかかわらず、日本と同様アメリカでも、女性が高い志を持つことは「ばかげていて不愉快だ」と思われがちな反面、男性の野心は大いに歓迎されます。この二重規範に対抗し、女性に自分の目標や夢を追ってほしいという願いを込めて、TBFは『Embrace Ambition』という公共広告を今年の国際女性デーに打ちました。広告には男性を含む、著名な芸能人やアスリートが出演しています。
「女性が男性と公平な立場に立てるよう、女性も男性もそこに到達するための対話に参加しなければなりません。男性も娘を持てば、自分の娘が不平等に扱われることを願うはずはありません。だから、そういった男性たちは私たちの1番の支援者なんです。」バーチ氏は女性が男性と同様の賃金が支払われること、また、その人の性別ではなく、仕事をきちんと評価されるような社会が実現されるのを見たいと語りました。
自分を信じて、決してあきらめないこと
将来起業を考える学生に、バーチ氏は「起業することはパッション、粘り強さ、多大なエネルギー、自信、そして独自のアイデアが必要となってくる重労働です。一夜にしての成功なんてありえません。だから皆さんも、自分を信じて、決してあきらめないで」とエールを送りました。最後に、品位を持ち、誰に対しても優しさと敬意を持つことの大切さに触れました。「もし会社を持つことがあれば、優しさがあふれ、良い仕事を求める文化を作り、ベストを尽くしてください。努力は報われると信じ、感謝することを忘れず、自分の周りにいる人たちを信じることが大切です」と講演を締めくくりました。
講演後、バーチ氏は30名の学生と対談。フランクな雰囲気の中、学生たちからの質問にバーチ氏は親身に、そしてユーモラスに答えました。
Q)どうしてスポーツラインを始めたのですか?
私はスポーツが好きで、ずっとスポーツラインを始めることを考えていました。2年前に開始しましたが、市場で起こっているトレンドと一致して、とてもタイムリーでした。ただ、ファッション界で起こったことを見ると、Tory SportがTory Burchのセカンドラインであることを避けたかった。なので、二つのブランドは雰囲気が全然違う。面白いことに、Tory Sportは若者やラッパー等といった新しい顧客をメインラインであるTory Burchに再紹介していて、今までとは全く違う、新しいビジネスを学ぶことができました。
Q)将来、ファッションデザイナーになりたいです。バーチさんはどこからインスピレーションを得ますか?
私にとってインスピレーションはどこにでもあります。音楽であれ、アートであれ、ファッションであれ、アートが互いに引き立てあうことがとても好きなんです。けれど、アイデアを蒸留し、固まったコンセプトを作るのが難しいんです。なので、常に自制するようにしています。どうすればただしく編集できるのか。どのようにして自分を抑えるのか。自制することによってユニークな視点と視野を持つことができます。
Q)トリーさんにとってどのような平等さが大切ですか?
私は平等であることに大賛成で、特にダイバーシティーはとても大事です。ダイバーシティーはTory Burchの基盤であり、私は、自分とは違う人たちを受け入れられない人たちに対してまったく寛容でないことをはっきり伝えたいです。今、アメリカで起こっているさまざまなことを見ていながら何も言わないのはとても難しい。例えば、バージニア州のシャーロッツビルで起こった白人至上主義グループと反対派の衝突は人道に関わることだから、黙ってなんかいられません。
Q)日本ではみんなが既存の枠組みに収まることが望まれます。このことについてどう思いますか?
そんな枠組みに収まることはとても危険です。他とは違う考え方を持ち、知的好奇心がなければなりません。そのことがあなたを誰とも違う、ユニークな存在にするのです。世界は驚くような速さで変化していて、ついていくのはとても大変だけれども、自分に忠実であることが大切です。Tory BurchはオリジナルのDNAに基づいていると思いますが、設立10年を迎えたころ、私はチームと2年半かけて今まで自分たちが築き上げたもの全部に対して考え直すことにしました。10年間の功績はとても誇りに思いますが、このままだと進化がなく、未来へつなげることができません。大事なのは、前に進むことです。なにか間違いをおかした時、それは失敗というよりも、何が良くて、何がうまくいかなかったのかを学ぶ機会だと捉えましょう。ビジネスでは思い通りにいかない時、方向転換し、新たな方向へステップを踏むことが答えを見いだしてくれるはず。そして、あなたのアイデアが誰とも違う、ユニークなものかを考えてください。あなたが何か足りないと感じたときは、他の人もそう感じている可能性は高いです。