皆さま、初めまして。「早稲田大学ってこんなところ」という、関係者からの愛校心あふれる紹介をしばしば目にしますが、今回は「早稲田の〈外から〉はこんな風にみえますよ」という記事を執筆いたします。私は2026年4月に早稲田大学の上級研究員(研究院教授)として着任しましたが、総合産業紙の大学・産学連携担当記者として大学界隈を約20年間、取材してきました。複数の国立大学学長支援や政府審議会委員などを務めた経験から、早稲田の良さも悪さも新鮮で目を白黒させており、この感覚を皆さまにお伝えしたく思います。初回はここ数年、日本の研究大学の在り方として注目されてきた、政府の大型支援制度「国際卓越研究大学」への挑戦を振り返ります。
まず、国際卓越研究大学の制度は、現在の研究力の優劣で支援対象を決めるものではありません。「自大学と日本全体を変えるため」「研究力とこれを支える財務・ガバナンス(統治)の強力な戦略を構築し」「明確な意思を持って実現していく(実効力がある)大学と、その計画」を選ぶものです。早稲田は認定に至りませんでしたが、最後まで挑戦した唯一の私立大学です。2032年に創立150周年を迎えますが、国際卓越ではさらに先、約25年後の2050年がターゲットとされました。長期視点での理想に向けた議論と計画策定に、関係者は多大なエネルギーを注ぎました。この過程を経て、「早稲田は日本社会での伝統的な評価で収まらない、世界で真に期待される存在になってみせる!」という、これまでにないスケールの宣言がなされた、と私は感じています。
実は政府は国際卓越の制度を、旧帝大など国立トップクラスの研究大学に対するカンフル剤に使おうとしていた面があるようです。ところが結果的に早稲田は、多様な大学関係者の予想以上の善戦をしました。早稲田は私立大学ですから人文・社会科学系(文系)が中心で、収入の大半が学費など自助努力(1割弱の国の支援が入っています)です。対して、他の応募はすべて自然科学系(理系)勢力が強く、国家予算のつぎ込まれ方が段違いに多い国立大学であったにも関わらず、早稲田は最終の3次審査まで残ったのです。同様の状況の大阪大学、名古屋大学などと互角だったといえるでしょう。認定や認定見込みの東北大学、東京科学大学、京都大学、東京大学の〈次〉に、堂々と位置したといえます。となると、日本社会は早稲田に対してどのような目を向けることになるでしょうか。「国立の研究大学とは違う切り口や手法によって、日本社会と世界に貢献しうる新しい私立大モデルに、早稲田はなってくれるのではないか」と、期待すると思いませんか。早稲田はこれまでも産業社会や受験生らから高評価を受けていましたが、国際卓越への挑戦と善戦により、まったく違う存在価値が生まれてきた、と私は思っています。

国際卓越研究大学(第2期)申請大学の審査状況
国立の研究大学と比べて魅力を感じる要素の一つは、文系の強さです。教員ら研究者個人を対象とした文部科学省「科学研究費補助金」の採択では、七つの旧帝大を押しのけて1位など上位を獲得する分野が複数(政治学、法学、経営学、会計学、日本文学、言語学、美術史など)あります。近年、データサイエンスの学びは国内外を問わず重視されていますが、早稲田は独自の学部を作るのではなく、早期に全学の学生が履修可能なプログラムを整備し、データ分析のエッセンスを身に着けた大量の文系人材を社会に送り出し始めています。さらに早稲田には国立の研究大学に引けを取らない、実績も規模も私立大でトップクラスの理工系があります。この構成は大きなアドバンテージとなります。
近年は文理融合や、専門分野の断絶を乗り越えた〈総合知〉が社会で求められています。ですが特に大学など学術の世界では、文化や価値観、使い慣れたはずの用語の意味さえ大きく異なることがしばしばです。研究の手法にしても、理系の実験やシミュレーション、文系のフィールド調査や古典籍の解析など違いが大きいため、なかなか理解し合えないのが実情です。そのため研究大学における文理融合は「プロジェクトを社会実装する上で、理系がカバーできない法律や倫理、人の問題を文系に手伝ってもらおう」といった、理系上位の発想になりがちです。ところが早稲田はどうでしょう。教員・学生数など全学の7割が文系ですから、新たな活動を企画する上で重要な理念や方向性、社会制度設計といった部分で、文系研究者が存在感を示すでしょう。これに3割の理系研究者が得意とする予算獲得や研究チームの運営、技術の社会実装で、実働的な活動にレベルアップしていくことができるのです。

文理融合研究交流イベント『心を科学する』
早稲田の文理融合の具体化第一弾は、カーボンニュートラルの全学プロジェクトで、これは国際卓越の応募計画でも柱の一つとなりました。これから、より文系の力が発揮される真の文理融合プロジェクトが続々と生まれてくることを、私は期待しています。(続)
この記事の筆者
【学歴】神奈川県立厚木高校卒(1983年)。お茶の水女子大学・理学部化学科卒(1988)。東京工業大学・大学院総合理工学研究科修士修了(1990)。社会人で東京農工大学・大学院工学府博士修了、博士(学術)(2011)。
【職歴】日刊工業新聞社入社(1990)。編集局記者で始まり、後に科学技術部編集委員。論説委員兼務。2024年東京科学大学(Science Tokyo)理事(非常勤、社会連携担当)。2026年早稲田大学総合研究センター上級研究員(教授)。専門は大学・産学官連携、科学技術コミュニケーション・広報、大学改革。
【本務以外の職歴】文部科学省/科学技術・学術審議会臨時委員。文科省/科学技術・学術政策研究所顧問。国土交通省/交通政策審議会気象分科会委員など。お茶の水女子大、東京農工大で非常勤講師。お茶の水女子大学学長特命補佐。電気通信大学学長特別補佐。現任は山口大学経営協議会委員。文部科学省/国立研究開発法人審議会臨時委員(JST部会、NIMS部会)。東京科学大学、電気通信大学非常勤講師。
【受賞】NPO法人産学連携学会 業績賞 平成23(2011)年度。