国際卓越研究大学に早稲田が挑戦した意義(下)

大学総合研究センター上級研究員(教授)山本佳世子

 政府の国際卓越研究大学の制度と応募について、本記事(上)では早稲田大学の「文系の強さ」について触れました。(下)では、審査にあたったアドバイザリーボードの意見を踏まえて、早稲田のこれからをみていきます。

 国際卓越の審査を経ての有識者のコメントは、文部科学省ホームページで公開されています。早稲田においては、文理の壁を越える取り組みや、国際的な人材流動化を評価した後に、問題点と今後に向けたコメントが挙がっています。

 まず「速いペースで理工系人材を増員する計画であるが、計画上のペースで増員し、かつ質を担保できるかについての懸念が払拭できなかった」とあります。ITやデータ解析、AIなど理工系人材に対しての社会ニーズが近年、急伸していることに対して、早稲田は積極的に対応する計画を示しました。けれども計画で目標とする数値が大きく意欲的である分、「果たしてそれだけの量を、質を高く維持した上でできるのでしょうか? 特別な策でもなければ難しいのではないですか?」という疑問を示されたことが、読み取れます。

 続いて「強みを有する人文・社会科学系(文系)の活かし方も含めて、研究力強化に向けた一層の検討も期待された」とつながります。これは本記事(上)で述べたように、文系の強さをもっとアピールしなさい、という助言です。そして「多くの学生を有し、我が国の人材育成の観点でも重要な役割を担う大学の一つであり、世界を先導し変えていく人材の育成に期待したい」とまとめられました。

 人材育成、すなわち教育について考えてみます。国際卓越は研究力強化の大型施策です。ですので、応募の各大学が計画の中で教育に触れる場合、研究力強化につながる人材育成を取り上げるのが自然です。ストレートにいうと、〈大学などにおける優れた学術研究者〉の育成策です。応募の他の研究大学の場合、いずれも国費依存度が高い国立大ですから、少し誇張して言いますと「国の科学力を端的に示せるノーベル賞受賞者など、大学の優れた研究者を育成しなくてはいけない」という意識が、根本的なところにある、と私は感じています。国立大では理系(理工学系、医学系)が全学の経営をリードすることが多いため、想定する職業人は大学研究者に次いで、製造業などの研究者・技術者、医師などとなり、少し偏る傾向がみられます。 

 けれども早稲田大学の場合は、文系が多勢を占める私立総合大学です。研究者育成を、教育の最重要ミッションに位置付けているわけではありません。もちろん、審査の過程でアピールしたようにロボット、エネルギー・環境など、理系でも旧帝大と同等以上に戦っている分野がいくつもあります。文理を問わず早稲田で学んで、早稲田をはじめとする大学の研究者になって、大学の学長や執行部メンバーになって活躍している人も、決して少なくありません。ですが早稲田が情熱を注ぐ人材育成は、社会のあらゆる領域で活躍する、幅広い分野での職業人をイメージしているはずです。

 最終評価のメッセージには、「多くの学生を有することを生かして、世界を先導し変えていく大学になってほしい」とあります。これはいったい…。

 私はここで気づきました。国際卓越は、「研究力の強化を通じて世界を変える大学になる」ことを掲げていますが、最終的な目的は「研究力強化(の大学)」ではなく、「世界を変える大学」の創出なのです。早稲田なら、多様な変革の人材を輩出することを通じて、世界を変える大学に到達できるのではないか―。そんな稀有な希望を託された、と私は受け止めました。

 大学は一般に教育や研究の伝統を重んじる組織ですが、AIの存在感が急速に高まるような激動の時代は、そうも言ってはいられません。早稲田はデータサイエンスの全学履修をはじめ、他大学の先を行く新たな手法を次々と設定しています。政治経済学部の入試で数学を必須にしたのは、論理的で理系素養のある文系人材が、これからの時代は必要だと判断してのことです。多数の大学が重要方針として掲げる国際化でも、非常に早くから動いてきました。学生の海外派遣、外国人留学生の受け入れなどの実績数値は、大規模総合私立大学の中で群を抜いてトップとなっています。

 また日本の各地域での学生ボランティアも、かなりの数で実施されています。被災地では法科大学院生が、罹災証明制度など住民の困りごとに対応したり、自治体の調査支援をしたり。理工系学生は〈平常時には建設や介護などの現場で活躍し、非常時には被災者探索やがれき片付けなどをする〉ロボットの開発に取り組んでいます。学部生、大学院生が多様な人や社会と交わる経験から、実社会の課題を解決する新事業などのアイデアが生まれてくるでしょう。そこに教員らの高い研究力を基盤とした、専門の学びを掛け合わせることで、イノベーティブな新たな何ものかを生み出す人材が、輩出されてくるのではないでしょうか。早稲田の教育、研究、貢献には、そんな潜在力があるのです。

 国際卓越への応募は、大変なエネルギーを必要としたにも関わらず、結果的に政府の巨額の資金による後押しが得られなかったことから、失敗だったとみる向きがあるかもしれません。「政府が掲げる方向性に振り回されるなんて、在野精神に反するのではないか」という声も耳にしました。ですが、新しい時代に必要な改革意識がどれほど得られたかと考えると、挑戦せずにいた場合とは段違いの、前向きのマインドに変わってきたと感じられるはずです。他の研究大学にはない社会の期待を受けた、早稲田らしい新たな道に、自信を持って臨みましょう。2050年の〈世界人類に貢献する大学〉〈世界で輝くWASEDA〉に向けて、私たちは歩み始めたのです。(了)

この記事の筆者

【学歴】神奈川県立厚木高校卒(1983年)。お茶の水女子大学・理学部化学科卒(1988)。東京工業大学・大学院総合理工学研究科修士修了(1990)。社会人で東京農工大学・大学院工学府博士修了、博士(学術)(2011)。

【職歴】日刊工業新聞社入社(1990)。編集局記者で始まり、後に科学技術部編集委員。論説委員兼務。2024年東京科学大学(Science Tokyo)理事(非常勤、社会連携担当)。2026年早稲田大学大学総合研究センター上級研究員(教授)。専門は大学・産学官連携、科学技術コミュニケーション・広報、大学改革。    

【本務以外の職歴】文部科学省/科学技術・学術審議会臨時委員。文科省/科学技術・学術政策研究所顧問。国土交通省/交通政策審議会気象分科会委員など。お茶の水女子大、東京農工大で非常勤講師。お茶の水女子大学学長特命補佐。電気通信大学学長特別補佐。
現任は山口大学経営協議会委員。文部科学省/国立研究開発法人審議会臨時委員(JST部会、NIMS部会)。東京科学大学、電気通信大学非常勤講師。

【受賞】NPO法人産学連携学会 業績賞 平成23(2011)年度。

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