Global Education Center (GEC)早稲田大学 グローバルエデュケーションセンター

News

ニュース

Report演劇・舞台芸術副専攻全体活動+ 公開講座『年に一度のあの日』

Report_演劇・舞台芸術副専攻全体活動+公開講座『年に一度のあの日』

The-One-Day-of-the-Year_2

副専攻名 「演劇・舞台芸術」
公開講座名 公開講座『年に一度のあの日』
担当教員 澤田 敬司 法学学術院 教授
実施年月日 2015年11月20日・21日 プレビュー公演
2015年11月21日 本公演+ラウンドテーブル

『年に一度のあの日The One Day of the Year』(1960年初演)は、今日のオーストラリアで毎年国を挙げて祝われている記念日、4月25日の「アンザック・デー」をモチーフとした戯曲です。アンザックは第一次世界大戦に参戦したオーストラリア・ニュージーランド連合軍団のことで、ちょうど100年前の1915年の4月25日に開始されたトルコのガリポリ上陸作戦で数多くの若者が戦死しました。

このアンザック・デーを心待ちにする親世代と、批判的な目を向ける大学生の子供世代の、ある家庭での価値観の衝突を描いた『年に一度のあの日』は、オーストラリア演劇の原点と言える古典として、学校の教材にも取り上げられ多くの人が知る作品です。
日本語訳での初上演となる今回の舞台は、プロの俳優たちに加えて、二人の大学生の役を早稲田のミュージカルサークルSeiren Musical Projectのメンバーを起用することで、大学の演劇の授業と学生演劇との連携を実現させました。また、上演に続いて演出家、出演者、研究者をパネリストに行われたラウンドテーブルでは、「演劇の鑑賞と理解」を履修する学生たちからも様々な意見や質問が出て、「いま・ここで」この作品を上演する意義について活発な議論が展開されました。

参加学生のレポートより「『年に一度のあの日』~他者を受け入れるヒントとして」

本当に良い戯曲は何年たっても新しく解釈をして新たな上演ができるものなのだと「年に一度のあの日」の上演を見て実感した。初演はアンザック・デーへの問題提起として世に送り出された戯曲であり、アルフ、ドットとヒューイ、ジャンとのアンザック・デーをめぐる意見の対立というテーマが中心的に取り扱われているのでそれだけに目がゆきがちかもしれないが、それは単なる布石にすぎず、「年に一度のあの日」は、世代間、階級間、家族間、民族間、様々な社会の間に壁があり、そして対立があり、それを無くしていくことがいかに難しいかという、社会が変わっても変わることの無い普遍的な課題を提起している。それゆえにこの戯曲はアンザック・デーへの社会の認識がもはや変わってしまっている現在のオーストラリアや、アンザック・デーとは特に関わりの深くない日本でも上演する意味があり、それは1970年にアンザック問題がすでに古くなっていたオーストラリアで再演された時には、父と子の衝突という違うテーマを観客に訴えたというエピソードがよく示しているように思う。現代ももちろん例外ではなく、他者への理解を深めることが難しいことは変わらない。むしろ世界が近くなり、違いに目を向けることがますます多くなっているように思える。難民や移民という確実にバックグラウンドが違う他者をどう国民として受け入れるかという課題は国際的に早急に解決しなければならない大問題であり、先日パリで起きた同時多発テロに象徴されるように他者に対する不寛容の空気は日に日に濃くなりつつある。そうした中で、「年に一度のあの日」から一つ、他者を受け入れる手がかりになるような台詞を引用したい。

「アルフ。子供は大人になってくんだよ。そいつに向き合わなくちゃ。好きなことを考えて、好きなことを言う自由がある。わしら、あんたやわしが戦った戦争はみんな、そういう自由を子供に与えるためのもんだったんだ。もし息子が言うことに納得出来ないんなら、まあ、それは、もうむすこの世の中だってことさ。わしらの世の中はあった。息子の未来にも、それがあるんだよ。」(p52 ワッカの台詞)

人間はおそらく違いを全く無くすことは出来ず、人と人とが関わる限り違いや対立を避けて通ることはできない。しかし、違いをいちいち直そうとしないで違うものは違うのだと大きく構えて受け入れることができれば違いは乗り越えることができるのだと、アラン・シーモアはワッカを通じて訴えているように思う。第一次世界大戦や第二次世界大戦という激動の時代を生き延び、価値観の大きな変化を受け入れたワッカだからこそこの台詞には説得力がある。ワッカを演じられた土井さんが人間の本質的な同一性を探るところから役作りは始まるという発言をされていたが、おそらくその通りで、人間は本質的には同じであるという前提に立ちながら、違いを寛容に受け入れるしなやかさがこれからのおそらく新たな激動の時代を生き延びなければならない私たちに必要なことなのであると、「年に一度のあの日」を観劇して強く思った。 (国際教養学部1年 グンナレ更)

参加学生のレポートより「『年に一度のあの日』感想」

私は演劇などを見に行ったことがほとんどなく、子供のころに一度オズの魔法使いを見に行ったくらいで正直演劇には興味がありませんでした。今回の「年に一度のあの日」の舞台を見に行くにあたっても朗読と聞いていたので正直読み聞かせのようなものだと思っていてあまり期待はしていませんでした。しかし、実際に見てみると身振り手振りや舞台上の移動など迫力があるし、目を閉じればその場の光景が浮かんでくるほどの臨場感もあるし一瞬で舞台に引き込まれました。正直こんなに面白いとは予想外でまた見に行きたいと思うくらい楽しい時間でした。
また内容についてですが、日本とオーストラリアの戦争に対する考え方があまりにも違うことにとても驚きました。同じ敗戦でも日本は過去の戦争をタブー視しているのに対して、オーストラリアはガリポリの戦いでの敗戦の日を建国記念日のように扱ってたたえているのです。しかし、アンザック・デーをたたえているのは戦争には行っているが実際にガリポリの戦いでの敗戦は経験していないいわば第二世代とも呼べる人達で、実際にガリポリの戦いでの敗戦を経験している人達はそのことについて何も語ろうとせずに敗戦に思いをはせながら沈黙を貫こうとします。また、戦争をまったく経験したことのない若い第三世代の人は敗戦や戦争を肯定するアンザック・デーそのものを批判します。私はこの世代間の戦争についてのとらえ方の違いが非常に興味深かったです。(法学部1年 市川貴大)

関連リンク

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/gec/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる