金属材料のプロセス研究・開発を行う鈴木進補研究室。機械・航空・宇宙をテーマに最先端技術に寄与するために、金属学や実験に対する真摯な姿勢も堅持する。現在の研究環境、人財育成などについて聞いた。
技術のブレークスルーは様々なサイエンス分野を駆使した材料開発、プロセス開発
──鈴木研究室の特徴を一言で表すとどうなるでしょうか。
様々なサイエンス分野を駆使して金属加工を追及する人財を育成するのが特徴と言えます。当たり前ですが、世の中必ずしもそうでもありません。サイエンスとして、物理・数学・化学を基礎にあらゆる分野を考えます。この対局にあるのが「経験・勘」です。金属加工は、「経験・勘」と「サイエンス」を両輪として発展します。職人の方々は「経験・勘」を、大学の研究者は「サイエンス」を軸足にします。
例えば、新しい金属加工の方法を考えた→加工した→割れた→温度を変えて加工した→上手くいった→適切な温度設定には経験と勘が重要だ……、産業界では技術開発をこのように進めることがあります。現場では、大体どのような温度にすればよいか熟練者が見積もります。これを数学における二次方程式の解法で例えると、左辺と右辺が合うまでひたすらxに適当に数字を入れ続けることに似ています。熟練者になると、係数a、bおよびcを見て、xの値を見積もれるようになります。そして、産業界では、当てはまるxが見つかれば、納期や予算の制限により以上追及しないことがあります。これに対して、解の公式を用いる、あるいは解の公式を見つけるのが大学の立場です。あらゆる条件に解が効率よく求まるのみならず、今まで知られていた正解よりも、都合の良い別解が見つかることもあります。大学では、産業界を希望する学生も後者の思考ができる人財になるよう育成しています。
大学では、加工の可否を論理的に解明します。したがって、予想に反して加工できなかったという実験事実自体は、研究としては非常に価値があります。プレスで鋼板が曲がるとか、鋳造で溶湯が鋳型で固まるなどの現象においても、原子の配列や動きがどのような法則で支配されるかを明らかにします。しかしながら、学会の人材育成シンポジウム等では、「大学は現場を教えないからダメ」、「大学の勉強は役に立たない」など、サイエンスよりも経験・勘偏重の意見を喧伝することがあります。この風潮により、全国の大学から金属加工の研究が激減しました。私は会場で反論し、大学での金属加工研究の再興に努めています。
──たしかに、鈴木研究室では「論理的思考」「測定」といったサイエンス側の言葉がよく出てきます。しかし、研究対象は低炭素化や軽量化等の、現代の課題に即した内容となっています。
いろいろな課題があるので、出口が見えないと何から手をつけていいのかわからなくなります。そこで、近い将来、あるいはもう少し先に実用化されそうなものを見据え、構造材料を通じていかに社会実装していくかという課題に取り組んでいます。
例えば、火力発電機やジェットエンジンでは、燃焼室の温度が高いほど効率が上がります。これは熱力学の常識ですが、高温化には必ず材料の高温特性が壁になります。当研究室では、物質・材料研究機構(NIMS)が開発したNiをベースとした世界一の耐熱合金の研究をしています。これはジェットエンジンや火力発電機のタービン翼として使われるもので、耐熱性向上により燃費が大幅に向上し、CO₂の排出も抑えられます。一方で、産業界からは、素材価格のさらなる低下が強く求められています。
このNi基単結晶超合金では、ルテニウム(Ru)やレニウム(Re)などの高価な元素が使われています。タービンブレードは、使用中に燃料中や大気中の不純物、特にやっかいな硫黄が内部へ侵入するため、定期的に取り換える必要のある消耗品なのです。そこで、これらの問題を解決するため、当研究室ではJST / ALCAのプロジェクトとして「超合金タービン翼の直接完全リサイクル法の開発」に取り組んできました。電力会社や航空会社から回収した使用済みタービン翼を溶かして鋳造し、再度利用することを考えています。NIMSとの共同研究で、CaOるつぼ溶解で硫黄を除去する技術を確立するとともに、脱硫反応メカニズムを明らかにしています。
2019年度には、この研究のほか、金属用3Dプリンターにおける溶解凝固メカニズム解明と凝固組織制御、ポーラス金属の特性評価・半凝固法による製法開発、極細管の伸管加工、液体の物性測定、高張力鋼板の成形性改善、金属材料における応力緩和特性の解明と塑性加工への適用、などを行いました。
博士号取得後の新領域への挑戦とドイツで学んだ研究姿勢
──鈴木先生の学部時代からのテーマは何でしょうか。
博士課程まで、テーマは一貫して「薄板連続鋳造」でした。金属の薄板は多くの場合、圧延で作られますが、私の研究は、溶けている金属を直接回転するロールで掻き上げながら冷やして薄板を作る方法です。この各務記念材料技術研究所には、松浦佑次先生、草川隆次先生が我が国で初めて薄板連続鋳造を行った歴史があります。その伝統の中で、私の指導教授である本村貢先生、羽賀俊雄先生(現・大阪工業大学教授)が薄板連続鋳造の新しい技術を立ち上げました。私は、それを発展させるような新たなプロセスの開発を機械工学の視点から、独自の装置開発、伝熱・凝固解析を中心に研究を行いました。
博士号取得後は、金属学的、基礎的な立場からの研究を身に着けたいと考えました。また、当時より宇宙利用に強い関心を持っておりました。博士課程の研究中に、薄板連続鋳造中に板同士を溶融接合させるために、液体中での元素の拡散に関心を持ちました。基本的なことですが、実は液体金属中の拡散について、世の中でわかっていないことばかりということに驚きました。文献等を調べた結果、ベルリン工科大学のフローベルク教授の研究を見つけました。スペースシャトルで行った高精度実験により、拡散係数が絶対温度の二乗に比例する式を実験的に見出したこと、安全基準の厳しいスペースシャトル搭載の装置を研究室で内製したことに強く惹かれました。博士号取得後、フローベルク先生の下で研究員として、航空機での溶解実験、ロシアの回収型衛星による実験など貴重な経験をしました。同時に、ロシアのロケット打ち上げ失敗事故もあり、研究を立て直すために、地上での高精度測定方法を確立しました。帰国する際、フローベルク先生から「シャトルで宇宙のすばらしさを知ったが、君からは地上のすばらしさを教えてもらった」と言っていただきました。
私が学生だった頃は、「ひたすら実験」の習慣がありました。何かわからないことがあれば、実験で解決するようにしました。しかし、ドイツでは実験する前に、緻密に計画を立てることが求められました。この違いを、私なりに浅はかながら農耕民族と狩猟民族の違いと解釈しました。農耕民族は「上手くいくかわからないけど種はたくさん蒔く」「余ったら取っておく」、一方、狩猟民族は獲物の行動をよく観察し、仲間を集め、役割分担を決めて狩りをします。ドイツは全般的に、狩猟民族的に研究をしていましたが、特に宇宙利用実験では顕著でした。狩猟のごとく、チャンスは何度もない。そのため、実験前に十分な文献調査、シミュレーション、予備実験および討議することを学びました。
大学院に行くのであればドクターを目指すべき
以上の経験から、学生によく言うようになった言葉が「実験断食」と「折り返し」。実験断食とは、目的意識もないまま、絨毯爆撃的に実験をする風潮を見直す言葉です。昨今、感染症で実験機会が制限されました。実験機会が皆無になってはいけないのですが、むしろ必要な実験内容を熟考する良い機会とも考えられます。
折り返しというのは、修士であれば修論発表ぎりぎりまで実験を続けるのではなく、きちんとデータを整理してまとめられるところで主要な実験を終え、考察、論文としてのまとめに十分時間をかけるというもの。修士2年の2月に修論発表するのだったら、主要な実験は修士2年の夏までに終わらせる。実験後、考察が間に合わなければ、単なる自己満足になります。そこが折り返し点になります。修士修了後企業に就職しても、主な仕事は考察、文書化になります。折り返し点を見極めるよう日頃から指導しています。
博士進学意思が0%、さらには博士課程に対する否定的な思想を持つ学生には、修士への進学を勧めません。どうしても修士には行きたいが、絶対に博士には進学したくない、という人は、動機不純であるためその後企業からも避けられます。博士課程進学への否定的思想の持主は、証拠のない噂話へも妄信する癖があるため、技術者・研究者としては向かず、修士課程でも辛い思いをします。博士進学せずに就職する場合は、自分も他人も納得いくような理由をもって判断してもらい、その後、技術分野で博士学位なしで長年活動していく大変さを覚悟してもらうようにしています。
──しかし、今や企業の技術系採用の多くが修士を採用しています。
それは、博士号取得者が少ないからです。従来は、企業の技術系採用の多くが修士でしたが、現在は、博士不足にあえいでおり、大学にも非常に博士育成の強い要望があります。「博士号を持っていないなら、研究・開発を希望しないで欲しい」と採用担当から厳しく言われております。これが、材料科学専攻設立の一番の理由です。現在、むしろ、材料科学専攻の就職担当として、企業採用担当に、修士課程の学生でも採用してもらえるようお願いしている状況です。このような状況で、研究室では、2~3割が博士課程に進みます。
──最後に、早稲田大学の良い点と、先生ご自身の今後の目標を教えてください。
いろいろと良い点がある中で、私が挙げたいのは、学生を主役にしていること。ともすれば教授が主役で、「教授が偉くなるための大学」というのもありますが、早稲田大学は、学生が将来のスタープレーヤーになるために、教員は黒子となり支えます。学生たちが力をつけてその後自分を追い越していくのも、醍醐味です。もちろん教員たちがそれにも負けないよう切磋琢磨した上でのことですが。
学会等での質疑応答で、かたや長老の教授から偉い順に口を開いていく大学があるのに対し、早稲田は、学生がどんどん前に出て質問し、著名な先生の意見と矛盾していたら積極的に討議します。学問は平等であり、長老だろうが学生だろうが、論理的に正しいほうが正しい。これこそが「早稲田の元気」なんですね。高田馬場駅前で大声で騒ぐことではなくて。
今後引き続きやりたいことは、まずは人財育成。今、金属加工分野は人が足りず、博士人財を十分に育ててきていない。私は、鋳造もやり塑性加工もやり、機械と材料もやるのですが、これは常識はずれです。私の2世代後くらいに、十分な人財で分担しつつ、一人ひとりが様々なサイエンス分野を駆使して、新たな学問領域を拓く人財として活躍してもらいたい。
もう1つ、金属学は古くなったと勘違いする人がいますが、新たな分析技術・機器が発展する中で、金属学はまだまだ発展していきます。数値計算、ビッグデータやAIの活用も有望です。ですから、金属加工にあらゆるサイエンスの分野を積極的に取り入れる環境を整えていきたいですね。