通常、材料は原子が規則正しく並んだ周期性のある結晶構造を有しており、周期性があることから、結晶学において群論による対称性の分類が可能であり、さらには固体物理学により電子状態や種々の物性が理解されています。一方で、通常の材料に見られる周期性を持たない非晶質(アモルファス)と呼ばれる一連の材料群が存在します。身の回りでは窓ガラスなどが代表的なものですが、非晶質状態は物質種によらず金属、半導体、セラミックス、高分子など様々な材料において作製が可能です。非晶質は結晶よりも優れた特性を示す場合も多く、原子レベルからの基礎科学の構築が必須ですが、非晶質構造は周期性が無いため原子配列を明らかにすることが大変困難です。例えば、結晶構造を決定する有力な手法である回折実験を用いても、結晶のような鋭い回折ピークは見られず、散漫な強度分布が見られるだけです。従来は、X線や中性子線回折などで得られるこの強度分布をできる限り精密に測定することにより、非晶質構造の平均的な特徴を議論していました。
そこで、我々は電子線を用いて0.4 – 0.8nm程度の局所領域から回折データを取得する手法を考案し、非晶質材料の局所構造をより直接的に観測することを可能にしました。このようにして得られた局所構造情報を、従来からの試料全体の平均構造情報と比較検討することで、非晶質構造を以前より正しく理解することができるようになったのです。この手法によって、例えば、車載用リチウムイオン電池の負極材として期待されている非晶質SiOの不均一で複雑な構造をモデリングすることができました(図1)。今後、この非晶質構造と充放電特性の関係を明らかにしていく予定です。
たとえ実験を基に非晶質材料の信頼性の高い構造モデリングができたとしても、得られたモデルは周期性の無いランダム構造であり、それがどのような構造的特徴を持つか理解することは容易ではありません。このようなランダムな非晶質構造の特徴付けを行う解析手段が次に必要となってきます。そこで我々は近年発展している計算ホモロジーに着目し、数学者と共同でこれまで研究を行ってきました。計算ホモロジーとは、幾何学の1種であるトポロジーで議論される図形の孔や繋がり方をコンピュータ上で計算できる手法であり、これを用いることで非晶質構造の隠れた3次元的特徴やそれらの階層構造を明らかにできることがわかっ
てきました。例えば、非晶質合金中に存在する20面体的な原子クラスターの構造的特徴を計算ホモロジーによって調べたところ、個々の原子クラスターの細かい形状は異なるものの、歪具合に関係するトポロジー的特徴は同様なものであることが明らかとなりました。つまり、トポロジーを使った柔らかい見方をすることで非晶質の乱れた構造に内在する隠れた秩序を見出せたわけです。
我々が考案したこれらの新しい手法は非晶質材料のみならず、乱れた構造を持つ状態に広く適用できると期待されます。材研の共同研究拠点においては、非晶質材料に加え、環境整合材料として広く使用される金属・鉄鋼およびセラミックス多結晶材料のランダムな粒界構造にも着目して研究を進めていく予定です。大多数の結晶材料は多結晶であり、多結晶材料中の粒界は材料の疲労や腐食に大きな影響を与えるにも拘わらず、粒界の多くが乱れた構造を持つことから未だ不明な点が多く残されています。今後、非晶質構造解析で得たノウハウを活かして研究を進め、環境整合材料の構造評価法を確立したいと考えています。皆様のご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。