発光ダイオード、レーザーダイオード、太陽電池、人体間通信などに欠かせない半導体、 それらの中心材料である化合物半導体の研究をされてきた小林教授。研究の内容や学生の指導法について伺った。
──元々は早稲田大のご出身ですね。
そうです。大学4年生のときに未知の半導体を開発する研究を始めまして以後はずっと同じ仕事です。東京工大を経て米国のパデュー大学に就職しましたが、仕事はずっと同じでした。違うのは、いろんな結晶材料を手を変え品を変えて作製し、応用するという研究してきていることですね。学生時代には恩師や先輩諸氏には厳しく躾けていただきました。今でも学会等で声を掛けていただけるので大変感謝しています。2000年から早稲田に戻ってきました。
化合物半導体を未来志向で研究
──半導体の用途も、先生が始められたころとは随分変わったのではないですか。
当初は、高速のトランジスタを創るための研究が主でした。実際のトランジスタを創るというよりも、それに使われるであろう結晶をつくって、どんな特徴を示すかを調べるという内容でした。
──結晶づくりは、作製方法でも特性が違うわけですね。扱っている材料は何に使われるのですか。
化合物半導体といいます。原子をゆっくり一つ一つ積み重ねる方法から、マイクロメートル程度の結晶を一度に作る方法もあります。材料開発の成功例について最近の話題でいえば、白色LED(発光ダイオード)があります。その中心材料が化合物半導体です。白色発光が得られる前に青色LEDの開発があって、これが成功してノーベル賞受賞に繋がりました。私自身も昔は、青色LEDをつくるにはどういう半導体がいいか、というような研究をしていました。
──2014年に、 赤崎、天野、中村教授がノーベル賞を取られたジャンルですね。
赤崎先生たちは1980年代に誰も取り組んでいない材料について研究されていました。当時は学会の会場にいくと、発表会場には赤崎先生、 天野氏、中村氏しかいない。他の多くの方々は、私たちを中心に大混雑の別会場にいたわけです。青色LED用に開発が進んでいた材料は2種類あったのです。私たちが取り組んでいた材料はジンクセレン(ZnSe)というのですが、当時は、この材料が主流でした。青色レー ザーへの応用も期待されていました。それはフロッピー、CD、DVD ブルーレイとメディアの変化に対応した素子が求められていたからです。情報を高集積するのに必要なのです。
──当時、異端だったほうが後に主流になった。
ええ。その材料に関する基礎的研究は中村氏らが一掃した格好になりました。台風が通り過ぎたような感じでした。ほとんどの研究者が移っていきましたが私はいまでもジンクセレンに似た材料を研究しています。風に乗っていくのは簡単だが、乗っていく理由が見つからなかった。
──トランジスタ、LEDときて、いまはどういうジャンルに使うのですか。例えば携帯電話などですか。
ジャンルという意味では、もうすこし先の方を見据えての研究にな ります。例をあげれば人体間通信ですね。スマートフォンや携帯電話に組み込むことができるシステムです。電話番号やメールアドレスはお互いが赤外線を使う等何らかの行為を行って初めて交換できるわけですが、人体間通信の技術が組み込まれた機 器をポケットに入れていると握手したときにアドレス交換ができる。あるいは車の扉を開 錠することができる、駅の改札を通ることもできるわけです。両手に荷物をもったままで改札口を通過できるわけです。化合物半導体でキーデバイスを開発する と、いろんな生活やビジネスシーンの用途に応用できるのです。
1000回の実験、うち990回は失敗。 その失敗から発見する
──かなり未来志向というか、次世代の用途ですね。その用途を広げるのに伴になるのが、材料開発なのですか。
そうですね。物理的には可能であるとわかっていて期待されるデバイスやシステムは多いです。しかしそれらを実現させるのには必ず要となる材料があって、それがなかなか創り出せない。実現させるためには、手を変え品を変えて新規材料をつくっていかなければなりません。ですから私は学生には、材料研究とは錬金術であるといっています。 それには知的好奇心と行動力・忍耐力が要ると。実験をしても簡単に成功することはなくて、1000回行ったら990 回は失敗します。失敗したと言い放って切り捨てるのではなく、その 実験結果を丁寧に調べていくとおもしろい発見がある。その積み重ねが重要なのです。錬金術のゴールである金にたどりつかなくても、多 くの成果が得られます。
──大学のウェブの受験生向けの対談企画では教授同士で対談され、太陽光パネルについても言及されていますね。
私が取り組んできたのは光に関係するデバイスの材料なのです。発光ダイオード、レーザーダイオードも光を扱います。太陽電池も光に関係するので、興味のある分野です。世界的スケールで見るとカドミウムを使った材料の太陽電池がどんどん広がってきている。日本ではかつて公害問題が起きてしまったこともありその材料に係わった研究 は進んでいない。だから似た性質を示す新しい化合物を開発しています。従来の材料ですと、他にも価格の問題や原料の枯渇問題などがありますので、その先を見据えた研究を行っているのです。
不便な機械を使わせてデータの取り方を学ばせる
──学生さんへの指導について、どういうことを重視していますか。
私の研究する材料は、将来に向けたものなので今すぐ使えるものではない。会社で行われている研究はもっと近未来のことが中心なので、学生は会社に入ると、身近なことに取り組めないというギャップが生まれてしまいます。そうならないように身近で基礎的なことも勉強しながら将来のことも見てほしい、ということですね。
──具体的な取り組みは、ありますか
意識的に取り組んでもらっていることは、機械をどう使ってデータをだすのか、データをどう見るかを考えるということです。これはどんな場所へ行って研究に取り組む際でも必要な能力なのです。技術が進み、様々な測定器などがコンパクトになりコンピュータ画面を操作 するだけであっという間にデータが得られます。ブラックボックス化 されているので作業は簡単なのですが、変なデータが出てきても気づかない。事前の入力ミスがあったことに気づきにくくなっています。 得られたデータが正しいか否かの判断力が必要になります。その判断力をつけさせるために、少し前の時代の機器をつかい、つまみを順々 にいじって調整しないとデータが取れない環境を作っています。ブラックボックスでは無いため作業時間はかかりますが、電圧がどういう ふうにかかって、こう測定値が出てくるというのを針を見、頭を使いながらやりますので、感覚的にデータの取り方を覚えられるわけです。 これが大事ですね。
あとはできるだけ学会で発表するように指導をしています。学部生は国内で、大学院生は海外で行えということです。学内だけでとじこもっていますと、隣の者をみて比較する程度で満足してしまいます。 そうではなくて、もっと広い視野でみることを望んでいます。そうすると違うものが見えてきて、レベルアップにつながります。