Kagami Memorial Research Institute for Materials Science and Technology早稲田大学 各務記念材料技術研究所

News

インタビュー 勝藤 拓郎研究員「新しい物理は新しい物質から ─ 強相関における電子の振る舞いを追究する」

自ら強相関物質の単結晶を作製し、磁場、電場、光照射などの外場に対する物性を測定する勝藤拓郎研究室。
基礎研究における考え方と物理学の現状を聞いた。

More is different─多は異なり

──勝藤先生の研究テーマである「強相関電子系」を端的に表すとどうなるでしょうか。

電子は負に帯電しており、電子同士の間には互いに反発し合う力=斥力(クーロン斥力)が働きます。この斥力が強い系のことを強相関電子系と言います。
原子が1個の場合、原子核の周りには電子の軌道が取り巻いており、その形によってs、p、dなどに分けられます。この原子が整然と並んで固体になった場合、このうち、sとpの電子は、遍歴電子といって、広がりをもって固体中を動き回れるため、電子相関(電子の相互作用)は無視できるのですが、d軌道の電子は、局在電子といって、あまり動き回ることがありません。そのため、電子同士が出会う確率が高くなり、電子相関によって、電荷、スピン、軌道の内部自由度に由来する多種多様な物理現象が発現します。このときの物性を研究するのが我々のテーマです。

──勝藤研究室の紹介によると、「新しい物質を作り、その中の電子が示す新しい振る舞いを通じて、新しい物理を生み出す」とあります。

私たちの研究室の特徴は、実際に物質を作ることにあります。薄膜を作る研究室はほかにもありますが、塊=バルク単結晶を作る研究室はそれほど多いわけではありません。単結晶とは原子配列が端から端まで規則正しく揃っている状態で、多結晶とは不規則な向きの結晶構造の集合体を言います。たとえれば、単結晶は氷砂糖で、多結晶は角砂糖です。普通に作ると多結晶になり、それでも構わない場合もありますが、物性を測定する場合には、単結晶であることが望ましいのです。私たちは、まだ誰も作ったことがない物質、あるいはすでに作られていても物性がわかっていない物質を作って、新しい物理を発見しているのです。ちなみに、研究室の標語は「New physics through new materials」です。
物理というと、確立された基礎原理があると考える人がいるかもしれませんが、我々の物理は少し違っています。まず、素粒子を研究している人は、最初の方程式=ハミルトニアンが決まると、あとはそこから導かれるという立場ですが、物性を研究している人は、物質が違うとハミルトニアンは違う、言い換えると、物質ごとに物理は違うと考えるのです。つまり、我々は究極の基礎原理を追究しているのではなく、新しいハミルトニアンから出てくる新しい物性を研究しているのです。
これを言い表した言葉が「More is different」。1977年にノーベル物理学賞を受賞したP.W. アンダーソンが1972年に科学誌「Science」に寄稿した論文タイトルで、「多は異なり」とも訳されます。たとえば、人間1人の行動は似ていても、集団になると違った行動が生じます。同じように、1個の粒子の絶対的な法則はあったとしても、それがたくさん集まったときの法則は違うという意味です。これは、物性研究、とりわけ強相関電子系を特徴づける言葉となっています。

──物理にはまだまだ解明されていない部分が多いということでしょうか。

2010年にグラフェンを作った科学者らがノーベル賞を獲りました。グラフェンとは原子1つ分の厚みしかない炭素のシートのこと。ここでは、ディラック電子といって、本来なら超高速で動く電子でしか見られない振る舞いが観測できます。グラフェンの作り方は以前から検討されていたものの、彼らは実際に、黒鉛の薄片の両面にテープを張って引き剥がし、これを繰り返すことで原子1つの層を作り出し、さらに物性を測定しました。我々の研究の方向性も、これと同じです。物質を作る点では化学と同じで、物性の測定は物理ならではの立場。つまり、泥臭いところから精密なところまで、全部やるというのが私たち研究室の特徴といえます。

──強相関電子系で応用につながる研究はあるのですか。

1つの例を挙げると、CREST(JST戦略的創造研究推進事業)の平成27年度新規課題として採択された「軌道/電荷の揺らぎを用いた低熱伝導性-高電気伝導性素子の開発」があります。簡単に言うと、熱発電への応用です。熱発電は温度差を利用して発電する仕組みですが、それに適した物質としては、まず、温度差をつけたときに起電力が大きいこと、そして、熱が流れにくい(熱伝導度が小さい)ことが重要な条件になってきます。我々は、局在する電子の軌道と電荷の揺らぎの学理を明らかにすることで、熱伝導度の劇的な低減が図れるように研究を続けてきました。本誌が出る頃には成果が明らかになっていると思います。

流行を追わなければならない物理学の現実

──経歴に話を移すと、東京大学に入学後、同大学大学院、米ベル研究所、JSTを経て早稲田に来られました。その間の研究テーマはどうだったのでしょうか。

今とあまり変わっていません。ただし、東京大学ではテーマというより人で選んだのかもしれません。私の指導教員は、度々ノーベル賞の候補に挙がる十倉好紀教授で、印象に残っている言葉が、「研究で一番いいのが予想と違う結果が出ること。二番目にいいのが予想と同じ結果が出ること」。研究結果が、十倉先生の言ったようにならなくても「あっそう」と飄々としていて、このスタンスを最初に刷り込まれました。
1997年には博士研究員としてベル研に行きました。ベル研は電気通信のみならず、数学、物理学、行動科学、コンピュータプログラミングなど、幅広い分野の基礎研究に優れていることが特徴で、私も基礎をやるつもりで移りました。しかし、当時はちょうど研究所が基礎から応用へと移る過渡期にあたり、私としてはそのときの流行りであった「マンガン酸化物の巨大磁気抵抗」という基礎研究だけをやるつもりだったのですが、それ以外に応用研究として光通信のスイッチに用いるための「カルコゲナイドガラスの物質開発」というのもやりました。その後、ベル研は不祥事もあって、往時とはずいぶん変わってしまいましたね。
1999年に日本に戻って、JST=科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)に移りました。2年の間に3つのプロジェクトに参加しました。当時のJSTでは、プロジェクトのテーマ自体は企業ニーズに直結する応用研究であっても、そこで働く研究員は何をやってもいい、というような空気がありました。また、今でこそポスドクは多くの人が経験する身分のようになりましたが、90年代後半では、珍しかったのではないかと思います。
こうした経緯を経て、2002年に公募に応募して早稲田の助教授となりました。

──最後に、今の院生・学生に伝えたいことはありますか。

上の人のやり方にあまり従わないほうがいい、と言いたいです。これは、技術ではなく方向性の話なのですが、今の院生・学生に必要なことは我々の知っていること、あるいは経験してきたこととは違うと思います。
というのも、研究の世界は変化が激しいから。私のベル研時代では「マンガン酸化物の巨大磁気抵抗」が流行っていたと前述しましたが、最近では、2016年のノーベル物理学賞の受賞テーマとなったトポロジーが流行りです。昔だったら自分の好きなことをやっていても何とかやっていけましたが、今では流行りを追いかけないと餓死してしまうかもしれません。バブル期から1990年代にかけては基礎研究にも潤沢にお金がつぎ込まれましたが、今では流行りでない分野にはお金がつきにくいです。昔だったら自分の好きなことをやっていても何とかやっていけましたが、今では流行りを追いかけないと餓死してしまうかもしれません。そのような時代変化から、我々のやり方を見習えとは言えないのです。
一方で、大学においては、ベースとなること、学ぶべきことをきちんと伝えていくことが重要だと思います。例えば、物理の教科書というのは新しくてよいものがなかなか出版されなくて、50年前に書かれたものが今でもよく使われていたりします。昔の大学の先生は時間が十分あって、気合いを入れて教科書を書いていましたが、今の先生はきちんとした教科書を書くような時間がないのだと思います。私は自分でも教科書を書きましたし、監修もやってきました。将来の道は学生自身が開かなければならないとしても、せめてその下地は整えてあげたいですね。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/fsci/zaiken/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる