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分断の構図を、日常空間から解き明かす【平和研究分野】金敬黙教授
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- Mon, 27 Apr 2026

紛争や暴力の背景にあるものは何か
私は紛争や暴力をテーマに、主に三つの視点からアプローチしています。一つ目が「平和研究」です。本来扱う直接的な紛争のみならず、家庭内暴力や学校でのいじめなど、生きやすさを阻害する“暴力的装置”全てを対象にします。二つ目が、「市民社会論」。NGOを中心に、国際協力や開発の背景にある構造を研究しています。三つ目が、「トランスナショナル研究」。国民国家の枠組みを超えた視座から、グローバル問題を分析する視点です。
なかでも特に最近注力しているテーマが、“分断”です。近年、各国の政治や国際情勢、あるいは世代、ジェンダー、経済格差などにおいて、両極端が対立する分断社会が顕在化しています。そこに存在するのは、「和解」といった理念だけでは解決されない、複雑な構図です。分断の根本的な原因が、私の関心です。
その一環として2025年10月と12月には、キプロス島や朝鮮半島を通して分断を見る展示会「分断をまたぐ」を企画しました。展示の一部で、学生から「留学や海外旅行で欠かせない荷物」を募ったのですが、集まったのは、電圧の異なる電源コードや、インスタントの味噌汁、日本製のお菓子など。これらは“分断をまたぐ小さな装置”とも捉えられます。生活空間にも不自由を強いる分断構図が存在することを、装置が示唆しているのです。
他にも、ヨーロッパで紛争の現場を巡ったり、日本と朝鮮半島の出身者に意見交換をしてもらったり、高田馬場や上野、池袋、新大久保を歩いたりと、現場での活動を重視しています。データに表れない複雑な要因は、五感を通じて掴むことで、多くの気づきを得られるためです。
こうした活動から少しずつ見えてきたのは、生活上の合理性や、無意識的な文化構造など、分断が持つさまざまな側面でした。

加速する分断と、背景にある構図
分断というワードが顕著に論じられるようになったのは、第二次トランプ政権の発足以降です。ただし、「ポスト真実(post-truth)」が普及した2017年頃から、その兆しを見ることができます。世代や出自による経済的格差が目立ち始めた当時、若者が未来に希望を持てない構図が浮き彫りになり、日本でも「親ガチャ」が話題になりました。こうした経済的な二極化は、分断社会における主因の一つです。
では、どうすべきか。弱者の不幸を憐れむのは容易ですが、そこには必ず、豊かに暮らす自分自身との関係性が存在する。その現実から目を背ければ、前進は難しいでしょう。それでも課題が経済であれば、再分配が解決策になり得ます。しかし分断には、他にも多くの要素が絡んでいると、私は考えます。
例えば、私は日本で暮らす韓国人ですが、それを街中で瞬時に認識できる人は、あまり多くないはずです。一方、ヨーロッパで生活をしていたら、私が外国人であることは一目瞭然でしょう。このように、他者への視点は地域によって異なるため、日本で暮らす外国人も、中国人や韓国人と、ネパール人やベトナム人とは、生きづらさの質が変わると考えられます。一元的な外国人政策が機能しないのは、質の差を度外視しているからでしょう。
また日本には、「白人系のモデルを美しいとする」「中国・韓国系とは一緒にされたくはない」「東南アジアの人々を憐れみの目で見る」といった、先進国意識、植民地主義的な視点が、無意識の中に存在します。時にはそれが、「中国製や韓国製品は壊れやすい」といったマイクロアグレッションとして表出する。例え悪気がなくとも、事実と異なる見方というのは、文化として根付いているのです。
日本を例にしてしまいましたが、類似する状況は世界各地に存在します。こうした土壌に、経済的格差や国際的プレゼンスの低下、移民・難民問題が重なると、分断が加速し、過度な愛国主義や排外主義が形成される。極端な見方をするならば、ジェノサイドにもつながります。米国やイギリス、オランダなどで、分断構図は明確であり、危機的状況に歯止めをかけなければなりません。その認識や方法論を構築することは、研究者・教育者として私が目指すところです。


研究で活用している最新の書籍
未来を見据えた最適解を提示する、人文科学の眼差し
ただし分断の構図は、「ソリューション一つで、大きな社会変革が実現する」といったドラマチックなものではありません。解消は、あくまで目指すべき軸です。現実として分断がある以上、一人一人が安心できるセーフティゾーンを設け、暴力を予防しながら、荒波の中を溺れずに生きることが最優先です。生活空間にある小さな分断構図は、その点において機能していると見ることもできます。隣家との交流が断絶するのは不安ですが、垣根がないのも不安なもの。居心地の良い線引きというのが、人間の中にあるのでしょう。これらを全廃し、何もかも均していくことが、ベストソリューションではないのです。
そして同時に、分断という複雑な課題を解決するには、文化や言語、歴史、哲学、アートなど、人文科学の問い掛けが不可欠です。短期的な目標に向かう社会科学や自然科学とは異なり、20年、30年先の未来を見据えた“人間らしさ”“生きる思想”を探究することに、私たち人文学者の存在意義があります。
私自身も、社会科学から人文科学へと、キャリアをシフトした一人です。民主化以前の激動期、韓国で思春期を過ごした経験から、大学時代は政治学を専攻しました。その後の修士課程は、日本のNGOの北朝鮮に対する人道支援に関心を抱き、国際会議に参加しながら関係者へインタビューをする活動を開始。実践家と研究者が協働する「アクション・リサーチ」に意義を感じたことから、博士課程ではコソボ紛争の現場に赴き、NGOの一員として働きながら、論文を書いていました。早稲田大学着任以後も、フィールドワークやイベント企画に積極的なのは、こうした現場経験があるからでしょう。
近年の学術界では、データや統計、シミュレーションを用いる量的な研究手法、平たく言えば「科学」的探究が主流であり、私の実践知的な活動は異質と映るかもしれません。しかし研究者にとって重要なのは、自分の立てた大きなテーマに対し、最適な方法論でアプローチすることです。次世代の研究者にも、“手段”ではなく“問い”を先行させることを、常に大切にしてほしいと思います。
早稲田大学文学学術院教授
金 敬黙(きむ・ぎょんむく)

専門は平和研究。
1972年東京都生まれ。ソウルと東京で育つ。2006年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(東京大学・学術)。中京大学教養部専任講師、同国際教養学部准教授、教授を経て、2016年より現職。単著『越境するNGOネットワーク』(明石書店)、編著『越境する平和学』(法律文化社)の他、著書多数。日本国際ボランティアセンター(JVC)やオックスファム・ジャパンなどで理事歴任。
(2026年4月作成)
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