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在来の経済活動から、“私たち”の当たり前を見つめ直す【文化人類学分野】箕曲在弘教授

在来の経済活動から、“私たち”の当たり前を見つめ直す【文化人類学分野】箕曲在弘教授
Posted
Tue, 21 Apr 2026

 

ラオスの農村から見る、フェアトレードの実質的影響

経済、開発、環境という領域に、文化人類学からアプローチしています。フィールドの中心にしてきたのは、東南アジア・ラオスのコーヒー栽培農村です。

文化人類学は、対象とするフィールドの人々の視点から、物事を見ることから始まります。その際に重要になるのが「文化相対主義」という考え方。それぞれの文化を深く理解するために、自分たちの基準で評価しない姿勢です。

私が長年にわたり研究しているのは、フェアトレードがもたらす農村への影響です。文化相対主義の観点から、フェアトレードの価値を前提とせず、現地の人々の捉え方にアプローチすることで、さまざまなことが見えてきました。

フェアトレードの対象は、コーヒー、紅茶、バナナなど多岐に渡りますが、それぞれのプロダクトにおいて、統一した基準で買い取るルールが設けられています。わかりやすい例が、最低保証価格。市場価格が下落した際、安価な売買を防止するため、最低条件を順守するというものです。ここには単純な価格のみならず、民主的な生産者協同組合の運営、品質を保証する生産プロセス、差別の撤廃など、さまざまな要素も含まれます。

こうしたルールは本来、現地の人々との合意を経て取り組まれます。しかし途上国では、政府主導でフェアトレードのプロジェクトが導入されるケースも多く、認証に適応できない農家が一定数生まれるのも現実です。例えばラオスの場合、コーヒーの加工を一箇所に集まり、皆で共同作業をするルールがあるのですが、期間が限られる収穫作業を優先する結果、加工作業に人員を送り出せない農家もいます。貧しい農家のためのフェアトレード制度が、結果として余裕のある農家に適応される構造が、現地から見えてくるのです。

ラオスにおけるフィールドワークの視点は、「エシカル消費」などで注目を集めるフェアトレードにも、良し悪しを簡単には判断できない側面があることを示唆します。国際協力や開発援助にも関わる制度であるため、受益者の立場も含む総合的な観点から精査することも必要です。私はコーヒー栽培農村の事例を博士論文のテーマに設定し、著書『フェアトレードの人類学』にてフェアトレードの直接的・間接的影響について考察をまとめました。

 

 

人間の経済活動における負債の役割は何か

また近年は、ローカルレベルの経済的取引について、負債を中心に研究しています。私がフィールドにするコーヒーの農村では、仲買人が農家にお金を貸し、農家はコーヒーの現物で返す習慣があるのですが、特徴的なのが、高利貸しとも捉えられるような利息です。1カ月ごとに10%もの利率が嵩み、1年放置すると元金の倍以上を返済しなければなりません。

しかし現地で話を聞き、実際の取引内容を記録していくと、案外仲買人にとって不利な側面が多いことが見えてきます。農家側がさまざまな事情で返済できない場合、実際には高額な金利は適用されず、可能な時に返す仕組みになっているのです。そして本当に困難な場合は、仲買人も真剣には回収せず、簡単に諦めてしまいます。この構造は高利貸しではなく、機能的な融資制度と見るべきかもしれません。国家の社会福祉が行き届かない地で、相互扶助を担っている、伝統的な習慣なのです。

これはラオスの事例ですが、立場が強い地主や商人が暴利を貪ることなく、実はうまく農家と関係を保っている在来の取引は、他の国・地域でも見られます。現在私は、複数の文化人類学者との共同研究により、人間の経済活動における負債の役割にアプローチしています。この共同研究では、アジアやアフリカ、オセアニアなどを専門とする文化人類学者が各自のフィールドワークを通して見えてきたお金の貸し借りに関する在来の慣行を記録し、そこに見られる一般性や特殊性を明らかにしています。この共同研究を通して、一般的にイメージされるお金の貸し借りにも、地域ごとに多様な在り方があることが、徐々に明らかになるでしょう。私たちが当たり前と考え、常識として切り取る事象が、現地では全く違う形で存在する。多様な事例を現場から提示するのが、文化人類学者たちの仕事です。

 

 

フィールドワークの原点は、人々の生活への関心

こうしたフィールドワークは、文化人類学者に共通する研究手法です。その原則は、自分たちが持つ文化とはかけ離れた地域に赴き、対象を観察していくこと。私もラオスの農村に一人で行き、コミュニティに入り、現地の人が朝起き夜眠るまで何をするのかを見ながら、インタビューをして記録する活動を、約2年間続けました。生活を共にする方法は、「参与観察」といいます。例えばフェアトレードの場合、生産現場だけ観察しても、先述した発見は得られないでしょう。

私にとって文化人類学の第一歩は、初めて海外に行った体験でした。受験勉強に行き詰まり、一人でヨーロッパへ向かったのですが、トランジットで寄ったタイの異様な空気感が、なぜか忘れられなかったのです。その後も何度か旅行をするのですが、訪れるのは一般的な観光地ではなく、少し外れた普通の街ばかり。現地の人々がどのように生活しているのかに、最大の興味がありました。大学卒業後は一度企業に就職するのですが、自分がすべきことはフィールドワークだと思い、すぐに辞めて研究者の道に進みました。

 

 

社会との接点が強化される、現代の文化人類学

宗教や呪術、結婚や家族など、かつては土着の風習にアプローチするイメージが強かった文化人類学ですが、近年は医療、開発、難民、災害、芸術、科学技術など、対象が広がっています。フィールドワークを通じ、研究者の関心をそのままテーマにできる点が、最大の特徴といえるでしょう。

同時に、社会との接点も強化されています。私は過去に、フェアトレードを行う日本企業と連携し、売買の仕組みを改善する活動に取り組んだことがあります。最近は、企業活動自体に文化人類学的視点を取り入れる相談も増えてきました。コンサルティング会社を設立し、組織開発やマーケティングを支援する文化人類学者もいます。ステレオタイプを取り除く視点が、企業経営でも求められているのでしょう。

フィールドワークを行いながら、既存の価値観を相対化し、得られた視点を社会にも還元していく。こうした人材が、現代の文化人類学には求められます。ただし、その原点は、不思議な現象に対する素朴な好奇心です。即座に役立つような領域ではありませんが、どうしても知りたくなってしまう人は、ぜひ扉を叩いてみてください。

 

早稲田大学文学学術院教授
箕曲在弘(みのお・ありひろ)

専門は文化人類学、東南アジア地域研究。
1977年、東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。東洋大学社会学部助教、専任講師、准教授、早稲田大学文化構想学部准教授を経て、2022年より現職。ラオスのコーヒー産地を主なフィールドに、環境・開発・経済に関する研究を進める。著書に『自分のあたりまえを切り崩す文化人類学入門』(大和書房、2024)、『フェアトレードの人類学』(めこん、2014)、共編著に『東南アジアで学ぶ文化人類学』(昭和堂、2023)、『人類学者たちのフィールド教育』(ナカニシヤ出版、2021)などがある。また、上記の共同研究の成果物として『負債と信用の人類学』(以文社、2023)がある。

(2026年4月作成)