竹原幸太(東京都立大学人文社会学部 准教授)
私が教育学コースを志望した理由
1990年代後半、世間を震撼させる少年事件が立て続けに生じました。高校生だった私は、強いられる受験勉強に疑問を感じ、学びの意味を見出せない青少年が荒れてしまうことは、誰にでもあり得るのではないかと思い、教育と哲学に関心を持ち、第一文学部哲学科教育学専修(当時)に入学しました。
その後、少年法改正が進みましたが、教育学コースでは子どもの権利条約の研究が活発で、子どもが当たり前に成長発達していく権利が保障される社会的土台が揺らいでいることを知りました。他方で、被害者と向き合うことになしに更生は難しいと感じ、修復的司法に関心を持ち、卒業論文、修士論文で検討しました。さらに、立ち直りを支える教育の原理・思想を明らかにしたいと思い、博士後期課程へ進学しました。
ですので、教育学研究では未開拓の研究テーマへの挑戦を応援して下さる環境があったことが志望理由となります。
教育学コースの雰囲気、教員・学生などとの交流
在学中、ライブハウスでの音楽活動にも力を入れておりましたので、ユニークな格好をした私が大学院受験したことに、先生方は大変驚かれたのではないでしょうか。そのような私でも受け入れて下さった「自由な雰囲気」は、教育学コースの最大の強みだと思います。
所属ゼミでは、他研究科、他大からも院生が参加しており、個々の研究テーマの討議に加え、共同研究プロジェクトも組織され、その成果を学会で報告しました。また、指導教員が『子ども白書』の編集委員長でしたので、協力員という形で編集作業にも参加しました。先輩がいないゼミ一期生には、学外の方々からも学ぶ機会があったのはありがたかったです。
院生同士では、ゼミの垣根を超え、自主的に読書会を実施しました。個人としては、他研究科の自主研究会にも参加して研究テーマを深めました。
研究にかけた思い
音楽と研究はかけ離れているように見えますが、ライブハウスで見聞した青少年の声には大変考えさせられました。家庭や学校で「問題」視されている青少年も、出会う場やかかわり方が異なれば、違った姿が見えるのではないか。
烏滸がましいですが、生きづらさを感じている青少年に少しでも希望を与えられる役割を果たせればと思い、博士論文では、子どもの権利保障の観点から更生・立ち直りの思想を国内で最初に唱えた実践者の研究をまとめました。同論文は文化推進部の助成を得て、2015年に早稲田大学モノグラフNo.117として上梓し、守屋克彦先生(元裁判官)が理事長を務められたNPO「刑事司法及び少年司法に関する教育・学術研究推進センター」より、第2回守屋研究奨励賞を頂戴したことは大変光栄でした。
その後、2017年に少年司法と立ち直りの子ども文化を平易にまとめた『失敗してもいいんだよ』を、2018年には修士論文の問題意識を発展させた『教育と修復的正義』を上梓し、教育学会、社会教育学会、犯罪社会学会などで書評が掲載されたことも励みとなりました。
2022年は日本で少年法成立100周年の節目の年です。この10年間の科研費研究をまとめ、更生の教育哲学「甦育(そいく)」を体系化したいと考えています。
修了後、博士後期課程を振り返って
博士後期課程を振り返ると、経済面が最も深刻な課題でした。地方出身者で学部から奨学金を借りていたので、精神科病院の非常勤ワーカーとしても勤務しながら、何とか生計を立てていました。
博士後期課程では、実践者として、日々の実践を省察し、意味づけていく実践研究についても経験的に学びましたが、経済的事情から、3年目の終わりに実家へ戻ることを計画していました。そのような折、幸運にも、諦めずに出した教員公募で採用され、大学に職を得ることができました。このタイミングで、研究の道で生きていくことを決意しました。
昨今では日本学術振興会特別研究員制度の要件も変更されてきていますので、こうした若手研究者育成支援制度に挑戦し、研究を継続していく方向もあり得るかと思います。
研究とは、最後は自分との厳しい戦いです。「諦めたらそこで試合終了」との名言がありますが、博士後期課程で学んだ、実践と研究を結び、粘り強く諦めない精神こそが、現在の研究生活にも活きているのだと思います。
プロフィール
仙台市出身。早稲田大学第一文学部総合人文学科教育学専修卒業後、同大学院文学研究科教育学専攻修士課程に進学。修士論文の題目は「少年非行における修復的司法の可能性-分断的解決から関係回復的解決へ」。博士後期課程進学後は、都内精神科病院でグループワーカー(非常勤)としても勤務。2009年東北公益文科大学公益学部へ着任。2015年に博士論文『菊池俊諦の児童保護・児童福祉思想の研究-戦前・戦中・戦後の軌跡と現代児童福祉法制への継承 早稲田大学モノグラフ117』(早稲田大学出版部)を出版。博士(文学)(早稲田大学)。2020年より東京都立大学人文社会学部准教授。