自己紹介
専門は文化人類学で、ブルガリアを主なフィールドとして、社会主義からの体制転換やEU加盟といったマクロな変化が、人々の日常生活やものの見方・考え方をどう変えるのか(あるいは、変えないのか)を調査研究してきました。最近ではとくに、女性たちによる国境をこえる出稼ぎとそのことがもたらす影響に関心を持っています。
実は、大学に入学した当初は別のことを学ぶつもりでいたのですが、ちょうどその頃手にとって読んだ本、原ひろ子『ヘヤー・インディアンとその世界』や、ロバート・スミス、エラ・ウィスウェル『須恵村の女たち』などから、ある環境で生きる人々と時間や空間を共有しつつ、ものの見方・考え方を理解しようとするフィールドワークという手法に関心を抱くようになり、文化人類学を専攻することに決めました。
その後、ブルガリアをフィールドとして選ぶに至ったのは、偶然が重なったところもありますが、1989年以降の東欧での体制転換にともない、これまでより多く東欧の情報を見聞きするようになって興味を惹かれたこと、そして何より、これ以降、フィールドワークが比較的自由にできるようになったことがあげられます。1990年代半ばに実際に訪れたブルガリアでは、キリスト教系の住民とイスラームの慣習を受け継ぐ人たちが共住する村が強く印象に残り、結局、今もこの地域でフィールドワークを続けています(なお、2011年の国勢調査によると、ブルガリアの人口のうち、キリスト教徒が約8割、ムスリムが1割程度を占めます)。
私の専門分野、ここが面白い!
既に述べたことと重なりますが、フィールドワークにもとづいて、フィールドからものごとを考えるというのが、文化人類学の魅力だと思います。無論、相手のあることですから、フィールドワークには難しさもあり、一定の責任が伴うことも忘れてはいけませんが、自分とは異なる環境で生きる人たちの中に身を置くと、人々にとっては(おそらく)何気ない行為や一言にはっとさせられることがしばしばあり、それをきっかけとして人々にとって重要なことがらに気づかされると同時に、自分が「あたりまえ」としてきたことを見つめ直して、自身の視点や捉え方を相対化することにもつながります。
また、フィールドの状況によって、研究関心も変わります。私が調査を続けている地域の場合、ブルガリアがEUに加盟した2007年前後から、よりよい収入の仕事を求めて西ヨーロッパへ出稼ぎに行く村人たちが目立つようになり、このことが新たな研究テーマとなりました。とくに、移動先でケア・ワーカーとして働く女性たちの出稼ぎが、村の仕事観や家族観、ジェンダー規範を変えつつあるのかに注目していますが、介護を外国人(の主として女性)が担う「ケアの国際分業」は世界的な傾向で、さまざまな課題を含んでいます。そして、これは、ケア人材の不足に直面する日本社会とも無関係の出来事ではありません。
こうした、今日の世界において顕著な現象である人の移動・移住について、人々の日常の細部と世界的な課題をともに視野に入れて議論する文化人類学の強みをいかしつつ、フィールドから、そして、関心を共有する学生たちとともに、さらに考えていきたいと思っています。
プロフィール
東京生まれ、福岡県育ち。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。博士(学術)。これまで、ブルガリア国立ソフィア大学歴史学部研究生、同哲学・社会科学部客員研究員などとして、ブルガリアでフィールドワークをおこなう。東京大学大学院総合文化研究科助教、盛岡大学文学部准教授などを経て現職。専門は、文化人類学、労働移動研究、ジェンダー論、バルカン(主にブルガリア)地域研究。
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