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演劇博物館 特別展『別役実のつくりかた――幻の処女戯曲からそよそよ族へ』を取材しました(早稲田大学文化推進学生アドバイザー 本間遥)

文化推進学生アドバイザー 早稲田のミュージアム取材企画第2弾!

前回の取材(2021年度春季企画展『Lost in Pandemic ――失われた演劇と新たな表現の地平』)に引き続き、演劇博物館 特別展『別役実のつくりかた――幻の処女戯曲からそよそよ族へ』を取材しました。後藤隆基助教にお話しを伺いました。

1.別役実さんってどういう人…?

―この特別展で取り上げられている別役実さんはどのような方でしょうか。早稲田とゆかりがあるのでしょうか。

別役さんは1960年代以降に活躍された日本を代表する劇作家です。既成の演劇に対するアンチテーゼとして、「アングラ演劇」と言われる新しい演劇を作ろうと活動していた作家の1人です。
生涯に140本以上の演劇を書いており、他に類を見ないくらい、非常に多作です。

―どのような演劇作品を作っていたのですか。

彼の作風は「不条理演劇」と言われており、抽象的な世界をモチーフにしながら、社会からはじかれてしまった人間などを描いていました。左翼運動に傾倒していた時期もあり、政治的な運動とも非常に深い関わりがあります。1960~70年代に活躍していた劇作家は、社会に対する批判的なまなざしをもって表現活動をおこなっていました。
別役さんは「差別」というものをはじめて演劇の中できちんと表現した劇作家ともいわれています。社会へのまなざしは敏感で、しかしながら単純に批判するのではなく、作品の中で笑いに変えて表現するなど、本当に稀有な作家だと思います。

―早稲田大学とはどのような関係があるのですか。

別役さんは1浪して早稲田大学の政治経済学部に入学しています。のちに授業料未払いで除籍になってしまいますが、早稲田で出会った鈴木忠志(演出家)と「自由舞台」という劇団を立ち上げ、現在の「早稲田大学小劇場どらま館」につながる「早稲田小劇場」を作り、そこを拠点に活動していました。
彼の演劇人生は早稲田で始まりました。卒業生で演劇に関わっている方は大勢いますが、演劇史・文学史的にも非常に重要な作家の1人であり、演劇博物館に膨大な一次資料が寄贈されたことで、今後の研究が進んでいくと思います。

2.「劇作家 別役実」になるまで

―少年時代の資料も残っているのですね。

別役さんは2020年3月に亡くなられたのですが、亡くなる直前や亡くなられた後に非常に多くの資料をご寄贈いただき、それらを今回の特別展で展示しています。子どもの頃の文集や、昔からのご友人からご寄贈いただいた資料もあり、少年時代や生い立ちが、ここで初めて明らかになりました。

―やはり幼少期から、劇作家として活躍するような兆しはみられたのですか。

そうですね。文章力があったのはもちろんのこと、幼少期から日常的な物事をどう捉えていたかを、資料から感じ取ることができます。別役さんの、弱者や障害を持っている人へのまなざしは、決してその方々への単なる優しさだけではありませんでした。安易に「ただ優しくすればいい」と思っている社会や世間の意識に対して、単純に片づけられる問題ではない、という意識を持っていました。そういった社会に対する疑問などが、小学校の文集や創作ノートから見えてくると指摘されています。

―幼い頃から社会の認識に懐疑的な視点を持っていたのですね。

かつての資料を辿ることで、そういった思想の一面を見ることができ、興味深いです。

―イラストや挿絵もありますね。

絵を描くのが好きで、高校時代には画家を目指していたそうです。美術の先生との出会いも大きかったと言われています。ここには「リンゴが美しいのではない。それはそこに在ることが美しいのだ。」と書かれています。これはこの展覧会の趣旨にも引用されていますが、別役さんは、それがそこに存在していることの美しさや意味を見出し、生涯その価値観を持ち続けていました。芝居に関しても、そこにその人がいる「存在自体」を重要視した作品がいくつかあり、大きい影響を受けたのだと思います。

―美術からもこのような価値観を見い出して、演劇に活かしていたのですね。

別役さんは中高生のころから詩や小説を書き始めました。絵など美術では表現できないことを言葉で書くようになり、しだいに文学に傾倒していきました。

―その後、早稲田大学に入学するのですね。この演劇博物館の存在をはじめ、やはり早稲田と演劇の結びつきは強いと思います。別役さんが早稲田に入ったからこそ受けた影響はありますか?

それは間違いなくあると思います。別役さんは大学に入るまで、演劇にはそんなに関心がなかったと仰っていました。早稲田で「演劇」という手段を得て、更に新しい創作に移っていきます。彼の考えることが早稲田の演劇文化とフィットしたのだと思います。また、早稲田で演出家の鈴木忠志との出会いがなければ、別役さんは劇作家にはなっていなかったかもしれません。鈴木さんは別役さんが書いたものを構成して、舞台にしていました。初期の頃の鈴木さんとの共同作業は、別役実の劇世界をつくるベースになっていったと思います。

―早稲田に入ったこと自体が別役さんにとっての人生のひとつのポイントだったんですね。

3.作品とその時代背景を知ること

―大学を出た後はどういう活動をされたのですか?

働きながら政治運動などにも参加し、それらが終わった後に喫茶店で作品を書くというルーティンが生まれました。そこから最後の最後まで、喫茶店で仕事をされていたんですよ。喫茶店で仕事をするのが本当に好きな方で、各店舗の店員さんの顔も覚えていたそうです。完全に静かなわけではなく、ちょっとしたノイズがある環境が心地よかったようです。

―先ほど政治運動にも参加されていたとおっしゃっていましたが、時代背景としてもそのような運動は多かったのですか?

1960~70年代は安保闘争や学生運動も盛んに起こっていた時期でした。世の中的にも政治運動が広まり「政治の季節」と言われる時代でした。彼がそういう時代の中で、社会的な問題意識を持って政治運動に参加したということは大きいですし、それが作品にも反映されていると思います。

―別役さんの作品に大きな影響を与えたのは、幼少期からの、社会の意識に対する批判的なまなざしだけでなく、時代背景も大きく影響したのですね。

1980年代くらいになると、歴史的な事件や実際に起きた犯罪をモチーフにして作品を書いています。その頃には犯罪者の複雑な心理状況にも関心があったことが窺えます。
例えば、アメリカの宗教団体が起こした集団自殺事件やオウム事件のことも題材にしていますが、犯罪心理を解き明かしていくことが本人にとっても興味深かったのだと思います。

―「そよそよ族」とはなんですか?

「そよそよ族」とは、言葉を発せない太古の失語症の民族で、別役さんが長きにわたりずっと構想していた架空の設定です。この民族はお腹が減っていても空腹だと主張せず、餓死することで意思表示をします。言葉を発するわけではなく、ただそこに「存在すること」を魅せることで、何かを訴えかけるというものです。『そよそよ族伝説』という出版物が全3巻出ています。別役さんご自身が描いたそよそよ族の舞台となる地図もあります。等高線までとても綿密に書かれていて、いかに壮大な構想だったかが窺えます。

他にもコロナ禍で注目されたのが『街と飛行船』という作品です。これは1970年に書かれた作品ですが、ある街に伝染病が蔓延してロックダウンされる話です。
飛行船が現れ、街を助ける救世主だと人々は思うのですが、実際はその飛行船から白い粉が出てきて、それによって街の人が全滅してしまいます。ロックダウンをして閉じ込め、そこで伝染病を根絶させようとしたのではないか、と解釈する人もいました。

―コロナを予見しているみたいですね。

時代を超えて読まれたときに、その時代時代に当てはめて解釈できるような鋭さも持っていたことを感じさせます。

これは今回の目玉の展示、幻の第一作といわれてきた『ホクロ・ソーセーヂ』の原稿です。今まで作品が存在すると言われていたんですが、原稿自体が見つかっておらず、誰も内容が詳しく分かりませんでした。ですが、今回寄贈いただいた資料から見つかり、初めて明らかになりました。
※尚、この幻の第一作『ホクロ・ソーセーヂ』は、同展覧会図録に全文採録されている。

現物資料がたくさん残っており、今後改めて「別役実」という作家が問い直されていくと思います。これまで指摘されてきた、論じられてきた作家像や作品の読まれ方が、今後変わっていくかもしれません。
作家や作品を知るには、その人が生きていた時代、その作品が書かれた時代背景を知ることが重要だと思います。今の感覚で同じように過去の作品を見るのではなく、当時の人々がリアルタイムでどのように作品を捉えていたか、その時代背景にはどのような社会があったかを知ることが、個人的には大切なことだと思います。今回資料を大量に寄贈いただいたので、今後ますます新しく見えてくるものがあり、演劇史・文学史の中でも改めて評価されていくのではないかと思います。

取材にご協力いただきました後藤助教はじめ演劇博物館関係者の皆さま、誠にありがとうございました。

取材・文 早稲田大学文化推進学生アドバイザー(文学部文学科3年)本間遥

早稲田のミュージアム取材企画第1弾

演劇博物館 企画展『Lost in Pandemic ――失われた演劇と新たな表現の地平』を取材しました(早稲田大学文化推進学生アドバイザー 本間遥)

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