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演劇博物館 企画展『Lost in Pandemic ――失われた演劇と新たな表現の地平』を取材しました(早稲田大学文化推進学生アドバイザー 本間遥)

演劇博物館で開催された2021年度春季企画展『Lost in Pandemic ――失われた演劇と新たな表現の地平』を担当された後藤隆基助教に、展示についてお話しを伺いました。

1.記録から発信へ、演劇博物館が伝えるコロナ禍の演劇

―まず初めに、この企画展が開かれることになった経緯を教えてください。

新型コロナウイルスの影響で、昨年の2月頃から多くの演劇公演が中止や延期を余儀なくされました。まさに今の時代に起きている、特に演劇界にも大きな影響を与えている出来事に対して、演劇の総合博物館として何もしないわけにはいかないという想いから、中止・延期されていく公演の調査とチラシやポスターなどの資料を地道に集め始めました。公演に直接関わっているわけではないので、収集も手探りで進めていたのですが、苦難な状況にある現場の人たちに今何が求められているのか、演劇博物館として何ができるのかを考えたときに、この状況を記録し後世に伝えていくことが大切だと考えました。

―資料を収集する中で考えたこと、気づいたことはありますか?

「失われた公演」の資料を収集して記録していくことも大切ですが、「こういう公演が実際にはあった」ということを伝えることが重要だと感じました。実際には上演されていないので、演劇の歴史では空白になってしまっていますが、「あったけれどもなくなってしまった」、「なくなってしまったけども存在はするはずだった」ということを、できるだけ外に発信していくことも必要だと思いました。

―なくなってしまった公演の「発信」、どのように取り組んでいったのですか。

去年の10月にオンライン展示という形で、演劇界の方々の想いとともに公演のチラシの画像を展示しました。思いのほか多くの反響をいただき、博物館としてもその意義を再確認しました。オンライン展示を契機として、現物展示に向けて話も発展しました。

当初、企画展のオープン予定は5月17日でしたが、できればこの展示が始まる頃にはコロナの収束が見えていてほしいという願いもありました。その上でこれまでの状況を振り返り、これからの演劇を想像してもらうことを期待していました。ですが、今年の4月に緊急事態宣言が再発令され、またしても演劇が中止されてしまうという状況に陥り、希望が見えないところも正直ありました。

―感染状況も見通しがつかない中で、展示の内容も変化されましたか。

コロナの状況が予想と異なっていても、展示の目的意識は大きく変わりませんでした。コロナ禍が始まってから現在までの「1年間」の時間を記録として残すということ、特に初期の頃の、まだコロナがどういうものか誰にもわからず、演劇界も手探りで活動していた時期のことを忘れないうちに記録する、という目的は変わりませんでした。自分の中でも記憶や感覚が生々しく残りつつも、意外と忘れていることもあります。そういった意味では「1年」は最適な時期だったのではないかと思います。コロナの収束後に総括して振り返ることが一番良いのでは、とためらう気持ちはずっとありましたが、初動の、混沌としながらも模索していた時期のことをしっかりと記録することに対して、演劇界の方々からは感謝の言葉もいただきました。

また今回は、歌舞伎や小劇場、劇団四季、ジャニーズの舞台…など様々な演劇のジャンルを縦断して展示しています。演劇界全体が一様にダメージを受けていたことも伝えることができたのではないかと思います。

―演劇界全体が陥った状況が、この展示を通して見て取れるのですね。

コロナが与えた苦しさは濃淡があるにせよ、全世界の人が同様に感じているものであり、演劇界だけではないはずです。一般社会と演劇界との距離感が浮き彫りになった一方で、「マスクの着用」「ソーシャルディスタンス」など、私たちが日常を生きていく中で象徴されるコロナの影響は、演劇界でも地続きになっています。皆同じ苦しみの中で戦っている中で、演劇はどのように立ち向かって、生き残る道を探していったのか、その様々な努力も伝えたいと思いました。

2.それぞれの「演劇」を守るため、垣根を超えてつながる

―展示の見どころを教えてください。

まず始めに、堂本光一さんの舞台『Endless SHOCK』のインスタライブ配信ダイジェスト映像(2020)をご紹介します。この公演は昨年の3月22日にインスタグラムでライブ配信されました。堂本さん自身、公演は止まってしまったけれど、何かは届けたいという想いがあったのだと思います。

―これはスマホで撮影されたのですか?

そうです。画質は結構粗いですが、無観客の会場で自分でスマホを持ちながらコメントを発信したり、とても臨場感がありました。また、コロナ禍では早い段階でこのような取り組みをしていたことも特筆すべき点だと思います。

―劇団四季のポスターや稽古の映像もありますね。

今回のコロナで象徴的だったことの1つに、演劇界が一体となったことが挙げられると思います。演劇にも様々なジャンルがあり、「劇団四季」や「2.5次元ミュージカル」も含まれますが、規模の大きさやその特性から、演劇全体の中でも距離感がありました。ですがこの緊急事態になり、演劇界が連帯しました。初めて横断的なネットワークができ、特に劇団四季の社長が代表世話人の1人として政府との折衝にあたったり、日本2.5次元ミュージカル協会もそのネットワークに賛同団体として参加するなど、新しい動きが生まれました。
劇団四季や2.5次元ミュージカルは観客数もとても多い演劇ですので演劇界全体の裾野が広がったと思います。また横の繋がりも強固なものとなったので、コロナ禍において良い変化だと感じました。

―先日劇団四季の公演を観に行きましたが、通常より観客が少ない中でも劇団の方々が本当に一生懸命演じていました。早く多くの人が安心して観劇できる日が来てほしいです。

不要不急だと言われたり、実際劇場に行くのが怖いという意見が大多数の中で、それでも客席に足を運ぶ方々の想いの強さが、このコロナ禍で表れたと思っています。観客も演劇を成立させるために、自分が何かを壊すようなことをしてはいけない、という意識を持っていて、劇場内の感染対策のルールも徹底して実行されるようです。客席から声を掛けることも喝采を浴びせることもできませんが、一生懸命拍手をするなどして想いを伝えていました。一方で「静かな一体感」もあり、観客自身も自分たちが感染源になってはいけないし、自分たちも舞台を守っていくという意識が高まってきていました。とても良い動きだと思います。

3.「制約」を新たな表現として

―コロナで制約が多い中でも演劇界全体が一体となり、また観客も気持ちを同じくして、文化や芸術がなくなってしまわないように、乗り越えようとしたのですね。具体的にどんな例がありますか?

舞台装置やマスクなど、コロナ禍での「制約」を新たな表現として見せた例もあります。これは新国立劇場で開催された舞台『願いがかなうぐつぐつカクテル』(2020)の衣裳ですが、口元をマスクで覆っているのは分かりますか?

新国立劇場『願いがかなうぐつぐつカクテル』で着用された衣裳(衣裳:大島広子)

―一見「マスク」を感じさせない衣裳になっていますね。それぞれの役者の衣裳に自然と溶け込んでいますね。

「制約」がある中でそれをどう乗り越えて、表現としていくのかを、機能性を考慮しつつデザインで工夫しています。役者だけでなく、舞台を取り巻く人たち全員の想像力で「制約」を乗り越えていく、それが顕著に見られました。

ソーシャルディスタンスを取り入れた舞台の模型も展示されている
PARCO劇場『大地』オリジナルプラン(右)、『大地(Social Distance Version)』(左)(舞台美術:堀尾幸男)

―ほかにもコロナ禍の中で生まれた印象的な演劇はありますか?

小さな劇団がアナログな方法で演劇的体験を提供していました。例えば、ハガキが郵送で届くという演劇作品です。劇場があって、舞台があって、そこで演劇的体験をするだけではなく、いろんな形で劇団と観客が出会うことができるのだと考えさせられます。

―演劇は「非日常」を体験する感覚がありますが、このように日常の中で演劇的体験ができるのは面白いですね。

ある意味、演劇は日常の中にも持ち込めるもので、そういうところにこそ演劇があるのだと感じさせてくれます。

「紙カンパニーproject」の例も面白いです。演劇は形のないもの、つまりなくなっていくものですが、公演の写真やチラシなど形として残る要素をたくさん作り、実際には存在しなかった演劇を、まるで「あった」かのように見せています。今、演劇界ではコロナの影響で「本当は存在する」はずだったけれど「失われてしまった」という現実があります。この「紙カンパニーproject」の活動と背中合わせのようで、演劇が存在することとはどういうことなのか、考えさせられます。

4.感染症×演劇 過去から未来へつなぐために

―過去に日本で感染症が流行したとき、演劇界に影響はありましたか?

100年程前にスペイン風邪という感染症が流行したとき、劇場は基本的に開いていました。特に、スペイン風邪が流行りだした1918年、島村抱月が亡くなりましたが、彼の劇団も公演の初日が1日遅れたくらいでした。抱月は劇団内の集団感染で感染しましたが、演劇を制限することはあまりなく、他にも宝塚少女歌劇で集団感染が起こったり、演劇界でも多数の感染者が出ました。

当時の医療もある程度発展していたので「飛沫に気をつける」ことなどは言われていたり、基礎疾患がある人が重症化しやすいことも世間的に言われていました。ですが、スペイン風邪に感染した歌舞伎役者が、高熱のなか舞台に出ることがかえって「役者の鑑だ」と讃えられることもありました。

―人々の意識も、今と似ているところあれば異なるところもあったのですね。

根本的に人間は変わらないですから、過去を振り返りながら考えていかないと、同じ事が繰り返されてしまうかもしれない。そういった意味でも記録することの重要性を感じます。

―最後にこの企画展を通して。

100年後や200年後に、仮にまたこのような事態が起きたとき、2020年はどのように対峙したのか、過去を知ろうとしても記録がないと分かりません。そのため、今こうして記録を残していくことは未来にも繋がると思っています。こういった事態の中で演劇界のことを記録し整理することで、言葉や資料として残すことが出来ました。アジアで唯一の演劇の総合博物館としての使命を、多少は果たすことが出来たのではないかと思っています。

取材にご協力いただきました後藤助教はじめ演劇博物館関係者の皆さま、誠にありがとうございました。

取材・文 早稲田大学文化推進学生アドバイザー(文学部文学科3年)本間遥

文化推進学生アドバイザー

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