自然と心が開かれていくような空間づくりを
4号館リノベーションの竣工が近づいてきたある日、残工事を急ピッチで進める丹青社の作業現場を訪ねた。丹青社は、ビジネス・イベント・パブリック・文化などさまざまなシーンでの空間づくりのプロフェッショナルとして、関係者のあいだではビッグネームだ。渋谷スクランブルスクエアのショップ&レストラン、豊島区立トキワ荘マンガミュージアムなどに加え、クリニックやホテルでの仕事もあって、私たちもこれまでに空間を共有する体験があったことだろう。
館内に歩みを進めると、木材の温かみや遊び心にあふれた壁面展示がまず飛び込んでくる「国際文学館」。通称「村上春樹ライブラリー」の読書スペースなどを担当した奈良渉太郎さんに話しかける。このプロジェクトの立役者の一人で、現場ではつねに職人へのリスペクトと配慮を忘れない姿勢の持ち主。何より、どんなときも笑顔を絶やさないことが印象的な青年である。
奈良さんは「なんとか間に合いました。よい空間ができあがったと自負しています。主張がないのがいい」と説明する。主張がない? それはどういうこと?
「ここの館のコンセプトは『物語を拓こう、心を語ろう』ですよね。主役はあくまでも来館者の皆さんです。僕らは、主役の気持ちが落ち着いて柔らかなものとなり、自然と心が開かれていくような空間づくりを心掛けたのみ。それを感じていただけるなら大成功です。」
その言葉どおり、読書スペースの中央に配置された大きなテーブルは、偶然に隣り合わせた人同士のゆるやかなつながりを生むだろうし、物語について語り合うシーンも大いに想像できる。日常から非日常へと誘う、さながら「読者たちの乗合バス」になることだって夢ではない気がしてくる。
奈良さんは「一方で、読書に集中できる場づくりにも挑戦しました。チーム一丸となって製作したコクーンチェアも楽しんでほしい」と続けるが、本の世界観に没頭したい人への配慮も、当然怠っていない。心を開いたり物語に集中したり。その両面が共存しているおもしろさが読書スペースにはあった。
今だから話せる苦労した点は何かと問いかけると「うーん、なかなか思いつかないなぁ」と。ようやく口を開いて出てきた言葉は「僕って過去の苦労はあまり気にしないんですよね。仕事をするにあたって、皆さんの要望や意図をどう具現化し、どう提案するかをモットーにしています。職務としてはもちろんですが、何より楽しいからやっています。ご縁があってこのプロジェクトチームに参加しおよそ一年。ハプニングもあったし、やり直しもあった。こんなはずではなかったと思う日がなかったと言えば嘘になります。しかし、最終的に足を何度も運びたくなるような空間をつくりあげられたとすれば、これ以上の喜びはありません。」
この日も、奈良さんの笑顔は、最初から最後まで爽やかだった。