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国際シンポジウム「村上春樹と国際文学」を開催しました―国際文学館(村上春樹ライブラリー)

■国際シンポジウム「村上春樹と国際文学」概要

 

日 時:2019年11月28日(木曜日) 18時15分〜20時40分
場 所:早稲田大学国際会議場 井深大記念ホール
主 催:早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)
共 催:スーパーグローバル大学創成支援事業 国際日本学拠点
協 力:株式会社ホリプロ、株式会社新潮社

 

構 成:
1. 開会の辞(18時15分〜18時20分)
早稲田大学国際文学館長・文学学術院教授 十重田裕一

2. 第一部 演劇パート(18時20分〜18時50分)
舞台演出:井上尊晶
舞台出演:木場勝己(ナカタ役)
マメ山田(カワムラ役)
塚本幸男(オオツカ役)
土井ケイト(ミミ役)

アフタートーク
木場勝己(ナカタ役)、聞き手:新潮社 寺島哲也

3. 第二部 パネルディスカッション「村上春樹と『翻訳』」(19時20分〜20時35分)
司会:東京大学名誉教授・翻訳家 柴田元幸
パネリスト:
作家 川上未映子
UCLA教授・早稲田大学文学学術院准教授 マイケル・エメリック
早稲田大学国際学術院准教授 辛島デイヴィッド

4. 閉会の辞(20時35分〜20時40分)
早稲田大学文化推進担当理事・文学学術院教授 渡邉義浩

司会:早稲田大学国際文学館副館長・国際学術院教授 榊原理智

 

蜷川幸雄演出の舞台「海辺のカフカ」は2012年の初演から7年間にわたり、日本のみならず、ロンドン、シンガポール、ソウル、ニューヨーク、今年2月のパリ公演まで世界中で鑑賞された。今回、長年にわたって蜷川氏の演出補を務めていた井上尊晶氏が2019年東京公演時の映像も交えつつ演出したナカタサトルが猫たちと会話するシーンは、約30分と短い時間ながら俳優陣の熱演と相まって村上作品の持つ寓話的な要素を存分に表現し、カーテンコールでは満場の拍手が送られた。

これを受けてアフタートークでは、村上春樹氏の30年来の担当編集者であり、この舞台を各国で観てきた新潮社の寺島哲也氏が聞き手となり、ナカタ役の木場勝己氏が村上作品の舞台化で俳優として感じたこと、舞台「海辺のカフカ」の各国における反応などを語った。木場氏からは今回の「海辺のカフカ」の猫や「かえるくん、東京を救う」の蛙など、村上文学の世界で人間以外の役を演じたことで実感した舞台における想像力の問題が提起された。また、各国での上演に関してはそれぞれの言語の文法に起因した笑いの違いなどについて言及されたが、寺島氏は日本語と各国語のなかで繰り返し翻訳、アダプテーションされるなかで少しずつ言葉のニュアンスが移ろいでゆくことを指摘し、後半のディスカッションへと架橋する話題を提供した。このように第一部では演劇の実践を踏まえる形で複数の言語間、メディア間における「翻訳」の問題が具体的に示される形となった。

次いで第二部では翻訳を通じて村上春樹氏と親交が深い柴田元幸氏を司会に、活発に議論が行われた。まず川上未映子氏が村上春樹氏に続く世代の実作者としての立場から、その影響力の大きさにも関わらず、真似することが出来ない村上文学のユニークさを小説の技術の側面から語った。川上氏は「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」、「ノルウェイの森」、「羊をめぐる冒険」、「ねじまき鳥クロニクル」などから文例を示しつつ、近年の村上文学の達成を、描写の技術と情報をまとめる技術の双方が高度に絡み合ってバランスを保っている点に求めた。『みみずくは黄昏に飛びたつ』で村上氏にインタビューを行った経験もある川上氏の説明によって村上文学のテクスト上の特性が可視化されることとなった。

川上氏が小説の内容面に焦点を当てたのに対して辛島デイヴィッド氏は外国での村上文学の翻訳のありようについてどのような形で流通してきたのかという問いから出発し、文学のフォーマットについての議論を展開した。辛島氏は村上文学が英語圏の小説流通形態にフィットする形で翻訳されていったことを説明し、そのような村上作品の翻訳における成功が後続の作家たちのモデルとなり得ているとした。その一方で、英語圏自体のフォーマットに対する意識も変わりつつあり、日本では一般的だが英語圏ではマイナーだった中編が受け入れられる土壌が形成されてきていることを付け加えた。世界中に読者を抱える村上文学を読者層の厚い英語圏での受容という観点から分析した。

最後にマイケル・エメリック氏は英語圏の日本語文学研究者としての体験を踏まえながら、エドワード・ファウラー氏のエッセイを参照してHARUKI MURAKAMI /村上春樹の位置付けがかつての川端康成や谷崎潤一郎に抱かれていたようなアメリカにとってのエキゾチックな日本イメージとは全く異なることを述べた。エメリック氏は『象の消滅』の英訳が1993年にクノップフ社から刊行されたことが分水嶺だったのではないかとし、今年亡くなった加藤典洋氏のように戦後日本という文脈のなかで村上春樹を考えるという立場に敬意を払いながら、一方でそうした地域研究の文脈から離れて受容されることによって世界文学としても読まれる存在としてのHARUKI MURAKAMI /村上春樹を検討していく視点の重要性を強調した。そのようなエメリック氏の指摘によって改めて村上文学の持つ国際的な価値が提示された。

三人の報告の後には柴田氏の質問に端を発して日本語のテクストがほかの言語に翻訳される際に起こる編集の問題などが論じられた。客席からの質問としては、村上氏の作品が世界で読まれるにはコミットメントの要素が重要なのではないかと問われたが、エメリック氏は各国の言語で翻訳されるなかで何が重要なものになるのかはそれぞれ異なり、その分からなさ自体が村上文学の可能性ではないかと返答した。対する川上氏は共感の問題からコミットメントの重要性もあり得るとした。また、村上春樹の文学は世界文学なのかどうかという質問に対してエメリック氏は最後にどのような定義をしたとしても村上文学は世界文学であろうと結論した。限られた時間のなかで、多く質問の手が挙がり、村上文学に対する関心の高さを示す結果となった。

以上のように、国際シンポジウム「村上春樹と国際文学」は「村上春樹」という一人の作家について、氏の文学的な営みを多角的に検討するのみならず、現在の国際的な文学環境をめぐるさまざまな課題にまで及ぶ議論の機会となった。

 

※英語版はこちら

 

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