ガンマ線撮像用コンプトンカメラの高性能化に成功 放射性物質除染のさらなる効率化、環境調査、医療、理学応用へ期待

早稲田大学理工学術院の片岡淳教授・岸本彩氏(D1)・西山徹氏(M2)らは、浜松ホトニクス株式会社との共同研究により、ガンマ線撮像用コンプトンカメラの大幅な性能向上に成功しました。「目に見えないガンマ線を迅速かつ正確に可視化する」技術は物理・医療・環境計測あらゆる分野で切望されています。とくに、福島第一原発事故において飛散した放射性物質の除染は未だ大きな課題であり、早急な対応が待たれます。今回開発されたカメラは、2013年9月に浜松ホトニクス社から発表された携帯型・高感度ガンマ線カメラをもとに、早稲田大学で新規に開発した「ガンマ線の3次元高精度位置測定」技術を盛り込み、サイズ・重量をほぼ同じに保ったまま解像度を今までの約2倍、感度を約70% 改善したものです。本開発はJST先端計測分析技術・機器開発プログラム(放射線計測領域・革新技術タイプ)の一環として実施しました。

解説をする片岡淳教授
解説をする片岡淳教授

開発の背景

図1:今回開発した新カメラ(左)と現カメラ(右)
図1:今回開発した新カメラ(左)と現カメラ(右)

2011年の東日本大震災後の福島第一原発事故に伴い、大量の放射線核種(おもに137Cs, 134Csなどのガンマ線放出核種)が環境中に放出され、福島県下において除染は未だ大きな課題となっています。効率の良い除染のためには、目に見えないガンマ線を可視化する必要があり、国内・国外各社から様々な「ガンマ線カメラ」が試作または製品化されています。一方で、これらの多くは (1) 装置が重く、携行に不便 (2) 感度が低く、撮影に時間がかかる、(3) 非常に高額で広い普及が難しい、など多くの問題を抱えています。浜松ホトニクス社と早稲田大学は、2013年9月に重量わずか1.9キログラムと従来品の約4分の1にまで軽量化し、大幅な低価格化と高感度化を同時に実現した革新的ガンマカメラを開発しました(図1)。このカメラ(以降:現カメラ)は浜松ホトニクス社が独自に開発した高感度半導体光素子MPPCと高性能シンチレータを組みあわせ、コンプトン散乱を利用してガンマ線の到来方向を可視化します(コンプトンカメラ)。重厚なシールドが不要で、小型・軽量にもかかわらず居住制限区域に相当する~5μSv/h のバックグラウンド線量下で、放射線物質の集積(ホットスポット)を数分程度で撮影できることを実証しました。

一方で、現カメラは開発から一年という短期での装置化と、高感度を優先したため、カメラのピントに相当する「解像度」の面では譲歩せざるを得ませんでした。現カメラの解像度は約14°(全半幅値; 137Csの全吸収662keV)であり、たとえば5メートル先に、1メートル離れて局在するホットスポットの分離は難しくなります。今回、解像度を8°にまで大幅改善し、かつ感度を約70%向上した高感度・高解像度カメラ(以降:新カメラ)の開発に成功しました。形状や重量は現カメラとほぼ同じです。5メートル先にあるホットスポットは70cmまで分離可能となりました。

開発のポイント

コンプトンカメラでは、まず入射ガンマ線が散乱体検出器でコンプトン散乱を起こし、そこで散乱したガンマ線を吸収体検出器で捉えることで入射ガンマ線の到来方向とエネルギーを同時に計測します。ガンマ線に対する感度を上げるためには、なるべく分厚いシンチレータを用い、かつ散乱体と吸収体を近接して配置することが有利です。一方で、通常のコンプトンカメラはガンマ線の散乱・吸収位置情報を2次元平面のみで計測するため、シンチレータの厚み方向の反応位置は分かりません。そのため、ガンマ線の到来方向に不定性が生じ、結果としてカメラとしての解像度が悪くなります。現カメラでは2次元情報のみを用いるため、解像度として14°が限界でした。

図2: 現カメラで採用した従来型のシンチレータ(2次元方式;上)と、新カメラで採用した3次元方式の原理図。新カメラでは、ガンマ線の散乱・吸収位置が3次元的に高精度識別可能
図2: 現カメラで採用した従来型のシンチレータ(2次元方式;上)と、新カメラで採用した3次元方式の原理図。新カメラでは、ガンマ線の散乱・吸収位置が3次元的に高精度識別可能
図3:同一条件において、現カメラ(左)と新カメラ(右)で取得したガンマ線画像。10°離して置いた2つの放射線源が、新カメラでは明確に分離できる
図3:同一条件において、現カメラ(左)と新カメラ(右)で取得したガンマ線画像。10°離して置いた2つの放射線源が、新カメラでは明確に分離できる
図4: 137Cs点線源に対する画像の広がり。青:現カメラで撮影(=解像度14°)、赤:新カメラ で撮影(=解像度8°)
図4: 137Cs点線源に対する画像の広がり。青:現カメラで撮影(=解像度14°)、赤:新カメラ で撮影(=解像度8°)

今回開発したカメラは、早稲田大学が新規に開発した「3次元シンチレータ方式」を採用し、ガンマ線の散乱・吸収位置を3次元的に高精度で計測します(図2)。シンチレータの奥行き(厚さ)方向についても散乱体で4mm、吸収体で2mm の精度で識別し、より分厚いシンチレータを採用しても解像度が劣化しません。図3は実験室実験による評価で、10°離れた2つの線源が、新カメラでは十分に識別できていることが分かります。また、図4に点線源で同じ時間だけ撮影した画像の広がりを示します。ピークの高さ(ガンマ線の検出感度に相当)、画像の広がり(解像度が良いと、ピークが細く、半値幅が小さくなる)ともに、性能が格段に向上しています。現カメラに比べ、解像度は約2倍、感度は約70%向上しました。これにより、従来よりも 短時間での計測、また放射線核種の複雑な集積状況がクリアに分離できると期待されます。

福島・浪江町(里山付近)でのフィールドテスト

図5: 新カメラで撮影した、福島・浪江町における放射線核種のスポット状集積の例。撮影時間は3分
図5: 新カメラで撮影した、福島・浪江町における放射線核種のスポット状集積の例。撮影時間は3分

本学では森林除染を目的とし、大河内 博 教授(創造理工学部)が定期的に、福島県浪江町で放射性物質の動態調査を行っています。今回は大河内研究室の全面的なご協力のもと、浪江町・里山付近で新カメラの評価実験を行いました。図3の実験室測定、あるいは放射性核種の集積が局在しやすい市街地に比べ、カメラの前後左右、上方までもが森林で覆われた里山は、撮影対象として非常に困難かつ過酷な環境であることを予めご理解ください。いずれも測定時間は約3分です。

図5の写真は、林道沿いを撮影したもので、カメラ位置でのバックグラウンド線量は約5μSv/h, 赤く見える集積部分は直下で測定して 約10μSv/h程度の線量です。砂利の林道と森林の境付近に、放射性物質がスポット状に集積していることが分かります。

 

図6: 浪江町の里山 (上) 森林を眺望 (中) 広葉樹の樹冠 (下) 針葉樹の樹冠
図6: 浪江町の里山 (上) 森林を眺望 (中) 広葉樹の樹冠 (下) 針葉樹の樹冠

図6(上)の写真は、森林の中に入り、全体を眺望した写真です。森林土壌全体に、広くほぼ一様に放射性核種が集積している状況が分かります。線量はカメラ位置で 7μSv/h、若干濃く、赤く写っている箇所で9μSv/h程度となります。立ち木からも、薄く弱いガンマ線が到来していることがわかります。

図6(中、下)は森林内部から上方を見上げ、それぞれ広葉樹・針葉樹(スギ)の樹冠を撮影したものです。どちらも空が開けたところには放射がなく,樹冠からガンマ線が放射されていることがわかります。落葉広葉樹は背も低く、全体にのっぺりした感じで写り,スギは樹冠表面に放射性物質がまばらに付着しているように見えます。このような、森林の内部から樹冠の汚染状況を撮影するのは初めての試みであり、また新カメラの解像度、感度があっての成果です。今後は環境動態調査の立場からも新しい知見が得られると期待できます。

最後に、図7は新カメラで得られた森林内部のスペクトルです。新カメラではエネルギー分解能も向上し、137Cs (662keV), 134Cs (604keV, 796keV) 由来の3本のガンマ線が、以前より明確に識別できます。今回示したすべてのイメージは、赤色の662keVガンマ線のみで描画しましたが、今後はよりエネルギーの低い散乱ガンマ線を用いて、土壌の奥深くにおける汚染状況も明らかにしたいと考えています。

今後への期待

「目に見えないガンマ線を迅速かつ正確に可視化する」技術は、除染目的、環境計測のみならず、物理や医療、天文学に至るまであらゆる分野で強く切望されています。たとえば、放射性医薬品を投与された人体から放出されるガンマ線を可視化する技術にSPECT (single photon emission CT) がありますが、現状のSPECTはガンマ線の到来方向を絞るためにコリメータの使用が必須であり、感度が大幅に損なわれます。また検出器側の仕様から140keV程度の低いエネルギーのガンマ線のみが用いられますが、本開発のカメラは原理的にコリメータが必要でなく、1,000keV といった高いエネルギーのガンマ線にも高い感度をもちます。全く未知の薬剤を利用した核医学イメージングの突破口を開く可能性もあります。また、重粒子線治療では、重粒子線が正しく腫瘍に照射されていることを確認するためガンマ線の可視化装置が用いられますが、現状ではビームを照射中にリアルタイムでガンマ線を計測することができず、また511keVの限られたガンマ線のみを用いた陽電子断層撮影(PET)が行われています。今回開発したコンプトンカメラは、携帯が容易で配置がフレキシブルなため、ビーム照射中にもリアルタイムでモニターが可能になると見込まれます。今後は関連施設での実験を含め、装置の新しい可能性を追求していきます。最後に、天文学において500keVから10,000keVのガンマ線領域は観測が最も難しく、宇宙物理に残された最後の「窓」として高感度の観測が期待されます。今回開発したカメラを人工衛星に搭載し、高感度で宇宙をサーベイ観測することも、今後の視野として期待できます。

図7: 福島浪江町のフィールド試験で得られた、ガンマ線スペクトルの一例。662keVは137Cs, 605keVと796keVは134Cs によるもので、今回は137Cs (赤色)のみで全ての画像を抽出した
図7: 福島浪江町のフィールド試験で得られた、ガンマ線スペクトルの一例。662keVは137Cs, 605keVと796keVは134Cs によるもので、今回は137Cs (赤色)のみで全ての画像を抽出した

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早稲田大学理工学術院総合研究所片岡研究室

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