昼夜での体内時計の状態変化がその時刻調節に影響する 体内時計の時刻調節メカニズムに対する新しい発見

早稲田大学理工学術院の岩崎秀雄教授(先進理工学部 電気・情報生命工学科)らは、光合成をおこなう細菌(バクテリア)、シアノバクテリアを用いて体内時計(注1)の時刻調節(位相応答)の仕組みを調べ、その結果、時計遺伝子(注2)がコードする時計蛋白質同士が相互作用しあって基本的な振動を生み出すメカニズム(生化学振動子)と、時計蛋白質の量の周期的な変化をもたらす転写・翻訳フィードバック・ループ(注3)のカップリングが、概日時計の時刻合わせに大きな影響を与えていることが、あらゆる生物に先駆けて初めて明らかになりました。

概日時計は、日周変動に合わせて体内の状態を周期的に調節するために、外界の環境サイクルによって適切に時刻合わせをする機能を備えています。そのメカニズムを理解するためには、外界の明暗などの情報が、どのように概日時計の発振機構に影響を及ぼし、時刻の変化(位相応答)がもたらされるのかを解析する必要がありますが、まだ不明な点が多くあります。

シアノバクテリアを明るい環境から暗い環境に移すと、その時刻によっては概日時計の基本振動(時計蛋白質のリン酸化振動に代表される)が低振幅化し、その後再び明るい環境に戻すと、時計の時刻調整効果が増加しました。いっぽう、明条件から暗条件に移すタイミングを変えると、暗期中の時計は低振幅化せず、その場合は時刻調整の度合いが少ないことが分かりました。この違いは、明期中では転写・翻訳フィードバック・ループによって時計蛋白質の量が増減を繰り返しているのに対し、暗期に移すとその増減が止まるため、暗期に移した時刻に応じて暗期中の時計蛋白質の量が一定になり、その量と時計の状態に応じて光を再びつけた際の応答性が変化することでもたらされることが強く示唆されました。従来、シアノバクテリア以外の多くの生物では、概日時計は転写・翻訳フィードバック・ループによってのみ説明されてきましたが、近年の研究では、多くの生物で生化学的な振動子の可能性が検討されるようになっており、今回得られた知見は、将来的により多くの生物の概日時計の解析の参考になることが予想されます。

本研究成果は、2013年8月12日、米国総合科学誌「Proceedings of National Academy of Sciences, USA(米国科学アカデミー紀要)」のオンライン速報版に公開されました。

研究成果詳細

研究の背景と経緯

多くの生物が持つ体内時計(概日時計)の仕組みやそれが調節する生理機能は、世界中で活発に研究されています。従来、体内時計が24時間周期の時刻情報を生み出すには、体内時計を構成する時計遺伝子(注2)の発現リズムと時計蛋白質のリズミックな変化が重要であると考えられてきました(転写・翻訳フィードバック・ループ)

これに対して、2005年に岩崎教授らは、概日リズムが観察される最も単純な生物種である単細胞性シアノバクテリアのシネココッカスを用い、転写・翻訳フィードバック・モデルを反証しています。シネココッカスは、生育に光合成が必須のため、連続明条件下では活発に増殖し、時計遺伝子(kaiABC)を含む多くの遺伝子の転写・翻訳は概日リズムを呈します。しかし、暗条件下では代謝活性が極端に落ち、時計遺伝子群の転写が直ちに停止してmRNAも数時間以内に消失し、時計蛋白質の翻訳も停止します。それにも関わらず、すでに細胞内に存在するKaiC蛋白質は安定化し、KaiC蛋白質のリン酸化リズムが24時間周期で安定に継続することを明らかにしていたのです。さらに、KaiA、 KaiB、 KaiC蛋白質を特定の濃度比でATPと混合するだけで、24時間周期のKaiCのリン酸化リズムが試験管内で再構成できることから、シアノバクテリアの概日振動の発生は、基本的に翻訳後修飾のレベルで生じることが証明されました。このことから、時計遺伝子の転写・翻訳フィードバック・モデルの見直しが必要となってきました。

研究の内容

今回の論文で、岩崎教授,細川徳宗博士らの研究チームは転写・翻訳フィードバック・ループを介した時計蛋白質の量的な増減が、KaiCリン酸化リズムに代表される翻訳後修飾レベルの生化学的振動子と密接に関連しながら概日時計の光同調に大きな影響を及ぼすことを初めて明らかにしました。

前述の通り、転写・翻訳フィードバックは、明条件下で時計蛋白質KaiCの蓄積量を周期的に増減させます。これにより、KaiCリン酸化リズムの振幅(振れ幅の大きさ)に重要な影響を与えるKaiC:KaiA蓄積比も周期的に変動することになります。

そこで、細胞が暗条件下に移されると、時計遺伝子の発現(転写・翻訳)は直ちに停止し、時計蛋白質は安定化し、暗期に移された時の量が維持されます。たとえば、光に12時間あてたのち暗期に移すと、KaiC蓄積量が高いまま維持されることになりました。既に私たちが以前示したように、この状態でもKaiCのリン酸化リズムは元気に発振し続けます。ところが、光を24時間あてたのちに暗期に移したところ、KaiC蓄積量は低いままの状態になりました(図1)。そのまま暗期を続けると、KaiCのリン酸化リズムの振幅は大きく低下しました。これは、KaiCとKaiAの量比が二つの条件で大きく異なっているからです(図2)

図1. 暗期中の時計蛋白質KaiCのリン酸化振動の強さ(振幅)は,光条件から暗条件下に移す時刻によって変化する。明期12時間後から暗期に移した場合,暗期中(赤)でのリン酸化振動は明期と変わらず高い振幅を示すが,明期24時間後から暗期に移すと,暗期中のリン酸化振動は低振幅化・短周期化する。

図1. 暗期中の時計蛋白質KaiCのリン酸化振動の強さ(振幅)は,光条件から暗条件下に移す時刻によって変化する。明期12時間後から暗期に移した場合,暗期中(赤)でのリン酸化振動は明期と変わらず高い振幅を示すが,明期24時間後から暗期に移すと,暗期中のリン酸化振動は低振幅化・短周期化する。

図2. 連続明条件下で,KaiCの量は大きく変動する。KaiA蛋白質の量はほぼ一定なので,KaiC/KaiA蓄積量比は図のように変化することになる。

図2. 連続明条件下で,KaiCの量は大きく変動する。KaiA蛋白質の量はほぼ一定なので,KaiC/KaiA蓄積量比は図のように変化することになる。

 

次に、暗条件に移したのち、さまざまな時間帯で細胞を明期に戻してみました。すると、予め明期12時間目から暗期に移した場合、時計の時刻(位相)は明期に移してもほとんど変化しませんでした。しかし、あらかじめ光に24時間あててから暗期に移した場合、時計の時刻は再び明期に戻す時間でリセットされ、大きく時刻が変化しました(図3)

図3.明期12時間後,18時間後,24時間後,30時間後からさまざまな長さの暗期(黒三角で示されている領域)を与えたのち,ふたたび連続明に移してから,時計遺伝子kaiBCの発現リズムを生物発光レポーターを用いて測定した。その発現のピークをプロットしている。明期12時間後から暗期に移した場合,どのような長さの暗期を与えても光回復後の概日時計の位相(時刻)に大きな変化はない。しかし,暗期24時間後ないし30時間後から暗期に移した場合,光に回復したタイミングで強く時刻が再調整(同調)されていることがわかる。

図3.明期12時間後,18時間後,24時間後,30時間後からさまざまな長さの暗期(黒三角で示されている領域)を与えたのち,ふたたび連続明に移してから,時計遺伝子kaiBCの発現リズムを生物発光レポーターを用いて測定した。その発現のピークをプロットしている。明期12時間後から暗期に移した場合,どのような長さの暗期を与えても光回復後の概日時計の位相(時刻)に大きな変化はない。しかし,暗期24時間後ないし30時間後から暗期に移した場合,光に回復したタイミングで強く時刻が再調整(同調)されていることがわかる。

 KaiCを中核とする生化学的な時計(振動子)の振幅は、転写翻訳フィードバック・ループを介した制御により連続明条件下で変動しており、暗期に移す時刻に応じて、暗期中の時計の振幅は変化しています。もし暗期中の振幅が十分高ければ、その後再び光を照射した際の位相の変化はあまり起こりませんが、暗期中の時計の振幅が小さければ、光を再照射した際に大きく位相が変化する、と解釈できます(図4)。実際に、KaiAの発現量比を徐々に人工的に高めていくと、リン酸化振動の振幅が低下していきますが、その場合は明期12時間後から暗期に移した場合でもそのあとで光条件下に戻した際に、大きな時刻変化が観察されました。
図4.KaiCを中核とする生化学的な時計(リン酸化振動)の振幅は、転写翻訳フィードバック・ループを介した制御により連続明条件下で変動している。もし暗期中の振幅が十分高ければ、その後再び光を照射した際の位相の変化はあまり起こらないが、暗期中の時計の振幅が小さければ、光を再照射した際に大きく位相が変化する。

図4.KaiCを中核とする生化学的な時計(リン酸化振動)の振幅は、転写翻訳フィードバック・ループを介した制御により連続明条件下で変動している。もし暗期中の振幅が十分高ければ、その後再び光を照射した際の位相の変化はあまり起こらないが、暗期中の時計の振幅が小さければ、光を再照射した際に大きく位相が変化する。

これらの結果から、シアノバクテリアの時計の光同調には、翻訳後修飾レベルで生じる生化学的なKaiCリン酸化反応のリズムだけでなく、その振動状態を周期的に変化させる転写・翻訳フィードバック・ループの双方が密接に関連していることが初めて示されました。これらの成果は、日周期的な環境に対する、生物の巧妙な適応戦略を理解するうえで基礎的な重要な知見を与え、今後の生物時計研究に新たな方向性を示すものと考えられます。

今後の展開

ほとんどの高等動植物の体内時計では、転写・翻訳フィードバック・ループが重要な役割を果たしていると考えられています。しかし、最近になって高等動植物においても、転写・翻訳を停めても一部の概日時計が持続することが複数報告されるようになってきました。シアノバクテリアのケースと異なり、その分子的な実体はまだ明らかになっていませんが、今回明らかになった「転写翻訳フィードバックと翻訳後修飾レベルの概日リズムが密接に絡み合って時計の時刻合わせをするメカニズム」は、より高等な生物においても存在する可能性が十分に考えられます。今後は、シアノバクテリアを用いてより詳細な同調機構の研究を展開するとともに、より高等な生物における共通の同調機構が解明されることが期待されます。

用語解説
  • 注1. 概日時計:殆どの真核生物とシアノバクテリアで観察されている、約24時間周期の生物リズム(概日リズム)を駆動するメカニズム。概日リズムは、温度や光条件を一定に保った状態でも約24時間の周期性を維持している。地球の自転に伴う環境変化に適応するために、進化の過程で生物が獲得してきた機能と考えられている。
  • 注2. 時計遺伝子:概日リズムを生み出すために必須の遺伝子のことで、時計の部品と考えられる遺伝子。シアノバクテリアでは、kaiA、 kaiB、 kaiCと名付けた隣接する三種類の遺伝子が該当する。これらを遺伝子破壊すると周期性が消失する。
  • 注3. 転写・翻訳フィードバック・モデル:時計遺伝子と呼ばれる特定の遺伝子の転写を、自身がコードする時計蛋白質が自己抑制するネガティブ・フィードバック制御を行うことで、まず時計遺伝子の転写・翻訳リズムが引き起こされ、概日リズムの最も基本的な振動が発生するというモデル。このモデルでは、時計蛋白質の量的なリズムに伴って、何らかのメカニズムにより下流の遺伝子発現(転写・翻訳)がリズミックに制御されることが提案されている。

論文名および著者名

“Attenuation of the posttranslational oscillator via transcription–translation feedback enhances circadian phase shifts in Synechococcus” (転写・翻訳フィードバックによる翻訳後振動子の減衰は、シネココッカスにおいて概日時計の位相変化を増大させる)

著者:細川徳宗,櫛笥博子,岩崎秀雄 (早稲田大学理工学術院・先進理工学部 電気・情報生命工学科)

研究に関する問い合わせ

岩崎秀雄教授 (先進理工学部 電気・情報生命工学科)

〒162-8480 東京都新宿区若松町2-2 早稲田大学先端生命医科学研究施設 1F

Tel/Fax: 03-5369-7317

E-mail: [email protected]

リンク

Attenuation of the posttranslational oscillator via transcription–translation feedback enhances circadian-phase shifts in Synechococcus

岩崎秀雄 研究室 早稲田大学理工学部

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