
図3.長尺膜エレメント(1m)
早稲田大学理工学術院・松方正彦教授とNEDOとJX日鉱日石エネルギー株式会社、日立造船株式会社、三菱化学株式会社等は、石油化学工場の蒸留工程における大幅な省エネルギー化を実現するため、工業利用可能な無機分離膜の開発に成功しました。
現在、分離・精製プロセスでは大量の熱エネルギーを必要とする蒸留工程が主流ですが、今回開発した無機分離膜を一部に組み込むことにより、50%以上の省エネルギー化が期待できます。
2013年2月から、JX日鉱日石エネルギー株式会社川崎製造所に試験装置を設置し、世界初となる石油化学工場における無機分離膜の性能評価試験(実環境下試験)を行い、連続運転200時間超を達成しました。
1.背景
我が国において、化学産業は産業部門において、もっともエネルギーを消費する産業です。なかでも分離・精製を目的とする蒸留工程では、化学産業のうち約40%もの大量のエネルギーが消費されています。更なる大規模な省エネルギー化を達成するためには、工程自体の転換が必要です。
そのため、膜による分離・精製を可能とする「無機膜分離技術」は、蒸留工程で消費されるエネルギーを大幅に削減する革新的な技術として期待されています。
2.今回の成果
(1)耐水性に優れた無機分離膜の開発および長尺化(1m)に成功
今回、水とイソプロピルアルコール(IPA)の混合物から水を取り除く方法(脱水)を対象に無機分離膜の開発を行いました。IPAは、工業原料のほか医療機関での消毒や燃料用の水抜きに使用される有機溶剤です。
従来の代表的な無機分離膜(A型ゼオライト膜 ※1)は耐水性が低く、実用化の範囲が限られていましたが、今回のNEDOプロジェクト※2ではナノレベルでの結晶組成の最適化や結晶の成形技術の開発などに取り組み、水分濃度20%超の混合物からの水の分離が可能となりました(図2)。

図2.耐水性試験前後の無機分離膜 電子顕微鏡画像

図3.長尺膜エレメント(1m)
また管状の多孔質セラミック支持体に無機分離膜を施した膜エレメントの開発では、製膜段階での組成や温度などを均質化することで、水/IPAの分離性能に優れた長さ1mの膜エレメントの製造技術を確立しました(図3)。
(2)無機分離膜と蒸留工程の組み合わせで、50%以上の省エネルギー化が可能
さらに実用化に向けた取り組みとして、無機分離膜と従来の脱水方法である蒸留工程を組み合わせれば、50%以上の省エネルギー化が可能となることがわかりました。
蒸留工程では一般的に蒸留後の液体を蒸留塔に戻し(還流)、溶液の濃縮を行います。無機分離膜をこの還流部分に組み込むことで還流量が低減するので、蒸留塔で必要な熱負荷が減少し、大幅な省エネルギー化が可能となります(図4)。

図4.無機分離膜を導入した脱水プロセス(水とIPAの分離)
(3)世界初の実環境下試験で連続運転200時間超を達成
実生産設備へ適用するための第一歩として、JX日鉱日石エネルギー株式会社川崎製造所において、稼働中のIPA製造装置を使用した無機分離膜の性能評価を行い、連続運転200時間超を達成しました。
現在、連続運転1000時間超を目指し、分離性能と耐久性能について実環境下での評価を重ねています。
3.今後の予定
2014年度以降は、無機分離膜を複数組み合わせて製品品質レベルまで脱水する実証試験を経て、早期の実用化を目指します。また、本プロジェクトで並行して開発している耐酸性の無機分離膜を用いることで、さらに製造量の多い「酢酸」の脱水プロセスへの適用を検討して行きます。
将来的には化学産業における蒸留工程の約13%を無機分離膜に置き換えることにより、2030年には原油換算で約55万kLの省エネルギー化(CO2削減:約146万トン)及び約2000億円の新規市場創出が期待されています。
用語解説
※1 A型ゼオライト膜:ゼオライト膜はシリコン、アルミ、酸素を主成分とした結晶性化合物であり、分子レベルの微細な孔を持っていることから、様々な分離工程や触媒として活用されております。A型はバイオエタノールの脱水工程などに実用化されているゼオライトの結晶構造の一種です。
※2 NEDOプロジェクト
- 名称:グリーンサステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/規則性ナノ多孔体精密分離膜部材基盤技術の開発
- 期間:2009~2013年度
- 参加機関:学校法人早稲田大学、JX日鉱日石エネルギー株式会社、日立造船株式会社、三菱化学株式会社、千代田化工建設株式会社、株式会社ノリタケカンパニーリミテド、一般財団法人ファインセラミックスセンター、国立大学法人宇都宮大学、国立大学法人大阪大学、国立大学法人名古屋工業大学、国立大学法人山口大学、学校法人芝浦工業大学