理工学術院 新倉准教授が「日本学術振興会賞」を受賞 「アト秒科学」において世界をリードする研究を評価

理工学術院の新倉弘倫准教授(先進理工学部)が、優れた若手研究者の顕彰・支援する第9回(平成24年度)「日本学術振興会賞」を受賞しました。

 同賞は我が国の学術研究の水準を世界のトップレベルで発展させるため、創造性に富んだ優れた研究能力を有する人文・社会科学及び自然科学の全分野の若手研究者を対象に、早い段階から顕彰してその研究意欲を高めようと創設された賞です。新倉准教授は371人の候補者から選ばれた24名の受賞者の一人として受賞しました。授賞式は、平成25年2月4日(月)に日本学士院(東京都台東区上野公園7-32)で行う予定です。

受賞理由「アト秒時間分解能での分子の波動関数変化測定」(Dynamical measurements of molecular wavefunctions with attosecond time-resolution)

分子を構成する原子核や電子状態の変化を非常に短い時間で測定することができれば、詳細な化学反応の機構が解明ができるだけでなく、新しい反応の発見や新しい物質の創生にもつながる。20世紀末までに、フェムト秒(10-15秒)の時間での測定ができるようになったが、近年、アト秒(10-18秒)というさらに短い時間での測定が実現され、新しい研究分野が築かれつつある。

新倉弘倫氏は、分子を構成する原子核や電子の運動をアト秒の時間で測定するために、レーザー光を測定対象とする分子に照射し、その分子自身から電子を引き出して測定の道具(プローブ)とする革新的な測定法を提案し、実証した。この測定法は、アト秒時間での分子測定を可能にした方法のひとつであり、アト秒の時間精度で分子内の原子核の運動を測定したり、電子の分布(波動関数)の変化を捉えたりすることに成功している。

新倉氏は、アト秒科学において世界をリードしており、今後さらなる活躍が期待される。

新倉准教授のコメント

新倉弘倫准教授

新倉弘倫准教授

平成24年度文部科学大臣表彰・科学技術賞に続いて、第9回日本学術振興会賞を受賞させて頂くことになりました。厚く御礼を申し上げます。

新たな光源や光を用いた計測技術は、原子や分子、物性に関する物理や化学分野だけでなく、様々な生体内の反応や生命現象を解き明かすための基盤技術として、世界各国で研究が鋭意行われています。本研究ではその中でも、究極的な時間分解能(アト秒: 10-18秒)と微少な空間領域(サブオングストローム: 0.1x10M-10m)における、原子や分子の波動関数の変化に関する測定技術を構築するものです。

高強度レーザーパルスによるアト秒の科学は、2001年頃から発達してきました。アト秒へのブレークスルーは、従来の方法の直接的な延長にあるものではなく、レーザー電場1周期以内に起こるダイナミックスという新たな概念に基づいています。再衝突する電子という過程を用いた方法により、アト秒科学への展開とその構築に関して、その初期から貢献することが出来たことは非常に良いことであったと考えています。

アト秒科学は時間分解能の最先端に位置するだけでなく、テーブルトップ(実験室規模)のコヒーレントな極端紫外~軟X線光源の開発や、波動関数イメージング等、今後の光技術の新たな基盤になるものと期待されています。パルスの発生や測定方法は、レーザー技術だけではなく原子・分子と光との相互作用に関する物理過程を直接用いているため、装置系等は比較的複雑で精緻なものになります。今後とも、新たな概念に基づく研究を展開していこうと考えています。

研究内容

1. 研究の背景

光の性質や光と物質の相互作用に関する研究は、基礎的な物理法則の発見や新規な物質や光源の開発、また様々な原子・分子および生体などのイメージング法の開発などに繋がる重要な研究分野である[1]。

超短レーザーパルスを用いることにより、物質がいつどのように変化していくのかをリアルタイムで測定することが可能になった。測定の時間分解能の向上は、それまで観測され得なかった物理・化学・生命現象の詳細を解き明かすことを可能にしてきた。分子から放出される蛍光の寿命はナノ(10-9)からピコ(10-12)秒の時間スケールを持ち、気相分子の回転はおよそピコ秒の時間で起こる。また、1990年代にはフェムト(10-15)秒レーザー技術を用いて、分子に振動波束を生成し、その時間発展を追跡することで、光化学反応に際して分子の構造変化がどのように起こるのかを実時間で測定することが行われた。フェムト秒分光学に対して1999年にノーベル化学賞が授与されている。

フェムト秒を超えたアト秒(1アト秒=10-18秒)の時間分解能を得ることで、分子の構造変化よりも速い時間で、分子内の電子運動を観測できると期待されてきた。しかし2000年まで、発生可能な最も短いパルス幅は数フェムト秒にとどまり、1フェムト秒の壁を突破してアト秒の領域に到達することは出来なかった。これは主に、赤外~紫外領域の電場の1周期が数フェムト秒であるため、仮に電場が一回しか振動しないパルスを発生させても、アト秒には到達しないという理由による。そこで、従来の分散制御によるパルス圧縮法とは異なる、新たなアイデアに基づく新たなパルス発生および測定方法の開発が必要とされてきた。

2.アト秒へのブレークスルー[2-4]

1990年代に提唱されていたアト秒への到達方法は、極端紫外~軟X線領域の光(高次高調波)を発生させ、それをプローブ源として用いる方法である。それに対して本研究では、新たにアト秒測定法として「再衝突電子を用いる方法」を提唱し、この方法がアト秒精度で原子や分子のダイナミックスを測定できることを実験的に示した[2-3]。

通常の測定では、あらかじめ用意したプローブパルスを測定対象に照射するという方法が用いられる。それに対して再衝突電子を用いる方法では、測定対象自体からプローブ(検出源)となる電子(波束)を引き出し、それをレーザー電場の一周期以内に測定対象に衝突させる(図1)。具体的には、測定対象となる原子や分子に高強度のレーザーパルスを照射し、トンネルイオン化により放出された電子(電子波動関数の一部)のトラジェクトリをアト秒精度で制御・加速して元の分子に衝突(電子再衝突過程)させ、衝突の結果として起こる物理過程(高次高調波発生過程やイオン化過程)を測定することで、分子の電子・振動状態とその変化を測定する、という方法である。再衝突する電子はレーザー電場の1周期以内の決まった時間で分子に戻るため、アト秒の時間分解能を得ることが可能になる。

 

 

本研究者は、まず再衝突する電子のパルス幅が1フェムト秒を下回り、その空間分布は1ナノメートル以下であることを実験的に示した[2]。次に、重水素分子イオンの振動波束運動(核間距離の変化)を、振動が開始されてから最短700アト秒間隔で、約0.2×10-10 m (0.2オングストローム、Å)だけ変化する様子を測定した(図2)[3]。これは、もっとも優れた時間分解能で物質の構造変化を測定した実験結果である[1]。また、測定対象の電子波動関数と再衝突電子との間の位相差が保たれるため、高次高調波発生過程を測定することにより、測定対象の電子波動関数の位相を含めた空間分布を測定データから再構築することが可能であるという利点がある。再衝突電子を用いる方法は、高次高調波をプローブ源とする方法とならんで、アト秒へのブレークスルーをなした方法として後続の研究に使われている[4]。

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3. アト秒時間精度での分子の電子波動関数変化の測定[5-6]

フェムト秒領域の分光では、主に分子や分子集団の構造変化を測定することが目的として行われたが、分子の構造変化に伴い、分子内の電子波動関数も同様に変化する。またアト秒の時間分解能を用いて、構造変化よりも速い時間で電子の変化を測定出来ると考えられる。したがってアト秒科学では、分子の電子波動関数の時間変化を直接測定する方法を開発することが、目標とされてきた。    本研究では、再衝突電子を用いる方法を発展させ、初めて多原子分子の電子波動関数が変化する様子をアト秒精度で測定した[6]。新たに開発した方法の物理過程は以下の通りである。まず電場の偏光方向がアト秒精度で変化するレーザーパルス(基本波)を分子に照射し、再衝突する電子の方向を制御する。衝突時に分子から極端紫外光(高次高調波)が発生する。このとき、発生した極端紫外光の偏光方向や強度は、電子再衝突の分子に対する角度と、分子内の電子波動関数の対称性や広がりに依存する。すなわち、もし再衝突の時間までに分子内の電子波動関数(電子波束)の空間分布が変化すれば、分子から発生した極端紫外光(高次高調波)の偏光方向と強度にその変化が反映されることになる。再衝突角度(または基本波の偏光方向)の関数として、発生した極端紫外光の偏光方向と強度を測定することで、分子内の電子波動関数の空間分布を同定する。この方法を二次元アト秒電子運動マッピング法と呼んでいる。

この方法により、トンネルイオン化に際してエタン分子内に発生した電子波束(電子波動関数の変化)が、発生してから800アト秒~1400アト秒の時間範囲で変化していることを初めて測定した(図3)。この間に、分子構造の変化はほとんど生じないので、分子構造の変化と電子運動とを分離して測定したことになる。

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4. 今後の展開

アト秒科学はその方法論の構築から十年ほどが経過し、新たな段階に入ることが期待されている[7]。化学反応の選択性や反応性は、福井謙一博士が提唱したフロンティア軌道理論やウッドーワード=ホフマン則に見られるように、分子軌道(電子波動関数)の対称性や空間分布、位相に依存する。しかしこれらの過程は、理論計算を用いて予測されるものの、その変化を実験的に測定した例は無い。本研究で示した方法をさらに発展させ、さらなる時間分解能の追求と共に、電子波動関数の直接観測という観点から化学反応を追跡することを計画している。

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参考文献

[1] Nature Milestones
Photonics: http://www.nature.com/milestones/milephotons/timeline.html
Attosecond: http://www.nature.com/milestones/milephotons/full/milephotons22.html

[2] H.Niikura et al., Nature 417, 917 (2002).

[3] H.Niikura et al., Nature 421, 826 (2003).

[4] Nature in Context, “The fast show”, Nature 420, 737 (2002).

[5] H.Niikura et al., Phys.Rev.Lett.94,083003 (2005).

[6] H.Niikura et al., Phys.Rev.Lett.107,093004 (2011).

[7] 新倉弘倫, 分光研究60(6), 219, (2011).

リンク

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