ドナルド・キーン氏 顕彰状

顕彰状

ドナルド・キーン氏は1922年6月18日、米国ニューヨーク市に生まれた。飛び級により、16歳でコロンビア大学に入学した氏は比較文学を専攻し、日本語と中国語に惹かれる。1942年、海軍日本語学校に入学して日本語を会得したのち、情報関係の軍務につき、日本語の知識を駆使する生活が始まった。戦後、コロンビア大学大学院に復学した氏は、日本文学の研究に本格的に取り組み、博士号を取得する。1955年コロンビア大学の教員に迎えられ、1992年に名誉教授となった。

日本国内へは、戦後間もなく沖縄の地へ足を踏み入れたのが最初であるが、1953年からの2年間は京都大学に留学し、近世文学、主として西鶴・芭蕉・近松について研究を深めていく。その後は研究と調査の目的で1年の半分は日本に滞在するという生活が、日本への永住を決意した2011年まで続いた。

キーン氏には多くの日本文学に関する研究書と翻訳書があり、その功績によって日本文学大賞、読売文学賞、米国アカデミー会員、日本学士院客員会員、全米文芸評論家賞、勲二等旭日重光章、朝日賞、毎日出版文化賞、文化功労者などの数々の褒賞を受けている。そして、日本の文化を海外に広く正確に伝播させた長年の功績から、2008年には文化勲章が贈られた。これは外国出身の学術研究家としては初の受章となる栄誉であった。

著書は数多くあるが、研究者としての初期に刊行した “Anthology of Japanese Literature”(2巻)と朝日賞の主対象となった「日本文学の歴史」(全18巻)の2つが代表作である。また、2011年末からは、「ドナルド・キーン著作集」(全15巻)が刊行開始となる。古代から現代までの日本文学作品を精読し、内外の日本文学研究者の論文を博引傍証して成る日本文学の歴史は、余人の追随しえぬものである。

キーン氏の日本文学研究の拠点は、近世文学特に近松門左衛門研究であり、「近松門左衛門の『国性爺合戦』の研究」によって博士学位を取得している。しかし、日本文学の歴史を執筆した実力は一段と広いものであって、世界各地で活躍する多くの後進を育て、日本の文学を国際的なものに押し広めた。この功績は教育者としても筆舌に尽くせない。また、現代文学の作家との交流、その作品の翻訳を通して日本文学が世界の読者に迎えられる素地を作り、日本の作家のノーベル賞受賞への道を開いたことも特筆しなければならない。

自由が侵されることを危惧する時代に青春時代を送ったキーン氏は、アーサー・ウェイリーの「源氏物語」が与えた光明を忘れられぬという。日本文学を強く意識した氏は、コロンビア大学で「先生」といえばこの人を指すといわれる本学出身の角田柳作に出会い深い薫陶を受けた。その角田柳作が創設したコロンビア大学日本文化研究所の使命を、今や自身の名を冠した「ドナルド・キーン日本文化センター」が脈々と引き継いでいる。

日本文学と文化研究の第一人者として日本を愛して止まないキーン氏は、大好きな日本の人々とともにありたいと昨年3・11の東日本大震災以後、日本国籍を取得した。氏の日本への深い思いは傷心の日本の国民に大いなる勇気と感動を与えた。

氏は本学においても1998年に名誉博士学位を受け、創立125周年に際しての記念シンポジウム、講演会において貴重な知見を披露し本学学生が日本文学、文化について理解を深めるに大きく寄与している。恩師の母校である本学に多大な貢献を重ねた氏を、本学は全学をあげて推薦校友として迎えた。

坪内逍遙以来、すぐれた文学研究者と多くの作家を輩出し、文学が大学の一特色ともなっているわが早稲田大学は、ドナルド・キーン氏の顕著な功績を称え、早稲田大学芸術功労者として永くその栄誉を顕彰するものである。

2012年9月22日

早 稲 田 大 学

以上

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