飛鳥大仏 ほぼ造立当初のままの可能性 文学学術院・大橋教授らがX線分析、従来の見解覆す研究成果

 早稲田大学文学学術院の大橋一章教授(文学部)らは、飛鳥時代に造立されたものの、火事で損傷したために大部分が鎌倉時代や江戸時代に補修されたものとされている飛鳥寺(奈良県明日香村)の本尊・飛鳥大仏(重要文化財)について、Ⅹ線分析調査を行いました。その結果、造立当初の箇所(左鼻梁、右手第二指甲)と鎌倉時代以降に補修したとされる箇所(鼻下、左襟、左膝上)の銅などの金属組成には際立った差異がみられず、仏身のほとんどが飛鳥時代当初のままである可能性が高いことが判明しました。大部分が後世の補修とされていることが、飛鳥大仏が国宝指定を受けていない理由であり、これまでの見解を覆す大変重要な研究成果であるといえます。

飛鳥大仏

飛鳥大仏

研究成果概要──日本最古の本格的仏教寺院飛鳥寺の本尊 丈六釈迦如来坐像(飛鳥大仏)のX線分析

飛鳥寺は、用明2年(587)に蘇我馬子によって発願されたわが国初の本格的仏教寺院として名高い。江戸時代に再建された現飛鳥寺本堂に安置する本尊丈六釈迦如来坐像(以下、飛鳥大仏)は鞍作止利が手がけた丈六金銅仏であるが、鎌倉時代のはじめに火難に遭い、止利による当初部分は面部と右手の一部などのごく僅かしかのこっていないと考えられてきた。そこで本学奈良美術研究所は、平成24年(2012)7月9日、携行型XRDF装置を用いて、当初部分と推定されてきた箇所と補鋳部分とされてきた箇所とで、元素にどれほどの相違があるかについての調査を実施した。

 

飛鳥大仏調査風景

飛鳥大仏調査風景

分析装置

今回の調査では、同一ポイントで①蛍光X線(測定箇所の元素の種類を解明)と②X線回折(物質名(結晶性化合物)を解明)という異なる二種の分析を行なうことができる理研計器株式会社の携行型X線複合分析装置XRDF[型式DF-01]を用いた。

伝光背断片測定風景

伝光背断片測定風景

測定箇所

飛鳥大仏の左鼻梁・鼻下・左襟・左膝上・右手第二指甲の5ポイントに対して蛍光X線分析、伝光背断片表裏の2ポイントに対して蛍光X線分析及びX線回折分析を実施した。

 

蛍光X線分析(XRF)結果

飛鳥大仏及び伝光背断片の測定箇所7ポイントの蛍光X線による分析調査結果は、表のとおりである。ただし、ここに示した定量結果は、対象部位が均一な組成と仮定した上で算出した数値であるため、あくまで参考値である。

各部のXRF定量結果(wt%)

各部のXRF定量結果(wt%)

飛鳥大仏の①~⑤の測定ポイントのXRFの定量結果をみると、どのポイントからも大量の銅(79.0%~91.6%)、および少量のカリウム、カルシウム、チタン、鉄が検出された。さらに、④左膝上をのぞく4ポイントからは微量の鉛も検出された。④左膝上のポイントでは鉛が検出されなかったが、同一ポイントでカルシウムの値がやや高いことから、表面に異物(ゴミあるいは顔料等)の層が厚かった可能性が考えられる。また飛鳥大仏の①~⑤の測定個所のうち、従来より当初部分とされてきたのは、①左鼻梁と⑤右手第二指甲の2箇所である。この2箇所の定量結果と、補鋳部分とされてきた②鼻下、③左襟、④左膝上の3箇所の結果を比較してみると、銅の組成には際立った差異はみられなかった。つまりXRFの定量結果をみる限り、当初部分と補鋳部分とで、明瞭な違いは認めらなかった。

X線回折分析(XRD)結果

伝光背断片の測定個所のうち、表1⑥にみえるように、表面から少量の金が検出されたことから、同一ポイントでX線回折分析(XRD)を実施した。その結果は次のグラフのとおりである。

光背表金色XRD結果

光背表金色XRD結果

このグラフをみると、伝光背断片はCuO(酸化第二銅)が主成分であったことがわかる。通常、金銅仏をはじめとする銅製遺物にできる酸化物は、緑青を除けばCu2O(酸化第一銅)が多く、CuOはあっても微量である場合が多い。したがってこのグラフのようにCuOが主成分として検出されるほど多く存在しているのは、強い酸化環境、つまり火災などに遭った可能性が考えられる。

また、金については箔、鍍金を断定できるほど明瞭とはいえないが、箔の場合であれば200面のピーク(図中2θ=68°付近)が突出して検出されるはずである。しかしそれが見られないことから、鍍金と推察される(※注1)。 本光背断片の銅の組成が、飛鳥大仏とも近く、また火災にあったと思われ、さらに鍍金仕上げだったと推測されることから、飛鳥大仏に付属する当初の光背断片であった可能性は高いといえよう。

※注1:本調査に先立って、金箔と鍍金のサンプルに対してX線回折分析を行ったところ、金箔は2θ=68°、鍍金は2θ=58°で最も強いピークを示すことが明らかとなった(櫻庭裕介「XRDF装置を用いた中国金銅仏の分析」『奈良美術研究』8)

まとめ

今回、飛鳥大仏と伝光背断片に対してXRDF装置を用いたX線分析調査を実施した結果、飛鳥大仏の当初部分とされてきた箇所(①左鼻梁、⑤右手第二指甲)と、補鋳部分とされてきた箇所(②鼻下、③左襟、④左膝上)とで、XRF定量結果に顕著な違いは認められなかった。

飛鳥大仏が国宝指定を受けていないのは、飛鳥時代の制作当初部分が僅少で、そのほとんどが鎌倉時代や江戸時代の修補とみられてきたことが原因である。しかしこれら修理を正確に伝える史料がまったくない状況に鑑みれば飛鳥時代当初部分がどこなのか目視とともに科学的分析調査が必要であり、今回のX線調査は、まさにその第一歩を踏み出すものであったといえよう。

結論として、飛鳥大仏には鞍作止利の時代に制作された部分がほとんどのこらないという認識には再検討が必要で、今後は補鋳部分が飛鳥当初部分である可能性を含めた議論がなされるべきであると考える。この調査結果により、今後一層、飛鳥大仏に対する議論が盛んになることを期待したい。

以上

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