2011年度 学部卒業式、芸術学校卒業式ならびに大学院学位授与式 式辞

鎌田薫総長
皆さん、ご卒業、おめでとうございます。
この度、めでたく2011年度学部卒業式・大学院学位授与式を迎えられたのは、学部卒業者9,122名、芸術学校卒業者73名、川口芸術学校卒業者22名、大学院修士課程修了者2,162名、大学院専門職学位課程修了者735名、博士学位受領者231名、合計12,345名の方々です。
これら全ての卒業生・修了生の皆さんに、早稲田大学を代表して、心からのお祝いを申し上げるとともに、長い間、物心両面から卒業生・修了生の皆さんを支えてこられたご家族・ご友人の皆さまに、心よりお慶びを申し上げます。
昨年3月には、東日本大震災と原子力発電所の事故により、わが国は広範かつ甚大な被害を受けました。本学校友を含む数多くの犠牲者に改めて哀悼の意を表するとともに、今なお辛く厳しい状況におかれている被災者の方々に心からお見舞いを申し上げます。本学では、震災後の状況に鑑み、いち早く卒業式・学位授与式を中止するとともに、「東日本大震災復興支援室」を設置し、学費減免と奨学金給付を中心とする被災学生の就学支援、ボランティアの派遣を中心とした被災地域支援、研究を通じた復興支援という三つの柱で、大学としての支援活動を展開するとともに、〈震災後に考える〉というブックレットのシリーズを発刊することにより、大学からの情報発信に努めてきたところです。
ここにご出席の皆さんの中にも、さまざまなかたちで復興支援に力を貸してくださった方が大勢いらっしゃいます。この場を借りてお礼を申し上げるとともに、そうした活動を通じて人間的にも大きく成長した皆さんが、今後の日本社会・地球社会の発展を支える力になってくれるものと大いに期待いたしております。
とはいえ、皆さんがこれから歩み出そうとしている社会の情勢は極めて厳しいと言わざるをえません。わが国では、経済・財政状態が長く低迷し、政治状況も混乱しているうえに、少子高齢化の急速な進展や新興諸国の台頭等により、さらに厳しい状況に追い込まれることが懸念されています。海外に目を転じても、環境・エネルギー・食糧など地球規模で解決すべき課題が山積しているところに、欧州の金融危機など国際社会を揺るがすような出来事が続発しています。
就職活動等を通じて皆さんもこうした厳しい社会情勢を実感していることと思います。しかし、この状況を打開し、新しい時代を切り拓いていくことができるのは、皆さんのような若い世代の力以外にはないのです。とりわけ早稲田で学び、早稲田を巣立っていく皆さんが担うべき役割は極めて大きいものと考えます。
そうした重要な役割を担う皆さんに、ここでは二つのことを期待したいと思います。
第1は、皆さんが本学在学中に身につけた豊かな教養と高度の専門的知見にさらに磨きをかけ、いたずらに権力におもねったり、時代の風潮に流されたりすることなく、自らの頭で考え、自らの信念に従って毅然たる行動をしてほしいということです。
かつて、現在と同じようにわが国が大きな歴史的転換点にたっていた時代に、大隈重信らがこの国の未来を築くために本学を創設した想いは、建学の母・小野梓の次のような言葉に語り尽くされていると思います。
「国を独立せしめんと欲せば、必ず先ずその民を独立せしめざるを得ず。その民を独立せしめんと欲せば、必ず先ずその精神を独立せしめざるを得ず。而してその精神を独立せしめんと欲せば、必ず先ずその学問を独立せしめざるを得ず。」
学問の独立を通じて市民の精神の自立を図ること、これが「学問の独立」という建学の精神の意味するところなのです。
この建学の精神は脈々と受け継がれ、早稲田大学出身者に対する社会の信頼の源泉となっています。野田佳彦首相は、早稲田大学出身者として戦後7人目の内閣総理大臣であり、やはりこの理念を体現していると言うことができますが、戦後初の本学出身総理・石橋湛山の次のような悲壮感あふれる言葉はさらに象徴的です。
「我々は如何なる難局に遭遇するとも、為に意気を沮喪するが如きことがあっては断じてならない。我々は最後の最後まで、国家に対する自己の使命と信ずる所を遂行し、其の上で若し要すれば花と散ろう。」
リベラルなジャーナリスト石橋湛山は、満州事変から太平洋戦争にかけて世の中全体が軍国主義に急傾斜していった時代に、1人「小日本主義」を唱えて、対外膨張政策に反対し、孤軍奮闘で国際協調の重要性を説き続けました。先ほど紹介した言葉は、5・15事件や2・26事件に象徴される緊迫した情況の下で発せられたものだったのです。終戦後も、GHQに対して勇気ある要求をするなど毅然とした姿勢を貫き、1956年に、第55代内閣総理大臣に選ばれました。
どんな苦境にあっても、ひるむことなく自己の信念を貫き通し、威風堂々と行動した湛山の生き方と「独立不羈」の精神を、私たちは、今こそ思い起こす必要があると思います。
第2には、本学で身につけた学識と人間力を、世界の平和と人類の幸福の実現のために活用してほしいということです。
皆さんよくご存じの早稲田大学教旨には、「学問の独立」「学問の活用」と並んで「模範国民の造就」という建学の精神が謳われています。そして、この教旨の最後は、「個性を尊重し身家を発達し国家社会を利済し併せて広く世界に活動す可き人格を養成せん事を期す」と結ばれています。
「模範国民」という語は、国家主義的な臭いを感じさせますが、教旨の起草委員の一人であった高田早苗は、これを「ゼントルマン」の意味で用いています。当時は大学教育を受けられるのは国民の一部であり、その恵まれた地位にある者は全国民の模範にならなければならないという趣旨で模範国民という語が使われたものと理解されます。
大隈重信は、創立30周年の記念式典で、その教旨について次のような内容の説明をしています。
「国民の模範として、先頭に立って国を発展させるためには、知識だけでなく道徳的な人格を備えなければならない。教育の本当の目的は、この人格の養成にある。ただ専門知識の習得のみに汲々として、この点を忘れると、人間は利己的になって、進んで国と世界のために尽くすという犠牲的な精神はだんだん衰えてくる。これが文明のもたらす恐ろしい弊害である。この弊害に染まらず、学問のもたらす本当の利を収めることが模範国民たる者としての責任であり、これこそ早稲田大学教旨の最も重要な点である。模範国民の国家や社会に対する、また自分自身に対する姿勢の根本もここにある。こうした理想を実現するために、われわれは終生努力しなければならない」。
経済的利益の追求がもてはやされ、格差が拡大しつつある現代においてこそ、また、東日本大震災と原子力発電所事故を契機として、新しい価値観が求められるとともに、大学や専門家と社会との関わり方が見直されている現代においてこそ、学問と教育とを通じて、国民の精神を独立させ、新しい民主的な社会を作り上げようとしていた大隈重信らの建学の精神を深く心に留める必要があるのではないでしょうか。
早稲田大学教旨に込められた建学の精神は、早稲田大学130年の歴史を通じて、本学校友たちの間に途絶えることなく受け継がれてまいりました。本日、早稲田大学校友の一員となられた皆さんが、これをさらに発展させ、世界の平和と人類の幸福を実現するため、終生努力してくださるものと確信し、お祝いの挨拶とさせていただきます。
皆さん、卒業おめでとう。ますますの活躍を期待しています。
早稲田大学 総長鎌田 薫