日本の新聞メディアから発信される がん情報の傾向

日本の新聞メディアから発信されるがん情報の傾向~がん予防情報の少なさと今後の課題~

早稲田大学スポーツ科学学術院 岡浩一朗(おかこういちろう)研究室では、日本の新聞報道におけるがん情報の内容や傾向に関する調査を行い、結果として、取扱罹患部位はがんの罹患数や死亡数と一致しないこと、治療など罹患後の情報に比べて「予防」に関するニュースの割合が少ないことなどを論文発表しました。

がんは1981年以降日本人の死亡原因の第一位(全体の28.8%)であり、おおよそ2人に1人が一生のうちにがんと診断されることが示されています。また、日本人のがんのおおよそ45%は予防可能なリスク要因によるものであるにもかかわらず、がん予防行動実施率や検診受診率が低いのが現状です。そのため、日本のがん対策として、いかにがん予防に関するポピュレーションアプローチを行っていくかは公衆衛生上の課題のひとつとなっています。

新聞をはじめマスメディアの影響力を考えると、がん予防・検診に焦点をあてた記事を増やすことが、実際の予防行動や検診受診を促進する可能性があると考えられています。今回の研究成果をふまえ、がん予防・検診に焦点をあてた記事の効果的創出・伝達方略などを検討していくことが今後の課題といえるでしょう。

今回の研究成果は、『Health communication』誌に、6月17日に掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

がんは1981年以降日本人の死亡原因の第一位であり、死亡全体の28.8%を占め、日本人のおおよそ2人に1人が一生のうちにがんと診断されることが示されています。その一方で、日本人のがんのおおよそ45%は予防可能なリスク要因によるものであることも明らかにされていますが、我が国の予防行動実施率や検診受診率は低いのが現状です。そのため、日本のがん対策として、いかにがん予防に関するポピュレーションアプローチを行っていくかは公衆衛生上の課題のひとつとなっています。国民ががん予防の正しい知識をもち、自身でがん予防のために行動を変容させていくことが重要であることも示されています。

(※日本におけるがんの原因についてはこちらをご覧ください。

この課題に対して、欧米を中心にがん情報の提供が、がん予防に関する認知向上、知識普及、そして意思決定につながる可能性が多数報告されています。科学的根拠に基づくがん情報の提供は、予防可能ながんリスク要因をはじめ、予防行動やがん検診の認知を向上させ、ひいてはがん予防行動の促進につながると考えられます。

しかし、がん罹患者とその周囲の者以外の人々の多くは、自らがん情報を探索するというよりは、日常的にさらされているテレビ、ラジオ、新聞などのマスメディアから受動的に情報を得ているのが現状です。そのため、マスメディアが主ながん情報源として重要な役割を果たすと考えられます。実際に、マスメディアから発信されるがん情報は、がんや、がんリスク・予防に対して人々の注目を集めることや、認知、知識に影響を及ぼす効果も確認されており、諸外国では、マスメディアの発信するがん情報内容について繰り返し分析が行われています。

諸外国で行われた先行研究の結果より、新聞に掲載されるがん関連記事には、がん罹患部位、がん局面に偏りがあるという見解は共通しています。しかし、新聞記事は、社会的、政治・政策的、宗教・文化的な影響を受け、がん関連記事の内容も国ごとに異なる特徴があります。たとえば、アメリカの新聞においては、一次予防(生活習慣など)、二次予防(がん検診など)よりも治療に焦点をあてた記事が多いことが報告されています。また、中国の新聞では、死亡・罹患率の高いがんよりも女性のがんが注目され、イギリスの新聞では、乳がんおよび大腸がんの啓発月間にがん関連記事が増加することが示されています。さらに、カナダの新聞では、環境的リスク要因や遺伝的リスク要因よりも生活習慣に関連するリスク要因について議論がなされていることが報告されています。これらの結果より、諸外国では包括的な内容分析だけではなく、その国の特徴や状況に合わせてがん罹患部位を絞った新聞記事の分析や、がん対策上の課題に対しての情報内容の分析も積極的に進められています。しかし、我が国においては、がん関連情報全体の発信状況も十分に明らかにされていないのが現状でした。スライド0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

我々の研究グループは、まずは、日本のマスメディアが発信しているがん関連情報の現状を明らかにすることが必要であると考えました。日本のマスメディアの現状を把握するためには、先行研究で新聞を対象としたものが多いことに加え、諸外国と比較すると依然新聞読者が多く(毎朝国民の67.8%に読まれ、毎日ではないが国民の83.6%が接触している)ことから、新聞の内容分析が妥当であると判断しました。

そこで、マスメディアにおけるがん情報の取り扱いを検討するために、新聞記事を対象に取り扱われるがん情報の頻度・量を確認しました。さらに、その内容について検討するためがん情報の重要要素である「がん罹患部位」、「がん局面」、およびがん関連記事の創出に影響及ぼすものを検討するために「トピック」の点から分析を行い、がん関連記事の内容についても明らかにしました。

(3)そのために新しく開発した手法

がん関連記事を網羅的に抽出するために、複数の先行研究を参考に52語を検索用語として決定しました。その検索用語を用いて全国紙5紙新聞各社のデータベースより、2011年の1年間に発行された朝夕刊を対象としがん関連記事を抽出しました。

抽出された対象記事に対して、がん関連記事の内容を把握するために、がん情報の重要要素である「がん罹患部位」、「がん局面(予防、検診、治療、予後など)」および「トピック(社会問題、著名人、研究、企業など)」について内容分析を行いました。内容分析の手法としては、まず、大学教員を含む4名からなる研究グループにより分類コード表を作成し、そのコード表に基づき、2名の評価者がそれぞれ新聞記事を分類しました。さらに、分析の信頼性を確認するために、10%の記事を抽出し、がん罹患部位、がん局面、およびがん関連トピック別に評価者間κ係数を算出し、評価者間信頼性を評価しました。その結果各、各分析のκ係数は、0.61、0.74、0.74であり、分析の信頼性も確認しております。また、評価者間にて分類の相違がみられたものは、研究グループにより合意に至るまで協議し、決定しました。

(4)今回の研究で得られた結果及び知見

調査期間(2011年)中に、全国紙5紙に掲載されたがん関連記事は、5,314件掲載されていることが確認されました。月別の掲載数は、1月が611件(全体の11.5%)、6月が495件、11月が480件、7月が477件と多く、最も掲載が少なかった月は4月でした。しかし、掲載が少なかった4月でも300件以上の掲載が確認され、年間を通じて毎月300件以上、1日あたり平均11.3件の掲載があったことから、がん関連記事は年間を通じて掲載されているといえます。

また、内容分析の結果として、約半数の記事(2,833件)において、1部位以上のがん罹患部位の掲載がありました。掲載数が最多であったのは、肺がん(575件)で、次いで罹患・死亡割合はわずか数パーセントである白血病(331件)、我が国の女性に多いがんのひとつである乳がん(302件)が多く掲載されていました。続いて、肝がん(261件)、大腸がん(228件)、甲状腺がん(206件)、胃がん(206件)の掲載が確認されました。これらの結果から、罹患数や死亡数に対して、大腸がん、胃がんの掲載数は少ないなど、罹患・死亡数と記事で扱われる部位が必ずしも一致していない現状が明らかとなりました。これは、情報の受け手に誤解を与える可能性もあると考えられます(部位別掲載数;上位10部位、我が国のがん死亡数、および罹患数は表1の通りです)。

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表1.全国紙5紙におけるがん関連記事に記載されたがん罹患部位,および我が国のがん

また、がん局面の掲載があったのは、11.2%(597件)であり、それぞれの掲載数は表2に示した通りです。最も多く掲載されたのは治療で206件、続いて、回復期・予後に関する記事が多く確認されました(111件)。それに対し、罹患前の予防は86件、検診・早期発見は98件(全がん関連記事の1.6%のみ)と少ないことが確認されました。局面が掲載された記事の中でも罹患後に対し、罹患前の予防や検診の記載は少ない現状が示され、予防や検診を軽視させてしまう可能性があります。

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表2.全国紙5紙におけるがん関連記事に記載されたがん局面

さらに、記事の創出に影響を及ぼすトピックとしては、訴訟、裁判、医療事故、医療ミスなどの社会問題(797件)が最も多く確認されました。次いで、がん関連の本、映画、イベント、支援団体などのインフォメーション(762件)、調査年に発生した東日本大震災に伴う内容(653件)、著名人に関する記事(650件)も多く掲載されていました(表3)。この結果から、我が国の新聞は、社会問題に影響を受けやすく、掲載されるがん罹患部位やがん局面には偏りが生じていると考えられます。

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表3.がん関連記事に取り上げられたがん関連トピック

本研究のまとめとしては、新聞は年間を通じて定期的にがん関連情報を取り上げ、重要ながん情報源のひとつとなっているといえますが、同時に、社会問題に影響を受けやすく掲載されるがん関連の内容には偏りがあるという問題も浮き彫りとなりました。掲載新聞の影響力を考えると、今後は、より効果的かつ正確な情報を提供できるよう現在の情報に加え、罹患・死亡率の高い罹患部位や、がん局面、特に予防に焦点をあてた記事の効果的創出・伝達方略についてなどを検討していく必要があるといえます。

(5)研究の波及効果や社会的影響

本研究では、日本のがん情報の発信状況について新聞を対象に、頻度・量に加え、内容分析の手法を用いて具体的な内容についても検討を行いました。その結果、罹患・死亡とは一致しない部位の取り扱いの偏りや、必要とされている予防情報の取り扱いが少ないなど取り扱い局面の偏りを示すことができ、これは、マスメディアに対する提言のひとつになると考えられます。また、本研究で得られた知見は、我が国でもマスメディアを活用したがん予防情報普及戦略を構築するための有益な情報となることが期待されます。

(6)今後の課題

本研究では2011年の1年間に発行された新聞のみを対象としているため、経年変化を考慮することや、東日本大震災のような大事故の影響を避けることが出来ないため、継続した検討が必要です。

また、発行部数が多いこと、および全国に普及していることから全国紙5紙のみを対象としており、地方紙については検討していません。テレビ・ラジオ、オンラインニュースなどは、新聞のニュースをもとに発信されることが多いとされているため、新聞記事はマスメディアとしての一定の代表性はあると考えられますが、本研究の結果をマスメディアにおけるがん情報として一般化するには留意が必要です。

加えて、新聞をはじめマスメディアの影響力を考えると、がん予防・検診に焦点をあてた記事を増やすことが、実際の予防行動や検診受診を促進する可能性があると考えられます。しかし、本研究では新聞におけるがん予防関連記事が、実際のがん予防行動、検診受診と関連するかの検討は行っていないため、今後は、国民が新聞記事をはじめマスメディアより発信される情報から何を学ぶのか、また知識や行動に関連しているのかを検討してくことも必要だと考えています。

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