「特集 Feature」Vol.2-1 4.4%を救え! 日本発エネルギー革命(全2回)

次世代EMS研究者
林泰弘(はやしやすひろ)/理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授

全体最適を実現する次世代EMS(エネルギーマネジメントシステム)

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日本のエネルギー自給率は、2010年のデータでわずか4.4%。先進国の中でも際立って低く、エネルギーにはまったく恵まれない国です。一方で、日本の電力システムは世界最高レベルにあり、国をあげてスマートグリッドにもいち早く取り組んでいます。資源争いの激化が懸念される中、これからの電力システムはどうあるべきか。早稲田大学 理工学術院 先進理工学研究科 電気・情報生命専攻兼スマート社会技術融合研究機構の林泰弘教授に2回にわたってお話をお聞きしました。

【日本の電力システム、理想の未来像】

私の研究は、暮らしに欠かせない電気の全体最適を実現する「次世代EMS(エネルギーマネジメントシステム)」です。

資源に乏しい日本が、今後どのようにエネルギーを賄っていくのか。将来の電力システムを考える際には、発電、送電、消費の3つを総合的に捉える必要があります。既にそれぞれの課題は明らかになっていて、発電は再生可能エネルギーの普及、送電はスマートグリッドによる送配電網の高度化、消費はスマート化すなわちデマンドレスポンスです。もちろん、これらは相互に密接に関係しています。

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図:これからの日本の電力システム(出典:ACROSSスマート社会技術融合研究機構)

ところが、関わる事業者が異なるために、個別最適は進むものの全体最適とはなっていないのが日本の電力システムの現状です。すなわち再生可能エネルギーに携わる事業者とスマートグリッドを進める電力会社、消費のスマート化を実現する各種メーカーが、今のところ個々の目的達成のためにばらばらに動いている。これでは電力システム全体としての最適化を図ることはできません。必要なのは、発電から送電そして消費までの電気エネルギーフロー全体を見通した上で、全体最適に不可欠な情報を共有しながら、グリッド、住宅、ビル、コミュニティなどの個々でエネルギーを最適管理するエネルギーマネジメントのシステム(EMS)の開発であり、これが私の研究テーマです。

再生可能エネルギーに関しては、政府による買取制度の後押しもあり、太陽光発電所や風力発電所が全国各地に設置されてきました。その結果、再生可能エネルギーの供給量が電力会社の受け入れ枠を超える、そんなケースが出ています。今後、個人住宅での太陽光発電がより普及すれば、余剰電力への対応は必須の課題となります。天候により大きく変動する再生可能エネルギーの出力を平準化する手立ても必要です。こうした問題は、スマートグリッドを活用してエネルギーを地産地消することにより解消できます。

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図:終始笑顔でお話くださる林泰弘教授。研究室にて

一方で、消費サイドをみれば、家電製品がより省エネ化すると同時に、スマートメーターの設置も進んできました。今後の課題は各製品の連携を図ることです。太陽光発電、電気自動車、蓄電池、ヒートポンプ給湯器に加えて各家電製品を、HEMS(ホーム・エネルギーマネジメントシステム;通称ヘムス)により一元的に制御することで、快適な暮らしを維持しながら、より一層の省エネを実現する。これが日本の電力の理想的な未来です。

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写真:消費サイドにおけるホーム・エネルギーマネジメント設備(出典:ACROSSスマート社会技術融合研究機構)

【次世代EMSを実現するための司令塔】

次世代EMSの核となるのは『つなげて・考えて・動かす』プログラムです。例えば、家に帰りお風呂に入るためヒートポンプでお湯を沸かし、その間に電気自動車に充電しながらIHクッキングヒーターを使えば、たいていの家庭ではブレーカーが落ちるでしょう。これをHEMSが察知して、例えば電気自動車の充電器に充電量を減らすよう指示するのです。すべてをプログラムが処理するので、人の手はまったく煩わせません。

IoT(インターネット・オブ・シングス)の普及により、既に機器同士は通信によりつながり始めています。そのためのプロトコルは、既に「エコーネットライト」として開発済み。足りないのは『つなげて・考えて・動かす』プログラムであり、我々はこれの開発に取り組んでいます。

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写真:消費サイドにおけるホーム・エネルギーマネジメント設備(出典:ACROSSスマート社会技術融合研究機構)

その研究開発のための世界最先端にして唯一ともいえる研究施設が「EMS新宿実証センター」、私が所長を務める早稲田大学先進グリッド技術研究所の主要施設です。ここには4戸のスマートハウスが設置され、次世代EMSの頭脳開発に取り組んでいます。送配電ネットワークが絡む研究は、基本的にシミュレーションで進めていきますが、それだけでは限界があります。だからといって実際の送電ネットワークを使って実験することは不可能。そこで、センター内に、全長数キロメートルに相当する電線や住居・ビル・工場等、さらには太陽光発電所・風力発電所・大型蓄電池等をも含む、世界初のスマートグリッドシミュレーター「ANSWER」を作りました。これを活用して、不安定な再生可能エネルギーの出力変動を再現して系統電源側での最適制御法を探究したり、次世代EMSのカギとなるデマンドレスポンスのシミュレーションなどを行っています。

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写真:EMS新宿実証センターシュミレーション設備(出典:ACROSSスマート社会技術融合研究機構)

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写真・図:EMS新宿実証センターシュミレーションシステム(出典:ACROSSスマート社会技術融合研究機構)

〈プロフィール〉

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林 泰弘(はやし やすひろ)/早稲田大学理工学術院先進理工学研究科電気・情報生命専攻兼スマート社会技術融合研究機構

 

1989年、早稲田大学理工学部電気工学科卒業後、91年、同大学院理工学研究科修士課程、94年、同大学院理工学研究科博士課程修了、博士(工学)。茨城大学工学部講師、福井大学工学部助教授を経て、2009年より早稲田大学先進理工学部教授、同年12月より先進グリッド技術研究所長を兼任、2014年7月よりスマート社会技術融合研究機構(ACROSS) 機構長(兼任)

〈主な業績〉

■最近のメディアニュース

 2015年 早稲田大学ACROSS、エネルギー総合工学研究所、神戸製鋼所が共同で、「断熱圧縮空気蓄電システム」の開発
2015ACROSS 林機構長が JST-CREST 最強チームの研究代表者に選出
2014年 スマート社会技術融合研究機構(ACROSS)を発足

 ■学術論文

Distribution network verification for secure restoration by enumerating all critical failures
Inoue, T., Yasuda, N., Kawano, S., Takenobu, Y., Minato, S. I. & Hayashi, Y. 2015 Mar 1
IEEE Transactions on Smart Grid. 6, 2, p. 843-852

Distribution loss minimization with guaranteed error bound
Inoue, T., Takano, K., Watanabe, T., Kawahara, J., Yoshinaka, R., Kishimoto, A., Tsuda, K., Minato, S. I. & Hayashi, Y. 2014 Jan
IEEE Transactions on Smart Grid. 5, 1, p. 102-111

A versatile clustering method for electricity consumption pattern analysis in households
Hino, H., Shen, H., Murata, N., Wakao, S. & Hayashi, Y. 2013
IEEE Transactions on Smart Grid. 4, 2, p. 1048-1057

→その他の業績はこちら
Pure and the Elsevier Fingerprint Engine

■著書

電力系統の最適潮流計算(日本電気協会)
スマートグリッドの構成技術と標準化(日本規格協会)
スマートグリッド学(日本電気協会新聞部)

■学会・政府関係委員

電気学会 スマートグリッドの実現に向けた電力系統技術調査専門委員会 委員長(2011~2013年)
経済産業省 スマートメーター制度検討会座長(2010年~)経済産業省 スマートハウス標準化検討会座長(2011年~)
経済産業省 スマートハウスビル・ビル標準・事業促進検討会座長(2012年~)
経済産業省 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 電力システム改革小委員会 制度設計ワーキンググループ委員(2013年~)
電力広域的運営推進機関 評議員(2015年~)

などを務める。

〈用語解説〉

EMS:エネルギーを「見える化」したり、太陽光発電などの発電装置や蓄電池をうまく活用したりすることで、最適な省エネを実現する仕組み。コントロールする対象によって以下の5つに分類される。

・HEMS(Home Energy Management System:宅内のエネルギー管理システム)
・BEMS(Building Energy Management System:ビルのエネルギー管理システム)
・FEMS(Factory Energy Management System:工場のエネルギー管理システム)
・CEMS(Community Energy Management System:地域のエネルギー管理システム)
・GEMS(Grid Energy Management System:電力ネットワークのエネルギー管理システム)

スマートグリッド:専用の機器やソフトウェアを組み込むことで、電力の流れを供給側・需要側の両方から制御し、最適化できる送電網。オバマ政権が、米国のグリーン・ニューディール政策の柱として打ち出したことから、一躍注目を浴びるようになった。

再生可能エネルギー:「エネルギー源として永続的に利用することができると認められるもの」として、太陽光、風力、水力、地熱、太陽熱、大気中の熱その他の自然界に存する熱、バイオマスが法律により規定されている。

デマンドレスポンス:時間帯別に電気料金設定を行う、ピーク時に使用を控えた消費者に対し対価を支払うなどの方法で、使用抑制を促し、ピーク時の電力消費を抑え、電力の安定供給を図る仕組み。

スマートメーター:毎月の検針業務の自動化やHEMS等を通じた電気使用状況の見える化を可能にする電力量計。

IoT(インターネット・オブ・シングス):あらゆるモノがインターネットを通じて接続され、モニタリングやコントロールを可能にする仕組み。

プロトコル:信号やデータ、情報を相互に滞りなく伝送できるよう、あらかじめ決められた約束事や手順の集合のこと。

エコーネットライト:エコーネットコンソーシアムが策定した通信プロトコル。スマートハウスでの制御プロトコルおよびセンサーネットプロトコルであり、ISO規格およびIEC規格として国際標準化された。

スマートハウス:家電や設備機器を情報化配線等で接続し最適制御を行う住宅。太陽光発電システムや蓄電池などのエネルギー機器、家電、住宅機器などをコントロールし、エネルギーマネジメントを行う。

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