ネズミイルカ科における脊椎の進化の解明と成長速度に関する新知見

早稲田大学村上瑞季(むらかみみずき)助手(早稲田大学教育 総合科学学術院 教育学部理学科地球科学教室)を中心としたチーム(※後述著者一覧参照)の北海道天塩町産ネズミイルカ科化石の研究により、現生種とは異なり吻部の骨が細長く、くちばしを持ち、現生種よりも早く性成熟、体成熟する化石種の存在が明らかになりました。この研究では、ネズミイルカ科全体の脊椎の進化についても明らかにしています。手塩標本では、世界的にも貴重な比較的連続した18個の脊椎が見つかっており、原始的な形質を持ちつつも、マイルカ科と同様の高速遊泳に適応した形質を兼ね備えていたことが分かりました。

本研究内容はポーランド科学アカデミー古生物研究所から発行されている国際的学術雑誌Acta Palaeontologica Polonicaに、論文タイトル『New fossil remains from the Pliocene Koetoi Formation of northern Japan provide insights into growth rates and vertebral evolution of porpoises』(3月4日付け(中央ヨーロッパ時間))で掲載されました。論文の日本語訳は『北日本の鮮新統声問層から産出した新しい化石標本がもたらすネズミイルカ科における成長速度と脊椎の進化に関する新知見』です。この論文は下記ウェブサイトで無料公開されています。(http://app.pan.pl/issue/issue/current.html)

論文の内容・化石の写真につきましては、筆頭著者である村上瑞季にお問い合わせください(※著者連絡先参照)。標本を所有する中川町エコミュージアムセンターでは、現物化石を展示中です。こちらの展示に関しては著者の1人である疋田吉識までお問い合わせください。

著者連絡先

村上瑞季 博士(理学)早稲田大学教育・総合科学学術院 教育学部理学科地球科学教室 助手
E-mail:mizuki-m●aoni.waseda.jp Tel:03-3207-4950

嶋田智恵子 博士(地球環境科学)秋田大学国際資源学部付属鉱業博物館 研究員 産業技術総合研究所 客員研究員
E-mail:c-shimada●aist.go.jp Tel:018-889-2798

疋田吉識 博士(地球環境科学)中川町エコミュージアムセンター
E-mail:nmhikida●coral.ocn.ne.jp Tel:01656-7-2406

平野弘道 理学博士 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教育学部理学科地球科学教室 教授(故人)
※E-mailアドレスは●を@に変えてください。

以下、本研究についてご説明いたします。

研究概要

ネズミイルカ科は小型のイルカの仲間で、現生種として3属7種が知られています。ネズミイルカ科の現生種は、吻部が短く幅広で後頭部は丸いといった骨学的特徴を持ち、寿命と世代サイクルが短いことが知られています。こうした特徴は、祖先に比べて成長のより早い段階で性的に成熟するプロジェネシスという特殊な進化様式によるものと考えられています。今回報告した北海道の鮮新世前期(550-400万年前)の地層から産出したネズミイルカ科化石(※図1)は、現生種と違い吻部の骨が細長く、くちばしがあっただろうと考えられます。歯の象牙質に見られる年輪から、この個体は死亡時の年齢が4歳だったことがわかりました。一方で、骨格はすでに完全に成熟しており、性成熟を含め成長速度は現生種よりも早かったことがわかりました。

このように本研究により、ネズミイルカの早い性成熟と体成熟(肉体的な早熟)は鮮新世前期まで遡ることが明らかになり、さらに、短い寿命や生活サイクルを含めネズミイルカ科の特殊な進化様式は鮮新世前期に遡る可能性が示唆されました。

 今回報告した標本(手塩標本)は、比較的連続した18個の脊椎骨が見つかっており、世界的にも貴重な化石です。本研究では、現生種と化石種・本標本を含め、ネズミイルカ科における脊椎の進化について、はじめて詳細な検討を行いました。

その結果、現在大繁栄しているマイルカ科と違い、ネズミイルカ科の脊椎の形態は全般的に高速遊泳への適応度が低く、一様に高速遊泳に適した方向に向かって進化してきたのではないことがわかりました。すなわち、外洋性の強い高速遊泳に適した種が何度も独立して進化する一方で、沿岸地形に適した方向転換のしやすい柔軟な脊柱を持つ種も存在します。手塩標本の脊椎は、原始的な形質を持ちつつも高速遊泳に適応した形質も兼ね備えており、ある程度高速遊泳に適応していたと考えられます。

150327_1

※図1.天塩町産ネズミイルカ化石の上顎・下顎と脊椎(村上瑞季原図)。スケールは10cm。

研究詳細

天塩町産ネズミイルカ化石

天塩中川地域は、恐竜・首長竜・モササウルスといった白亜紀の化石が有名ですが、2012年にネズミイルカ科の新種化石が3種も記載されるなど近年はイルカ化石でも知られています。今回報告した論文はイルカ化石に関するものとしては4報目の国際誌論文となり、天塩中川地域はイルカの進化を考察する上で非常に重要な地域として世界的にも注目されています。

今回報告した化石は今から30~40年前に北海道北部の天塩町で安藤五郎さんによって発見され、後に中川町エコミュージアムセンターの前身である中川町郷土資料館に寄贈されました。1997年より地元の化石コレクターである西野孝信さんにより化石のクリーニングが進められ、2007年より著者らによって分類学的研究が始められました。この標本は、吻部・下顎骨・2本の遊離歯・7個すべての頸椎・8個の胸椎・3個の腰椎・7本以上の肋骨からなります。先端が膨らんだへら状の歯からネズミイルカ科と同定されました。ネズミイルカ科としては非常に細長い吻部が特徴的です。吻部より後方の頭骨が見つかっておらず、今のところ新種か既知種かは不明です。しかしながら、この化石と同一種の可能性が高い化石が昨年見つかり現在研究中です。また、連続した脊椎骨が見つかっているネズミイルカ科の化石は少ないことから、比較的連続した18個の脊椎骨が見つかっている本標本は世界的にも貴重なものといえます。

ネズミイルカ科の成長様式

ネズミイルカ科は哺乳類の中では珍しいプロジェネシスという成長様式をすることが知られています。プロジェネシスとは性成熟が祖先種と比べて個体成長の早い段階で始まる成長様式のことで、体の成長も祖先より早い段階で止まってしまいます。そのため、現生のネズミイルカ科は、短く幅広い吻部、全体的に丸い頭骨といった祖先種の子どもの特徴を成体になっても残しています。本研究では、ネズミイルカの特殊な成長様式が鮮新世でも獲得されていたのかどうかを調べるために、天塩町産ネズミイルカ化石の成長様式を調べました。化石のように骨格からの情報だけでは直接的に性成熟を判断することはでません。しかし、以下のような手順を用いて、間接的に性成熟に達していたか推定することが可能です。

哺乳類の椎骨は椎体とその前後の骨端板が癒合することで成長が止まり体成熟に達します。ネズミイルカ科を含む歯鯨類の椎骨では、すべての脊椎のうち後部胸椎と前部腰椎における骨端板と椎体の癒合が最後に起こります。したがって、手塩標本のように、この部分の骨端板と椎体が癒合していれば、化石でも体成熟に達していたと判断できます。体成熟はたいてい性成熟よりも後なので、手塩標本は既に性成熟に達していたと考えられます。歯鯨類において個体の年齢を調べる方法の一つに、歯の象牙質に形成される年輪を読む方法があります。手塩標本の歯の象牙質について年齢査定を試みたところ、この個体は4歳で死亡したことがわかりました(※図2)。

150327_2

※図2.天塩町産ネズミイルカ化石の歯とその断面に見られる年輪(村上瑞季原図)。

現生種のイシイルカとネズミイルカのメスでは、体成熟に達する平均年齢はそれぞれ7.24歳と8.1歳であり、手塩標本の成長速度は現生のネズミイルカ類よりも非常に速いことが明らかになりました。また、体成熟が4歳なので手塩標本の性成熟は4歳以前だったと推測されます。このように、本研究によりネズミイルカの早期の性成熟と体成熟(肉体的な早熟)が鮮新世前期まで遡ることが明らかになりました。ただし、手塩標本の吻部は現生のネズミイルカのプロジェネティックな特徴である幅広く丸い吻部とは異なり、非常に細長い吻部を持っているため、発生促進という別の成長様式によって早い成長速度と細長い吻部を獲得した可能性も考えられます。 今後、より多くのネズミイルカ科の化石種において年齢査定を行うことで、ネズミイルカ科の特殊な成長様式の起源が明らかになると期待されます。

ネズミイルカ科の脊椎の進化

鯨類は水中生活への適応の過渡期のものを除くと、体幹の後方を上下に振動させることで水中を泳ぎます。このため、鯨類における遊泳能力は、体幹を振動させる際の支えとなる脊椎や脊椎が連なった脊柱という形態を見ることによって推測することができます。高速遊泳する鯨類の脊椎には、以下のような特徴が見られることがわかっています;(1)頸椎、胸椎、前部腰椎の椎体の短縮、(2)体幹前方の椎体の関節面の扁平化、(3)椎体数の増化、(4)尾柄部の椎体の伸長、(5)棘突起の上下方向への伸長 、(6)尾椎前方の神経弓が前を向く。

本研究では、ネズミイルカ科の脊椎について詳細に観察・比較し、ネズミイルカ科の種間における脊椎の形態の違いを明らかにしました。 例えば、胸椎の数は北海道産化石種のヌマタネズミイルカで11個、現生のイシイルカで16個、その他のネズミイルカ類では12~14個の間です。ヌマタネズミイルカと化石種である手塩標本では胸椎の椎体が相対的に長く、現生種のイシイルカと化石種のピスコライサックス・ロンギロストリスでは独立に相対的に短い椎体を獲得しており、その他の種類はこれらの中間です。棘突起はイシイルカが相対的に最も高く、次にコガシラネズミイルカ、手塩標本の順であり、その他の種は相対的に低い棘突起を持ちます。マイルカ科と同じように尾椎前方の神経弓が前を向くものはイシイルカとネズミイルカしかいません。このように、ネズミイルカ科において、高速遊泳に適した形質はイシイルカにおいて頂点に達しますが、系統樹に基づいたシミュレーションによると形質によっては他の種類でも独立に獲得されたことがわかりました。しかしながら、全体的に見ると現在大繁栄しているマイルカ科と違い、ネズミイルカ科の脊椎の形態は全般的に高速遊泳への適応度が低く、一様に高速遊泳に適した方向に進化してきたのではないことがわかりました。

つまり、外洋性の強いイシイルカのような種では、マイルカ科のように高速遊泳に適した形質が発達し、沿岸性であるスナメリやヌマタネズミイルカは沿岸地形に適した小回りのきく柔軟な脊柱を持つように進化してきたのだろうと考えられます。新標本は、原始的な形質を持ちつつも高速遊泳に適応した形質も兼ね備えており,ある程度高速遊泳に適応していたと考えられます。ネズミイルカ科とマイルカ科における高速遊泳に関する形態の差異は、現在の外洋における2つの科の種多様性の違いの原因の一つかもしれません。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる