分子中での電子の空間分布を測定する新たな方法を開発 超高速の物理現象の解明に期待―理工学術院・新倉准教授(JSTさきがけ)

分子中での電子の空間分布を測定する新たな方法を開発
超高速の物理現象の解明に期待―理工学術院・新倉准教授(JSTさきがけ)

2010/07/27

JST課題解決型基礎研究の一環として、早稲田大学 先進理工学部の新倉弘倫准教授らは、分子中に存在する電子がどのような空間分布をしているのかを測定する新たな方法を開発しました。

分子は複数の原子核と電子から成り立ち、分子中の電子はそのエネルギーに応じてある存在確率で原子核の周りの空間に存在しています(分子軌道)。分子軌道の空間分布の形(対称性、注1)や広がりは、化学反応の進み方や選択性、光物性などに大きな影響を与えており、分子軌道の性質を元にして、多様な物理・化学現象が説明されています。従って分子軌道とその変化を直接観測することは、物質科学における最先端計測の基盤技術となるばかりでなく、新たな機能を持つ物質の開発や創薬などにも役立つものと期待されます。

分子軌道トモグラフィー法(注2)は近年、分子軌道そのものの三次元イメージを測定する方法として注目を集めています。ところが、この方法はσg対称性を持つ窒素分子の対称性測定には成功しましたが、二酸化炭素や酸素などπg対称性を持つ多くの分子については測定が困難でした。

本研究では、さまざまな分子の分子軌道の対称性測定につながる新たな実験方法を開発しました。高強度のレーザーパルスを分子に照射すると、分子内の波動関数(分子軌道)で表される電子波動関数の一部がイオン化し、分子の外に引き出されます。飛び出した電子波動関数の一部はレーザー電場によって加速されて元の分子に衝突し(再衝突電子、注3)、高次高調波(注4)と呼ばれる軟X線が発生します。今回、発生した高次高調波の偏光方向が、分子軌道の対称性と再衝突する電子の衝突角度に依存することに着目し、波長の異なる2つのレーザーパルスを用いて、その時間差を数10アト秒(1アト秒=10-18秒)以内の精度で変えることで、電子の分子への衝突角度を分子軸に対して0~50度の範囲で制御しました。それぞれの時間差で高次高調波の偏光方向を測定し、再衝突角度と偏光方向の関係を求めたところ、その関係は重水素分子・窒素分子・二酸化炭素分子など分子によって異なることを発見しました。その結果、窒素分子がσg対称性を持ち、二酸化炭素分子がπg対称性を持つことを確認しました。

再衝突電子はアト秒の時間幅を持つことから今後、この方法によりアト秒の時間分解能で、分子軌道が時間とともに変化していく様子の測定が可能になるものと期待されます。本研究の発展により、従来は測定が困難だった対称性を持つ分子軌道の三次元イメージおよび多電子相関の測定や、化学反応における空間的な電子波動関数の変化の測定につながり、アト秒時間領域で、新たな超高速物理現象のさらなる解明が期待されます。

本研究は、カナダ国立研究機構と共同で行われ、本研究成果は、2010年7月30日(米国東部時間)発行(予定の米国物理学会誌「Physical Review Letters」に受理され、オンライン版で近日中に公開されます。

用語解説

注1)対称性

分子軌道の空間への広がり方を表します。窒素分子のσg軌道および二酸化炭素分子のπg軌道を概念的に示すと、以下のようになります。ここで赤と青の部分は、それぞれ波動関数の符号が異なることを示しており、例えば赤がプラスの場合は青がマイナスになります。それぞれX方向を見ると、σgの場合には波動関数が広がっていますが、πgの場合にはちょうど青い部分と赤い部分の境目(波動関数の節)になっています。従って、σg対称性の場合にはX軸方向にイオン化できますが、πg対称性の場合はX軸(およびY軸)へは波動関数の節があるため、イオン化の確率が極小になります。このことが、πg軌道に対して従来の分子軌道トモグラフィー法を適用することを困難にしています。

注2)分子軌道トモグラフィー法

配列を揃えた分子に直線偏光のレーザーパルスを照射して、分子軌道の振幅の空間分布をサブオングストロームの空間分解能で測定する方法です。波動関数(?)の自乗は確率解釈によれば、そこに物質が存在する確率を与えます。この方法は、波動関数の確率分布(|?|2)ではなくて、振幅そのもの(?)を測定する方法として注目を集めています。2004年にNatureで発表されました(Nature 432、867(2004))。

注3)再衝突電子

原子や分子に高強度レーザーパルスを照射した時に発生する電子パルスです。

注4)高次高調波

高強度レーザー電場を原子または分子に照射すると、トンネルイオン化―電子再衝突過程により、摂動論的な非線形光学過程で説明されるよりも効率よく、エネルギーの高い(次数の高い)レーザー光が生成します。アト秒のパルス幅を持つコヒーレントな軟X線となります。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域:「光の利用と物質材料・生命機能」
(研究総括:増原 宏 奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 特任教授)

研究課題名:「軟X線レーザーによる時間分解分子軌道イメージング」

研究者:新倉 弘倫(早稲田大学 先進理工学部 准教授)

研究期間:平成20年10月~平成24年3月

この研究領域は光との相関を新しい光源から探ることにより、情報通信、ナノテクノロジー・材料、ライフサイエンス、環境、エネルギーなどの諸分野において、これまでにない革新技術の芽の創出を目指す研究を推進しています。

論文名および著者名

“Mapping molecular orbital symmetry on high harmonic spectra using two-color laser fields”
(二色レーザー電場を用いた、高次高調波スペクトル上への分子軌道対称性のマッピング)

Hiromichi Niikura, Nirit Dudovich, David Villeneuve, Paul Corkum

お問い合わせ先

研究に関すること

新倉 弘倫(ニイクラ ヒロミチ)

早稲田大学 先進理工学部 応用物理学科 准教授
〒169-8555 東京都新宿区大久保3-4-1
Tel:03-5286-2982
E-mail: [email protected]

JSTの事業に関すること

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)

科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)

〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル

Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067

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以 上

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