11月22日は、いい夫婦の日!?
早稲田大学創設者・大隈重信と夫人・綾子は仲睦まじい夫婦として当時評判だったといいます。「いい夫婦の日」にちなんで、早稲田キャンパス内に設置された大隈重信銅像と綾子銅像をご紹介します。
大隈重信全身像 Statue of Shigenobu Okuma(The Founder of Waseda University) ※新宿区指定有形文化財(彫刻)
この銅像と大隈記念講堂、あるいは両者を遠近法で重ね合わせた風景はそれだけで早稲田大学と分かるほど有名であり、早稲田大学の象徴となっています。
大隈重信(1838-1922 年)は早稲田大学の創設者であり、近代日本国家の設計をした人物ですが、その業績は大きく明治政府の官僚、政治家、教育者に整理することが出来ます。
官僚として、外国官の官吏、大蔵大輔、民部大輔、参議、大蔵卿を務め、駐日英国公使パークスとの外交交渉、通貨単位「円貨」の制定(貨幣制度の改革)、会計検査院の創設、郵便事業の創始、電信の架設、鉄道の施設(新橋-横浜間)、太陽暦の導入など、国家の骨格となる事業を推進しました。
また政治家としては、1881年の「明治十四年の政変」で下野してからは政党政治の実現をめざし立憲改進党を創設、外務大臣、内閣総理大臣(第1次・第2次)などを歴任し、国のために力を尽くしました。
教育者としては早稲田大学の創設が最も有名ですが、高等教育・専門教育の一方で、「道徳的人格を備えなければならぬ。」「教育は人格の養成を根義とする。」など、繰り返し説いていたことはあまり知られていません。
銅像は2代目の大隈銅像で、彫刻家・朝倉文夫の力作。1932年に早稲田大学創立 50 周年と大隈没後 10 周忌に合わせて建立されました。キャンパスの中央から、早稲田で学ぶ学生たちを見守り、また護っています。
大隈講堂内大隈重信全身像 Statue of Shigenobu Okuma in Okuma Auditorium
1907年に早稲田大学創立 25 周年と大隈重信の古稀を記念して設置された初代の大隈重信像です(上述の角帽とガウン姿の銅像は2代目)。製作は小野惣次郎、鋳造は鈴木長吉。昭和初頭まで、この銅像がキャンパスの中央に設置されていました。1916年に芝公園に設置された衣冠束帯姿の銅像もありましたが、戦時中の金属供出により現存しません(朝倉文夫の作)。また 1938年に大日本帝国憲法発布 50 年を記念して、銅像が国会議事堂内に設置されています(朝倉文夫の作)。なお、初代を模した銅像が佐賀市大隈重信記念館にも設置されています。
大隈綾子銅像 Statue of Madam Okuma
大隈重信の夫人・大隈綾子(1850-1923 年)は、旗本三枝七四郎の次女として生まれ、19 歳で大隈と結婚しました。以来 50 余年、公私ともに大隈を支え、大隈の行くところには必ず綾子夫人が付き添い、仲睦まじい夫婦として当時評判であったといいます。その控えめな見かけによらず、佐賀の乱で刑死した江藤新平の息子・新作を引き取り親身に世話して世に出したり、夫・重信に対する爆弾事件で自殺した来島恒喜の霊を弔うなど、度量の大きい、かつ几帳面な人柄であったとも言われています。大隈の死の翌年、あとを追うように 73 歳で亡くなりました。銅像は大隈銅像と同じ彫刻家・朝倉文夫の作で、1927年の創立 45 周年にあたり、嗣子・大隈信常氏より寄贈・建立されました。
早稲田大学では「キャンパスのミュージアム化」を推進しています。大隈重信・綾子銅像はもちろん、キャンパス各所に設置された貴重な品々を是非、ご覧ください。
「キャンパスがミュージアム」シリーズ
学内の美術品は大学発行の冊子「キャンパスがミュージアム」シリーズでもご覧いただけます(大隈庭園脇の早稲田大学オフィシャルグッズショップ「Uni.Shop125」で販売)。