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早稲田と同志社展 -新島襄の弟子たち-

flier5早稲田大学と同志社大学は 1997年に「国内留学」の協定を結びました。

この十年間で数多くの両大学の学生たちが東京と京都で学んできました。協定による交流はわずか10年ですが、両大学の結びつきは、両大学の創設者、大隈重信と新島襄の深い親交に始まっています。

詳細

日時 2008年3月22日(土)~4月26日(土)
会場 早稲田大学 大隈記念タワー10階 125記念展示室
時間 10:00~18:00
閉室 日曜・祝日
共催 早稲田大学文化推進部
同志社大学同志社社史資料センター
お問い合わせ 早稲田大学文化企画課 電話:03-5272-4783

東京専門学校の建設中の頃、新島が訪れたことで始まり、後に大隈が同志社大学設立資金募集活動に協力したことで、両者の親交は深まりました。大隈にとって新島は福沢諭吉と共に最も推服する教育者となりました。新島亡き後も徴兵制の改正に端を発した同志社紛争の調停に尽力し、同志社の社友となった大隈は、京都に行くと必ず同志社に立ち寄り演説したように「親類のような親近の情がわく」存在となったと語っています。

東京専門学校は、東京帝国大学出身の高田早苗、天野為之、坪内逍遙という「三尊」によって基礎が築かれました。大隈は学問の独立を唱え、自主独立の精神を持つ近代的国民の養成のため、権力や時勢に左右されない、科学的な教育・研究を目指しました。しかし、明治政府から危険視され、官吏は教壇に立つ事を禁じられ、帝国大学総長の監督下におかれるなどの圧迫を受けました。そのような頃に家永豊吉、大西祝、岸本能武太、浮田和民、安部磯雄らのアメリカ留学経験のある優秀な新島の弟子たちが早稲田の教壇に立ち,その才能を開花させ、新しい学風の樹立に貢献しました。

家永はアメリカ政治学を早稲田に導入し高田早苗に影響を与え、大西は坪内逍遙とともに早稲田文科(文学部)の基礎を築き、岸本は宗教社会学を伝え、浮田は「大隈の懐刀」と呼ばれるように学内外で活躍、雑誌『太陽』の編集主幹となり大正デモクラシーのオピニオンリーダーとなりました。安部磯雄は野球というアメリカ文化を日本に定着させ、社会民主党を結党するなど政治家としても活躍、日本における社会主義の父となりました。

今回は、同志社で学んだ新島襄の弟子達の業績と彼らを通して早稲田大学にながれた新島の精神を伝える貴重な資料をご紹介します。同時に政治家としてだけではなく、深い理念を持って本学を創設した「教育者 大隈重信」も再認織していただきたと思います。

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