Drama-Kan Theatre早稲田小劇場
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matawa×早稲田小劇場どらま館 「エンゲキを“構想“する」

文化構想って何してるの?」

早稲田大学の文化構想学部生なら誰もが一度は聞かれる質問だ。書き手である私も文化構想学部所属であるため何度も聞かれてきた。

そもそも、文化を“構想”するとは何なのか…

その文化構想学部に所属する4年生3人によって結成された演劇ユニット”matawa“とどらま館制作部がコラボしてお届けするインタビュー連載企画「エンゲキを”構想”する」。

2021年2月どらま館で上演予定の彼らの演劇作品が”構想”されるまでの過程を追っていく。

文化を“構想”するとは一体何なのか。卒業前に彼らなりの解を提案していただきたい。

第1回はユニットについてや今現在参加しているKYOTO Design Lab主催のオンラインワークショップ「(Re)generating Japan」の進捗について訊いていく。

マツモトタクロウ(写真中央)
1998年10月28日生まれ/文化構想学部、文芸・ジャーナリズム論系/劇団木霊65期/研究内容…映画批評・創作

高嶋友行(写真右)
1998年5月28日生まれ/文化構想学部、文芸・ジャーナリズム論系/劇団木霊65/研究内容…文芸批評・創作

渡辺大成(写真左)
1998年8月4日生まれ/文化構想学部、現代人間論系/劇団木霊65期/研究内容…メディアアート・社会学・身体心理学

“ matawa=又は、”

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それでは、まず初めに“matawa”という団体名の由来について教えてください。

マツモト

マツモト=ma・髙嶋=ta・渡辺=waとそれぞれの名字から取りました。記号的に決めた気がします。見栄え的にも可愛く、ミニマルな感じがいいなと。

高嶋

名前の候補はいくつかありましたが、古典作品に新しい解釈を加えて世の中にアプローチしていくという考えは一貫してありました。

渡辺

つまり、古典作品に解釈を加えるという点で、matawaはotherwise=もしくは=”又は”という意味が含まれています。

どらま館

先日のミーティングで「演劇ユニットという枠組みだけに囚われてはいない」とお聞きしましたが、演劇以外でどのように創作をする団体なのでしょうか?

マツモト

各々の創作のプラットフォームとして捉えています。渡辺はデザイン、高嶋は音楽、僕は映像などです。

高嶋

アウトプットの仕方としては演劇だと思います。ただ、それは演劇に拘っているというわけではなく、僕たちの学生という身分やそもそもの出自が劇団木霊ということに関係しています。表したいもの=シニフィエは違っても、アプローチが演劇になるのは自然な成り行きでした。

渡辺

より色んな角度から創りたいし、観てもらいたいという思いがあります。

グルーヴを劇場へ持ち込む

どらま館

“色んな角度”というと3人にはどのような視点があるのでしょうか?

マツモト

例えば、『グレート・ギャツビー』(劇団木霊2019年本公演。matawaの3人が企画演出を手がける)では、衣装や音楽を凝るから服飾界隈や音楽界隈に観てもらいたいという思いがありました。演劇だから演劇界隈の人だけに観てもらうのではなく、僕たちも創る時に極力アンテナをしっかり張るようにしています。

高嶋

僕はよくクラブに遊びに行くのですが、クラブはただ身体を動かしてお酒飲むという場所ではなく、その裏でネットワークが築かれています。例えば、友達のフォトグラファーと今度何かやろうよ?というようなやりとりが許容されるサロン、社交場として機能してます。

どらま館

なるほど。

高嶋

そんなスタンスを劇場に持ち込めないかと考えています。つまり、根本的に持っているものは同じ筈ですが、そのアプローチが演劇、服、美容師、フォトグラファーであったりします。そんな人達にとって、演劇を観てもらっても新しい発見があるはずです。そうゆう人たちにも訴求できるようなクリエイティブを“演劇”という色んな分野を内包しているメディアで発信することには意義があると思います。

どらま館

そのグルーヴを生み出すようなスタンスは今現在の劇場は持ち込めていると思いますか?

高嶋

勿論一概には言えませんが、僕はそこまで持ち込めていないのではないかと思います。演者の人が知り合いとばかり話してしまい、新規の人は入りづらいという意見は散見されます。「亜人間都市」や「ペペペの会」という演劇団体は、演者や演出家と観客で終演後に話せる時間を設けていましたね。クラブ(特に小さい会場)では、知り合いの知り合いの知り合いぐらいまでの人が集まっていて、各々が数珠繋ぎで紹介しあっていきます。

渡辺

そのような健全なグルーヴはワークショップのような双方向的なやりとりの場の方が生まれやすいのかなとも思います。演劇作品はどうしても一方通行的なやりとりになってしまうので。

 

▲早稲田大学大隈講堂裏劇団木霊アトリエ前
劇団木霊…1953年設立。早稲田大学の公認演劇サークル。専用のアトリエで稽古や公演を実施している。matawaの3人は全員2017年入団の同期。

ボケとツッコミ

どらま館

では、そんなmatawaの皆さんが作品を”構想”する上で大切にしていることは何ですか?

渡辺

“3人でいること”です。1人だとアンテナの量に限界が来るので、3人で”企画部”としてやっています。1人の場合、自分が考えて生み出し続けないと企画は進みませんが、3人であればふと気を抜いて外から見ることができ、客観性を失わないように進められます。客観的な視点が常にあることで、生み出される様々なアイディアが常に反証可能性を持ち淘汰されていくため、自ずと洗練されたものが残る、というシステムになっているのかなと思います。

高嶋

渡辺は面白いと思ったことを具体的な形にするのが上手くて、マツモトは周縁的な社会との繋がりとしてハブになるのが上手いです。みんなカバーする所が違うことも功を奏して去年は上手くいきました。

どらま館

それぞれにとっての今の3人のような存在が周りにいたことはありますか?

マツモト

高校生の時にアウトプットする機会があんまりなかったんですが、ずっと一緒に居られる人は自分と対称的な人でした。それぞれの役割が別個にあって、2人でいることの相乗効果でより良いものが作れる人と仲良くなることは多いですね。言い換えれば、ボケとツッコミに似てると思います。僕はどちらかというボケたい人で、その意図を汲み取って指摘してくれる人が好きです。演劇創作に置き換えると、ボケは0から1を生み出す作業で、ツッコミはそれを一般化・実用化する作業です。

渡辺

松本と同じく、僕も正反対の人と一緒に何かやることが多かったです。そして、持つ技術を持ち寄って何か作ることよりも、共通言語を生み出す体験の方を重視していました。それは今も同じで、共通言語を持つ人同士で集まっているのかもしれません。

第五の壁

どらま館

KYOTO design labのオンラインワークショップ「(Re)generating Japan」ではどのような取組みをしているのですか?

渡辺

“デザイン”と言うようように、ものづくりのために学んでいる方が多い場所で、来たるべき未来を妄想しています。例えば、どこでもドアが存在してる未来を考える時、社会ではどんな問題が起こりえるのかという世界設定を妄想するようなワークショップです。その世界設定を考えた後、参加者同士で問題を指摘し合います。

Re)generating Japan ─コロナウィルス後の新しい「新しい生活様式」を思索する…京都工芸繊維大学が教育研究拠点として設立した「KYOTO Design Lab」主催のオンラインワークショップ。ミーティング、メンタリング、講評会、最終成果物の展覧会まで、すべてオンラインでの開催。京都工芸繊維大学生のみならず、他大学の学生も参加可能。

マツモト

僕らがいつもやってる演劇はフィクションなのに対して、デザインは具現化なので、根本的に異なっています。ワークショップでは、デザインという凝り固まった言葉に妄想=人文学的な要素を取り入れて、自由な発想で取り組めることを目的としています。

どらま館

8/20現在(インタビュー時)までどのような話し合いを進めているーのでしょうか?

渡辺

未来の新しい「新しい生活様式」と得意領域である演劇を掛け合わせて考えていきました。まず、3人の興味分野を共有して領域ごとに分類化し、辿り着いたのが”コミュニケーション”です。そこで、デフォルメしたようなディストピア(例:未来の人はオフラインで話すのが極端に下手になる)を妄想して、何が起こりうるか、演劇はどのように受け入れられるかを考えています。

マツモト

そして、演劇というものを分解して、どの要素がどう活かされるか考えました。その中で、会話の身体性が話題に上りました。直接人と会う機会が減ることで、今まで無意識に動かせていた身体が上手く動かせなくなるのではないかと考えています。僕自身、自粛期間が開けて久しぶりに直接人と話すと目の合わせ方に困りました。そのような失われた身体性が演劇で普段やっている方法論から取り戻すことが出来るのではないかと思っています。

渡辺

議論の中で”第五の壁”という概念について話しました。いわゆる第四の壁(舞台と客席を分ける一線のこと)と指している場所は同じなのですが、身体を隔てるものが秩序から膜に変わっていくのです。ウイルス対策のビニール膜を垂らした瞬間、全く別の意味を持って概念上のものが可視化されるという考えです。

高嶋

“第五の壁”に関連して、マスクは今一番面白いモチーフだと思っています。中世では身分を偽ってバイアス無しで社交するためのツールでしたが、現在では感染防止の側面はありながらも、疫病下で会合をするための社会的免罪符のようなツールに変容しています。

渡辺

マスクに関しては”隔てるものの可視化”というよりも、むしろ付けることでコミュニケーションを円滑にするツールだと思っています。新しい顔のようなイメージです。そう考えると、物理的には声が聴こえにくくなるけど、社会的には声が通りやすくなるという相反する機能がありますね。

演劇とコミュニケーションと愛

どらま館

ワークショップ内では「事実と対象と妄想が絡み合った、新しい『新しい生活様式』の軸となる一文を書く」という取り組みをしていると聞きましたが、どんな一文になっているのでしょうか?

高嶋

現段階では、「ロミオの言葉を語るイルカとブロックチェーン上で婚姻したジュリエットはキスを知りたい」という文章です。

マツモト

まず、イルカは人間のコミュニケーションを再考する上で色々なヒントになりうると思い要素として加えました。人間が人間以外の動物へ憧れを持つことは往々にしてあって、先の文章は人間と動物の婚姻が可能な世界を描いています。その動物の中でも人間と環世界が大きく異なる動物がイルカです。

どらま館

それでは、”ブロックチェーン上で婚姻”とはどのような意味なのでしょうか?

マツモト

ブロックチェーンはビットコインなどに使われている技術で、中央集権型ではなく、ネットワーク型のシステムということに注視しました。結婚に当てはめると、今の婚姻・戸籍は国が一括管理していますが、個人での管理がブロックチェーンにて可能になると妄想しています。

高嶋

そのシステムを婚姻や家族制度に持ち込むと、同性婚や一妻多夫、動物との結婚、婚外子、マイノリティを包括する時代が2050年に訪れるのではないかと考えられます。

渡辺

愛とは対人コミュニケーションの象徴として考えているのですが、愛が形骸化して合理化した未来を妄想しました。そこでは、”キスをしてみたい”という状況が生まれるのではないでしょうか。

高嶋

これは、昔のSF観と逆を行ってるのではないかとも感じています。昔のSF観はジョージ・オーウェルなどの作品に代表されるような”大きな物語下の合理化”された社会を構想しています。しかし、今現在は”小さな物語下での合理化”が起こっていくのではないかと考えています。(シェアリングエコノミーやベーシックインカムなど)

マツモト

ブロックチェーンのようなシステムは態度として、これからの時代に合っているように思います。誰かが権力を握る時代から、それを解体して相互監視するような時代へと変容しているのではないでしょうか。

どらま館

演劇から恋愛の話にどのような過程でたどり着いたのでしょうか?

マツモト

演劇とコミュニケーションの観点から、恋愛というプライベートな場所でさえも、コミュニケーション不全は起きうるということに着眼して恋愛をテーマにしました。

高嶋

恋愛は世代によって価値観が異なり、面白いと思います。また、美醜の基準やエロティックの概念も世代からダイレクトに影響受けやすいです。つまり、恋愛は一つの概念として存在し続けてるのに柔軟にその価値観が動いているため、変化値が分かりやすいと考えました。

マツモト

また、恋愛を語ることで直接的に触れなくてもその人のジェンダー観を語ることが可能だと考えています。

渡辺

(ワークショップ内の発表で)そのわりには、『ロミオとジュリエット』のような古典的な異性愛をテーマとして扱っているんですねとツッコまれました。

マツモト

そこがある意味面白くて、古典的な恋愛をあえてモチーフとして取り扱うことによって、批判的に語ることが可能だと思っています。

高嶋

古典の内容自体は変えられませんが、今の世相に合った”別解”を見出して、良い方向に導いていくようなクリエイターは多くいます。その変化値が可視化されるのが古典の面白い所だと思います。

いま演劇で表現するべきこと

どらま館

今後のワークショップではどのような形で進めていこうと考えていますか?

マツモト

いま現在の僕たちの取り組みはフィクションに寄っているので、デザインに近づけていく作業をしていきます。ワークショップでは、構想するものの実現可能性についてはあまり問わないのですが、リサーチを充分にした上で説得力を付けられるようにしたいです。また、これまでの演劇創作においてリサーチを怠ってきた節があるので、この夏を通してその批判的な視座を養っていきたいです。

渡辺

今回、社会的背景から生まれる技術等も問われているので、そこを詰めたいです。それらを踏まえて、”空想”ではなく”妄想”になるようにしていきたいと思います。

高嶋

ワークショップは勿論、そのあとの演劇公演まで一貫して繋げていきたいです。その際に人を集めなければいけないメディア=演劇でわざわざ表現するべきことは何なのかを常に留意していきたいです。そして、社会とそれに対する大学4年生現時点での僕たちの答えを記念碑的に建てられればいいなと思います。

取材・執筆:重村眞輝(どらま館制作部)

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