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「特集 Feature」 Vol.11-5 世界的な文脈で対話する、国際日本学の未来へ(全6回配信)

日本近代文学研究者
十重田裕一(とえだひろかず)/文学学術院 文化構想学部 教授

日本文学の翻訳 村上春樹を読む

1シリーズ第5回からはUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)アジア言語文化学部のマイケル エメリック上級准教授が登場し、文学学術院 文化構想学部 十重田裕一教授とともにお話を伺います。近代日本文学を専門とする十重田先生は、10年前にアメリカのコロンビア大学に招かれて講演をされましたが、それをきっかけに、海外の日本文学研究者と広く交流を深めるようになりました。その中でも特に親しくしているのが、今回お出でいただいたエメリック先生です。エメリック先生は、川端康成、よしもとばななといった近現代の作家の作品から『源氏物語』まで、日本文学の翻訳を幅広く手掛けてきました。グローバルな視点でみる日本文学や大学教育について、2回に分けてお話を伺いました。

(対談日時:2015年7月14日)

 

エメリック: 2015年5月にロサンゼルスで、十重田先生と一緒に“TOKYO TEXTSCAPES”という国際シンポジウムを開きました。発案されたのは十重田先生です。タイトルのTEXTSCAPESというのは造語ですが、一言でいえば、近代文学の舞台となった東京を描いた文学テクストに様々な方向からアプローチすることで、近代日本文学について再考しようという目的でしたね。

十重田: そうですね。それを東京から遠く離れたロサンゼルスで行うことに、面白味があるのではないかと思いました。

エメリック: 東京で東京を語ることと、ロスで東京を語ることでは、意味合いが異なると思います。このシンポジウムでは、そうした印象を強く持ちました。また、発表者の多くは日本を拠点に活躍されている日本の方々でしたが、そのうちの大部分の方が、海外で東京について発表するのは初めてだとおっしゃっていました。皆さん、いい機会になったようでした。

 

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写真:国際シンポジウム“TOKYO TEXTSCAPES”のポスター
2015年5月8、9日にUCLAと早稲田大学の共催で行われた。東京を描いた文学テクストを対象に、様々な方法からアプローチし、同時代および近代以前の時代との関連や、世界の異なる地域との比較・検討を通じて、近代日本の文学を再考することを目的として開催された。ポスターデザインはエメリック准教授が制作した。

 

十重田: 発表では、1950年代から60年代にかけての、高度経済成長期の東京の変容と文学との関係をめぐる報告が多く見られました。いずれもたいへん興味深いものでした。また、聴講者は日本語を母語とする方と英語を母語とする方がそれぞれほぼ半数を占めました。この点でも、東京を舞台とする文学作品について世界的な文脈の中で考える場を提供できたと思います。

世界的な視点で日本文学を考える機会を創り、国や言語、そして対象とする時代やジャンルで細断されている日本文学研究者の間での情報共有を図ることに力を入れています。

エメリック: 日本文学をグローバルな視点でみるということを考えるのに、村上春樹という作者は良い例になるのではないかと思います。村上春樹の小説は世界中で読まれていますが、当然のことながら翻訳を通じてであり、そのことが実はとても大きな意味を持っています。

以前、村上春樹のインドネシア語の翻訳者の話を聞く機会がありました。インドネシア語版ではセックスシーンは出せないということで『ノルウェイの森』でも該当箇所が全部カットされているそうです。すると、セックスシーンのない『ノルウェイの森』が生まれることになりますが、それはいったい誰の作品と呼べばいいのでしょうか。翻訳とは、そういう問題を常に伴っているのです。

十重田: 昨年、エメリック先生が早稲田大学で講演してくださったときも、「村上春樹」と「ハルキムラカミ」の受容の差に言及されましたが、それは非常に重要な問題提起だと思いました。

たとえば英語版でも、作品が翻訳される順番が日本国内での刊行の順序と異なるため、英語の読者は私たちが日本語で読むのと全く違う順番で読んでいます。また、訳されていない作品があることによって村上春樹という作家の像も異なることがあるでしょうし、先のインドネシア語版のように、部分的に削られたりすることで、作品の評価自体が言語圏によって変わる可能性もあります。そのため、村上春樹の作品が各言語で翻訳されて読まれているとしても、受け手側のイメージが大きく異なることが考えられます。

村上春樹はその舞台設定や人物造形の「無国籍性」ゆえにグローバル化の時代に適合している作家だという評価も耳にしますが、私は、もしかすると、グローバルに受容されること自体を検討、評価するよりも、その差異を考えることの方が今後重要になるのでないかと思います。

エメリック: 村上春樹の場合、英語版の翻訳者が複数いますが、翻訳者によって違いがあることも、とても興味深いです。『ノルウェイの森』を例にとると、アルフレッド バーンバウム(アメリカ人の日本文学翻訳家、メディアアーティスト)氏の訳と、ジェイ ルービン(アメリカの日本文学翻訳家、研究者、ハーバード大学名誉教授)氏の訳があり、この二つは根本的な視点が大きく異なっています。

たとえば冒頭のドイツに到着する場面を、バーンバウム氏は“いま現在、ドイツに到着している”というように書き、ルービン氏は“そのとき私は……”のように過去を振り返る形で書いています。これは、時制がないといえる日本語から時制のある英語へと翻訳しようとするときに初めて生じる問題であり、翻訳者は、その時点でどのように訳すかを考えることになります。

また、翻訳者自身の立場の違いなどが、訳す際の微妙な言葉の選び方の違いに現れることもあります。ルービン氏はハーバード大学の名誉教授で、バーンバウム氏はフリーランスの翻訳家です。二人の訳における語り手の位置や文体、選ぶ単語の違いは、立場の違いにも関係しているといえるでしょう。

このように、翻訳者の存在によって作品の印象は大きく変わる。つまり、「村上春樹」と「ハルキムラカミ」の違いというのは、単に言葉の綾ではなく、読んでいるものが本当に全然違う、という場合があるのです。

そう考えると、村上春樹がなぜ国際的に人気があるのか、村上春樹のエッセンスは何なのか、という問題設定自体がそもそもおかしいとも言えます。ある作品がグローバルなものになるというのは、一つのものがグローバルに受容されるのではなく、様々な形に変容しながら拡散していく過程なのだという言い方ができると思います。

十重田: その通りだと思います。様々な他者の手による必然的な変容が作品に反映されることで世界に拡散している村上春樹の作品に対し、逆に、世界から流入した新しい芸術や文化といった社会の変容を積極的に自身の作品に取り込んでいった例として、近代文学における「新感覚派」を考えられるかもしれません。

 

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写真:右から池谷信三郎、横光利一、片岡鉄兵、川端康成、菊池寛/文芸春秋主催の東北講演旅行中、福島講演会の折
(出典:公益財団法人日本近代文学館、所蔵番号:P0001016、撮影場所:福島、撮影年:1927年6月)

 

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写真:映画『狂った一頁』(出典:国立近代フィルムセンター)

1920年代の日本では、ヨーロッパからもたらされたラジオや出版文化、映画などの技術が大きく展開しました。「新感覚派」と呼ばれる横光利一や川端康成らは、他の文学者や若い映画監督らとともに「新感覚派映画聯盟」を結成し、1926年に映画『狂つた一頁』を制作しました。弁士や字幕を用いず、映像表現のみでストーリーを伝えようとした実験的な作品です。

彼らは、新しい映画の表現に積極的に身を投じ、その経験を自分の小説の表現に生かしました。たとえば、横光利一の代表作『機械』(白水社、1931年)は、映像の連続性をモデルとして的確に人間の意識の流れを言語化しています。作品中に「活動写真」という言葉も見られ、全体的に映画の要素が感じられる小説だといえます。

 

次回は、日本でもアメリカでも幅広く活躍されているおふたりに、日米の大学教育についてお話を伺います。

 

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プロフィール

プロ1改マイケル エメリック(Michael Emmerich)
1975年ニューヨーク生まれ。コロンビア大学で博士号(東アジア言語と文化)を取得後、プリンストン大学のSociety of fellowsを経て、2013年からカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アジア言語文化学部 上級准教授。『源氏物語』から現代文学まで幅広い研究活動を行う日本文学研究者でありながら、近現代文学の井上靖、高橋源一郎、よしもとばなな等の翻訳を手掛けるなど翻訳家としても活躍中。川上弘美「真鶴」の翻訳で2010年度日米友好基金文学翻訳賞受賞。2013年、古川日出男「ベルカ、吠えないのか?」の翻訳でSF&ファンタジー英訳作品賞最終候補。第25回早稲田文学新人賞選考委員。また「柳井正イニシアティブ グローバル・ジャパン・ヒューマニティーズ・プロジェクト(本学校友の柳井正氏(株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長)の個人のご寄付により、日本文化学のグローバル化に取り組むプロジェクト)」の発起人で、2015年秋に「変体仮名あぷり・The Hentaigana App」をリリースした。

 

プロ2十重田 裕一(とえだ ひろかず)
1964年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部(当時)卒業後、同大学院文学研究科日本文学専攻に進学。博士(文学)。大妻女子大学専任講師、早稲田大学助教授を経て2003年から同教授。2015年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)客員教授、2015・2016年コロンビア大学客員研究員を務める等、海外との連携も精力的に行う。UCLAにて国際シンポジウム「READING PLACE IN EDO & TOKYO」開催等。1994年窪田空穂賞受賞。専門は日本近代文学(新感覚派を中心とするモダニズム文学、日本近代文学とメディア、占領期検閲と文学との相互関連性など)。著書に『岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ』(ミネルヴァ書房、2013年)、『<名作>はつくられる 川端康成とその作品』(NHK出版、2009年)、『検閲・メディア・文学 江戸から戦後まで』(共編著、新曜社、2012年)、『占領期雑誌資料大系 文学編 第1~5巻』(共編著、岩波書店、2009~10年)、『The Cambridge History of Japanese Literature』(分担執筆、Cambridge University Press、2015年)など、解説に横光利一『旅愁 上』(岩波書店、2016年)がある。

 

対談場所

プロ3早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(通称エンパク)
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館は、1928年10月に設立されました。坪内逍遙は開館式で「よき演劇をつくり出すには、内外古今の劇に関する資料を蒐集し、整理し、これを比較研究することによって基礎をつくる必要がある」と述べた、と伝えられています。その志を受け継ぎ、今日に至るまで古今東西の貴重な資料を収集・保管・展示し、収蔵品は百万点を超え、アジアで唯一の、そして世界でも有数の演劇専門博物館として、演劇関係者、愛好家、研究者に愛され、支えられてきました。

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