本研究所では、4大学ナノマイクロ・ファブリケーションコンソーシアム、6大学連携プロジェクト、ナノテクノロジープラットフォームおよびマテリアルDXプラットフォームなどの学学/産学連携プロジェクトを推進しています。無機材料、有機材料、金属など多種多様な材料に対する三次元加工技術・装置を有しており、これら最先端の設備利用を通して、共同研究や問題解決の最短アプローチの提供、ナノテクノロジー分野の人材育成・技術者教育などを実施しています。応用展開として、たとえば、微量での分析/計測・バイオ系薬品や酵素の高効率化学合成等を可能にするナノマイクロシステムの開発と、ポイントオブケアやホームヘルスケアテスティングの実現、あるいは三次元加工技術による高効率燃料電池の開発などの実現を目指します。
新潟大学大学院医歯学総合研究科生体組織再生工学分野の泉健次教授、同大医歯学総合病院小児・障がい者歯科の鈴木絢子医員らの研究グループは、早稲田大学ナノライフ創新研究機構の水野潤研究院教授、岸本一真(学部4年生)、および多木化学株式会社(兵庫県加古川市)との歯工連携により、魚コラーゲン製の移植材料に、ヒトの口腔粘膜特有の波状の構造を付与する技術を確立し、口の中の傷をより良く治す可能性がある新しい生体材料を開発しました
本成果は、2020年12月17日(木)19時に国際学術雑誌「Scientific Reports」に掲載されました 。
【論文情報】
・掲載誌:Scientific Reports
・論文名:Manufacturing micropatterned collagen scaffolds with chemical-crosslinking for development of biomimetic tissue-engineered oral mucosa.
・DOI: 10.1038/s41598-020-79114-3
ヒトの口の粘膜(歯肉)や皮膚は、上皮(シーツ)と結合組織(マットレス)の2層でできていて、その境界面を形成する結合組織(マットレス)の表面は、ちょうど台所用スポンジのような波状構造(マイクロパターン)をしています(図1)。この構造は剥がれやすい上皮と結合組織が接する面積を大きくして、はがれにくくする効果があります。生体模倣(※1)という観点からこの波状のマイクロパターン構造は、傷を治す上で重要な構造であることは明らかです。現在、手術後にできた口の中の傷に対しコラーゲン製人工皮膚(真皮欠損用グラフト(※2))を移植して、傷を治す治療が一般的に行われています。現在市販されている材料は、ウシやブタから抽出したコラーゲンが用いられ、材料の内部は多孔質と呼ばれる孔の開いたすかすかな構造で、傷を治す細胞が材料内に侵入しやすくなっています。しかし、材質が脆いため、術野の狭い複雑な形態の口の中では縫いにくく、動物由来のコラーゲンのためにやや高価で、未知の病原体による伝染性感染症(※3)リスクがゼロではありません。
そこで本研究グループは、生体模倣を実装し、CO2排出の面から地球環境にも優しい、安心、安全、安価な膜状のコラーゲン製人工歯肉の開発をめざしてきました。
本研究グループは歯工連携という異分野連携を図ることで、コラーゲン製人工歯肉の開発に向けて一歩前進しました。すなわち、安全性と安価を担保するために、未知の感染症リスクがなく、廃棄される材料である魚(イズミダイ)うろこコラーゲンを利用することにしました。魚のコラーゲンは、ドラッグストアで手に入る“コラーゲンドリンク”の主な原材料でもあるので、患者さんにとって安心感があります。このコラーゲンを膜状にして縫合しやすい形状とし、半導体の基板を作るのに活躍する微小電気機械システム(MEMS/NEMS)(※4)というマイクロ/ナノテクノロジーを駆使することで、ヒトの歯肉に存在する波状の形態(マイクロパターン)をコラーゲン膜の表面に加工・付与することに成功しました(図2)。
このマイクロパターンを付与したコラーゲン膜の面にヒトの歯肉の細胞を播いて培養したところ、ヒトの歯肉に非常に似た組織を再現することができました(図3)。
今後、ブタの口の中に作った傷に今回開発したコラーゲン製人工歯肉を移植して、傷の治りを検証する実験を予定しています。同時に、ナノテクノロジーをさらに発展させて、ヒトの様々な組織固有のマイクロパターンの形態とサイズを最適化することで、口の中の傷にとどまらず、皮膚などの口の外の傷にも応用できるコラーゲン製材の開発につながることが期待されます。さらに、現在動物実験が禁止されている化粧品の安全性試験では、人工のヒト細胞がモデル化されて用いられていますが、そうした製品への応用も期待されますので、今後一層の歯工連携を深めていく所存です。
私達の身近で生活、存在している動植物の機能や構造からヒントを得て技術開発に活かすことを指します。1997年に『自然と生体に学ぶバイオミミクリー』という本を出版したサイエンスライターのジャニン・ベニュス氏が提唱したものです。この言葉は、生物の「Bio」と模倣の「Mimicry」を組み合わせてできた造語です。この考え方は学術研究の世界にとどまらず、すでにナノテクノロジーを中心に、工学的に応用され技術開発や製品開発でも使われています。代表的な例として、いわゆるベルクロ(マジックテープ)や競泳用水着は、それぞれオナモミの実と、サメの肌をヒントに開発されました。
現在市販されており、医療機関で患者様に使用されているものとして、テルダーミス(ウシの皮膚由来)、ペルナック(ブタの腱由来)、インテグラ(ウシの腱由来)があります。
狂牛病(牛海綿状脳症)や、クロイツフェルト・ヤコブ病など。狂牛病は、プリオンという特殊な感染性タンパク質がヒトの体内に入り感染する伝染病です。
機械要素部品やセンサー、電子回路を一つのシリコン基板、ガラス基板、有機材料などの上に3次元構造として製作する微細加工技術が用いられます。加工精度が数10µm以下の加工法が代表的です。
本研究は文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム支援プロジェクト、および日本学術振興会科学研究費若手研究(20K18556)により助成されたものです。
これらの研究成果は、2020年12月17日(木)19時に国際学術雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
論文タイトル:Manufacturing micropatterned collagen scaffolds with chemical-crosslinking for development of biomimetic tissue-engineered oral mucosa.(生体模倣した培養口腔粘膜作成用に化学架橋を用いてマイクロパターン化したコラーゲン足場材の作製)
著者:鈴木絢子、兒玉泰洋、三輪慶人、岸本一真、干川絵美、羽賀健太、佐藤大祐、水野潤、泉健次* *責任著者
doi:10.1038/s41598-020-79114-3
谷井 孝至 理工学術院教授