政治学研究科博士後期課程 于 海春さん
早稲田大学大学院には、海外からの留学生も多数います。于海春さんもその一人で、出身は中国・東北地方ハルビン。日本語専攻だったハルビン師範大学時代に交換留学生として初来日し、その後北海道大学大学院で2年間、中国メディアについて研究してきました。
修士課程の修了を前に、「まだ研究すべき課題がたくさん残っている、もっと研究を続けたい」と強く思ったことから、于さんは博士課程への進学を決意。その際、進学先に早稲田の政治学研究科を選んだのには、明確な理由がありました。「2年間やってみて、メディア研究をさらに深めるには、政治や経済といった視点が必要だと感じました。それには、政治学研究科の中にジャーナリズムコースが設けられている早稲田が最適ではないかと考えたんです」。
メディア研究を進める中で、特にメディアと権力との関係にフォーカスしたいと考えた于さん。早稲田で学ぶことで、政治や経済の視点から問題にアプローチできるなど、視野を広げられたことは研究のプラスになっているそうです。またカリキュラムが豊富で、その内容が実践的なことも早稲田の魅力だと言います。
ところで、そもそも于さんはなぜ中国メディアの研究をしようと考えたのでしょうか。実は、于さんが交換留学生として日本に来たのは、日中関係があまりうまくいっていない時期でした。「そうした状況では、メディアの果たす役割が非常に重要だと認識しました。それで、これからの中国にはもっとメディア研究が必要だと考えたのがきっかけとなりました」。
研究の場に日本を選んだのは、「日本なら同じアジア圏にあって、国内以上に資料が充実している。しかも、国内よりも研究に制限がない。自分が関心を持っていることを、自由にとことん研究できると思ったからです」。国外に出て外から見たほうが中国メディアの問題がいっそうはっきり見えてくると考えたことも、日本で勉強しようと考えた理由でした。
早稲田の博士課程に在籍して、2013年4月から3年目になる于さん。しかし、2012年に出産で半年間休学したため、博士課程で研究している時間としてはまだ2年目の後半です。于さんは、出産ギリギリまで大学院に通学し、出産後は半年だけ休んで復学しました。
「もっと休みを取ることもできましたが、少しでも早く研究に戻って早く研究を完成させたいという思いが強かったですね」。現在は、中国から子育てを手伝うために来日した于さんのお母さんや夫の助けのもとで、研究と育児の両立を果たしています。
さて、于さんの博士論文のテーマは、「社会変動の中の中国ジャーナリズムとメディア言説」。現在は研究の一部として、2011年に中国温州市で起きた鉄道衝突脱線事故を巡る中国での報道について分析しています。この事故報道を選んだのは、これが中国のメディア報道の歴史の中でマイルストーン的な存在だからだそうです。
「中国ではメディアが権力を批判することはこれまで難しかったのですが、この事故では隠ぺいしようとした当局に対してメディアが声を上げました。もちろん、メディア側が急に変わったわけではなく、それまでに徐々に変化があったと思います。まだ研究は途中ですが、たとえば新しい技術、とりわけインターネットやSNSといった道具が出てきて、それを使うことで記者たちは強くなりました。プロフェッショナルな意識を持つジャーナリストも増えてきています」
博士論文では、政治や経済面からのアプローチに加えて、文化的な視点も取り入れて多角的な分析を目指しているとのこと。現在は、博士論文の一章分にあたる短い論文を執筆中。「短い論文をいくつか仕上げた後、そこから全体的な構造を再度検討していく予定です」。
博士課程の修了後、将来的には中国に戻り、メディア分野の研究者となるとともに、教育者としてメディア知識を持つ人材を育てていくことが于さんの夢です。「中国では、メディアのあり方などにまださまざまな問題があり、それを解決していくためにはメディアの知識を豊富に持つ人材をたくさん育てる必要があると考えるからです。だから、できるだけ早く学位を取って一人前の教師になりたいですね」。はっきりと目指す未来があることが、于さんの研究を進める原動力にもなっているのです。
最後に、これから大学院に進み、研究者を目指そうと考えている学生へのアドバイスを聞きました。「まずは、本をたくさん読むこと。いい研究成果を上げるためにはしっかりした『土台』が必要で、土台作りには読書が有効です」。于さん自身、博士課程に進んでから「修士のときにもっと本を読んでおけばよかった」と反省することがあるそうです。
そしてもうひとつは、社会経験や人との交流を積むことだと言います。「研究は、机に向かってひとりでやることだけではないので、他の学生との交流や社会参加はいっぱい経験したほうが。直接研究につながらなくても、別の形で必ず研究の役に立つと思います。特にジャーナリズム研究は、実践と切り離すことができないものですから、自分の中の問題意識を育てるためにもインターンシップなども利用して積極的に社会に出ていくといいと思いますよ」。
于 海春(う・かいしゅん)さん
1985年生まれ、中国・東北地方のハルビン出身。ハルビン師範大学で日本語を専攻し、北海道大学大学院で修士課程を学んだ後、2011年4月に早稲田の大学院政治学研究科の博士課程に進学。「中国メディアと権力の関係」を研究対象とし、現在は、2011年に中国で起きた鉄道事故におけるメディア報道をテーマにした論文に取り組む。いずれは中国に戻り、メディア分野の研究者として活動すると共に、中国でジャーナリズムを学ぶ人材を育てていきたいとのこと。2012年5月に生まれた子供の育児にも奮闘中。
「子育てとの両立と、意外なストレス解消法」
一刻も早く論文を書き上げて、中国でメディア研究と人材育成を行いたいと考える于さん。育児によって研究の時間が取れないことに悩んだ時期もありました。「でも今は、研究と育児、両方があるからいいんだな、と思えるようになりました」。大学では研究に集中して、家に帰って子供に向き合っているときは研究のことを思い出さない――。研究に疲れたときは育児がリラックスにつながり、それでまた新鮮な気持ちで研究ができるようになるのだとか。将来研究者を目指す後輩女子学生へは、「会社員に比べると博士課程は時間がフレキシブル。たとえば私は、子供が寝た後、夜の時間を集中して研究にあてているし、その分朝の時間を調整することもできますよ」とアドバイスをしてくれました。
研究に育児にと毎日忙しい于さんのストレス解消法は、なんと料理。ストレスがたまったときは、「出身地の中国・東北地方の定番料理である水餃子を山ほど作ります」。何時間も作り続けると体は疲れるけれど、気分はスッキリするそうです。