公開講演会「刑事立法・刑法解釈における憲法との協働:刑事憲法学の試み」
主 催:早稲田大学先端社会科学研究所
共 催:早稲田大学比較法研究所
日 時:2023年3月14日(火)16:00-18:00
場 所:早稲田キャンパス 3号館602教室
参加者:31名(うち学生7名)
2023年3月14日、フランクフルト大学のクリストフ・ブルヒャート教授をお招きし、早稲田大学において公開講演会を催しました。世話人・通訳として、仲道祐樹教授(早稲田大学、先端社会科学研究所・比較法研究所員)が携わりました。
講演「刑事立法・刑法解釈における憲法との協働:刑事憲法学の試み」の内容は、以下の通りです。
ドイツにおいては、1949年に基本法が施行されて以来、刑法と憲法は基本的には別個の学問分野として観念されてきました。ところが近年、両者が互いの知見を参照しつつ議論する傾向を強めています。いわば、「刑事憲法学(Strafverfassungsrecht)」という学問領域、あるいは刑法と憲法の断絶を克服していくという目的を遂行するための方法ないし構想というべきものが、生成されてきています。例えば、ドイツの禁止の錯誤に関するVogelとGaedeの議論には刑事憲法学的発想が含まれており、そしてこうした議論の一歩先に、「刑法17条2文の現在の執行のありようには問題があり、それゆえその規定を憲法違反とすべきではないか」という刑事憲法学的な問いかけが立ち現れるのです。
刑事憲法学は一方で、刑法理論に憲法上の裏付けを与える契機となる点で、刑法理論にとって力を与える面があります。しかし他方で、ドクマーティクによって裏付けられない諸原則を葬り去る契機となることで、刑法理論を根本的に揺るがすような危機をももたらし得ます。とりわけ、憲法は権力分立のありようを定めるものであり、何かを決着させるときに法理論によってではなく、誰にそれを決定する権力を持たせるのかという観点から決着させるという政治的性質を含み込んでいることを考えるなら、憲法のこうした政治性は、リベラルで法治国家性を志向する刑法理論と緊張関係に立たざるを得ないでしょう。この点は、民主的に選出された立法者と刑法との関係を探ってきた仲道教授の学問的関心とも、通じるところです。
裁判実務によって刑事憲法学が受容される可能性や、その受容のありようについては、その国がどのような裁判システムを持っているかに影響を受ける可能性があります。ドイツは、研究・実務・立法において刑事憲法学の知見が受容されてきています。その背景には、連邦憲法裁判所の存在があります。連邦憲法裁判所が各専門裁判所に対して外から判断を与えるというドイツのシステムは、連邦憲法裁判所に「憲法上の観察者」としての役割を与え、そうすることで、実務での刑事憲法学の受容を促進する側面を含みます。しかし、そうした「外」からの視点は、各専門裁判所による反発を招く可能性もあるでしょう。他方、日本の裁判システムは単一の審級構造を持つものであり、憲法裁判所を有しません。日独のこうした違いが、実務による刑事憲法学の受容にどのような違いを与えることになるのか、非常に興味深い問いです。
刑事刑法学はその性質上、法律学内部の分野横断的な対話を必要としているだけでなく、このような対話を適切に位置付けるための比較法的視点をも必要としています。刑事憲法学は、ますます刑法の複雑さが増す現代的状況において、刑法に憲法的裏付けを与えるとともに、その両方の法学を批判的に問い直す視点を、わたしたちに与えてくれます。この意味で、刑事憲法学は、指導的概念なのです。
本日の講演会をきっかけに、更なる対話が生まれることを祈っています。
(文:松田和樹・比較法研究所助手)