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【詳報】第8回早稲田大学坪内逍遙大賞:
大賞 桐野 夏生さん、奨励賞 マーサ・ナカムラさんの記者会見

2021年9月28日、早稲田大学は第8回早稲田大学坪内逍遙大賞 受賞者発表記者会見を開催しました。大賞に作家の桐野夏生氏、奨励賞に詩人のマーサ・ナカムラ氏が決定しました。

司会進行する首藤佐智子文化推進部長

司会の首藤佐智子文化推進部長(法学部教授)より、開会の辞、賞の概要を紹介しました。続いて、選考委員への御礼が述べられました。

選考委員会から発表・コメント

出席した田中光子委員、鵜飼哲夫委員長、ロバート キャンベル副委員長(左より)

鵜飼哲夫委員長(読売新聞編集委員)より選考プロセス、授賞者および授賞理由を発表しました。

  • 第8回早稲田大学坪内逍遙大賞 桐野 夏生氏
  • 第8回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞 マーサ・ナカムラ氏

受賞者と選考理由を発表する鵜飼哲夫委員長

桐野夏生氏を大賞に選出した理由

「社会のメカニズムに巻き込まれ、あるいは逆に利用しながらしたたかに生きていく人間の営みを、善悪を超えた視点から描き続ける作家・桐野夏生氏。人間社会を覆う抑圧と服従状態を「かつて」の「遠い場所」ではなく、読者が「いま」いる世界から現前させる小説家として知られる。出世作『OUT』以来、多くの小説は複数の外国語に翻訳され、語られざる日本のありようを示し、グローバルに問題提起している。今春、女性初の日本ペンクラブ会長に選出されました。本賞を授賞するのに真にふさわしい芸術家である。」

マーサ・ナカムラ氏を奨励賞に選出した理由

「この数年、マーサ・ナカムラ氏の詩作は急速な深化を遂げている。第一作『狸の匣』から顕著だった詩と散文の融合、あるいは日常のうちに潜む異界への親炙は維持しながら、第二作『雨をよぶ灯台』では、その異界を自身の内側に取り込んでしまうような生々しさを獲得している。しかしこの詩人の最大の魅力は、現代詩の枠を踏み越えそうな勢いを冷静に抑えて言葉を軋ませる、よい意味での落ち着きと図太さにあるだろう。若さの使いこなしの特異さに、大きな期待を寄せたい。」

選考委員会を代表してコメント

大賞についてコメントする、ロバート キャンベル副委員長

大賞へのコメント

選考委員会を代表して、ロバートキャンベル副委員長(日本文学研究者、早稲田大学特命教授)よりコメントがありました。

「早稲田大学坪内逍遙大賞は、芸術家個人および団体にさしあげるものです。長年の芸術活動、言論人としての活動や経緯を振り返り、この時代に大賞を差し上げることによって、本人および現代社会にどのような意味を位置づけることができるかを考えました。今回も複数の非常に有力な候補者がのぼりましたが、非常に活発な議論を尽くした結果、桐野夏生さんに大賞を授賞することを決定しました。

様々なシステム、例えば国家、家、言語文化に巻き込まれながら、その中で様々な被害であったり、脅威にさらされながらもそれに強かに抗っていくという主体を描くことに通底する作家であり、思考、テーマがあると思います。出世作の『OUT』、『 柔らかな頬』、『ナニカアル』など、弱い立場に置かれた者がそのシステムを利用して、善悪を超えて、そこから目をそらさず、描き切るというのがひとつの特徴だと思います。

今の私たちの社会、国内、グローバルを見ても、ひとつのスローガンとして多様性を社会善として共有されていると思います。一方では、1980年代後半以降、桐野さんが作家として歩み始めるころから、変わっているところ、変わっていないところ、悪化しているところがあります。早稲田大学坪内逍遙大賞の目的のなかに、社会の公共の利益を増進することや、文化創造、国際文化交流が大きく目的として掲げられていることに鑑みますと、現在、桐野夏生さんがまさにふさわしい作家であると考えます。国際交流という意味では、多くの桐野作品が、英語、イタリア語など様々な言語に翻訳され、現在も若い書き手に多くの刺激あるいは勇気を与えていることはもうひとつの特筆すべきことだと思います。

さらに、言論がおかれている情勢と、今年、女性として初めて日本ペンクラブの会長に就任されて、今後の小説、エッセイなどの創作活動のどのような力になっていくのか、投影されていくのかということに期待を込めて、大賞に選ばせていただきました。」

奨励賞へのコメント

つづいて、奨励賞について、堀江敏幸委員(小説家、早稲田大学教授)よりコメントがありました。

奨励賞にコメントする堀江敏幸委員(ビデオメッセージ)

「マーサ・ナカムラさんは、早稲田大学文化構想学部に在籍し、大学の授業を切っ掛けに創作を始められました。2017年刊行の第1作『狸の匣』は2018年に第23回中原中也賞を受賞し、早くから才能を知られている方です。作風は、一見すると散文詩ですが、しかし読んでいくと詩になり、詩の中に散文詩があり、その中に詩があるという、どちらと決められていないジャンル、作風が魅力になっています。

もうひとつの魅力が、言葉使いのあちこちに「闇」がある。あいまいな部分があり、良い意味でつかみどころのない部分がある。イメージとイメージが極端に飛躍して、どういうつながりになっているのかすぐにつかめない。そこが大きな魅力です。こちら側の世界と向こう側の世界に足を踏み入れて、踏み入れたままになっているだけでなく、戻ってくる。しかし、本当に戻ってきたのだろうかわからなくなるような瞬間が行のあちこちにある。若い詩人としてなぜこういうことが書けるのだろうか、と選考委員として驚嘆したところです。

第2作の『雨をよぶ灯台』は、2020年に第28回萩原朔太郎賞という詩の世界では大変大きな賞を史上最年少で受賞され、世評の高い作品になっています。1作から2作にあたって同じようなテーマを掘り下げていながら、さらに進化していると感じられます。空間に過去が染み出している、生々しい感触、幸福な思い出、自分の知らない他人の過去、そこに収まりきらないような個人を超えた歴史や時間が溶かし込まれているような、手触りのある空間が広がっている。不思議というしかない。こちらと向こうを結ぶ橋渡しを読者が言葉につれて歩いていくと、能舞台の橋掛かりを歩いているような、目で追っているような感触がして、同時に、それがいつのまにか自分がその舞台にいるような印象を受ける。そのあたりが大変に魅力的です。

また、死のイメージが、過去の戦争、収容所のイメージなど、様々なレトリックを使って繰り返される。それは、直接的に批判するとか問題視するとかではなくて、大きな闇のような雲があって、まっすぐに見つめている詩人の目が感じられます。「異界」という言葉が作品にもあるのですが、異界がどこにあるのかと感じさせながら、最終的には、書き手の中にある。彼女の内にあるものが、読者の内にあるものと気づかせる仕掛けや構造になっています。

選考委員会では、奨励賞には若さを評価するわけですが、この若さを不穏な感じで、むしろつかみどころのない、もっと大きな、容易に入り込めないようなまっすぐに使っていく態度、姿勢に、将来の発展の可能性を見たということで、マーサ・ナカムラさんに奨励賞を顕彰します。」

選考理由を補足する田中光子委員

田中光子委員(株式会社文藝春秋文藝出版局第一文藝部部長)より、「選考委員会では、奨励賞の対象として、幅広くいろいろなジャンルの作品を対象として読んできました。マーサ・ナカムラさんの書いている世界の”闇に降りていく力”が、若い詩人の詩でありつつ、日本の古典文学や歴史と根っこが繋がっていると思います。また、奨励賞ですので、これから新しい次の世界を切り開いて、ますます活躍してほしいということで、マーサ・ナカムラさんに決定しました。」との補足コメントがありました。

受賞者コメント

大賞受賞者の桐野夏生さん、奨励賞受賞者のマーサ・ナカムラさんによる受賞者記者会見を行いました。

早稲田大学坪内逍遙大賞 桐野 夏生さん

大賞を受賞し、コメントを述べる桐野夏生さん

この度は、大変栄えある賞をいただきまして、大変光栄に思っています。同時に、身が引き締まる思いでいます。ひとつの作品に対して文学賞をいただくことはありますけれども、坪内逍遙大賞というのは、私個人の活動、私個人にくださったということで、照れくさい、恥ずかしい感じです。30年近く小説家として仕事をしていますが、個人にというのは初めてのことです。

今年からは日本ペンクラブ会長の重責を拝命していますが、まだ半年も経っていません。ただ、女性初の会長ということで取材も受けさせていただきました。私に何ができるかわかりませんけれども、あえて火中の栗を拾うつもりでやらせていただきますということになりました。ペンクラブでは、今、ジェンダーとかLGBTQという視点は当たり前で、それがなければ活動できないと思っています。女性作家委員会があって、世界と繋がっています。世界では、今、アフガニスタンやベラルーシを見ればわかるように、女性がひどい目にあうだけでなく、言論の自由や報道の自由が侵されている状況があるわけです。みなさんには世界に好奇心を持っていただいて、自分たちのことも考えていただきたいと考えてながら、地道な活動をしていきたいと思います。実を結ぶのは来年かもしれませんが、ぜひ見ていただきたいと思います。

先程、ロバート キャンベルさんのコメントで、「かつての遠い場所からではなくて、読者が今いる世界から現前させる小説だ」とおっしゃってくださって、それはすごくうれしかったです。

小説家というのは、もしかすると二手に分かれるかもしれませんけれども、事が過ぎて、ある程度わかって分析して書いていくというタイプがいるかもしれません。私は、今、生きている私自身が感じていることを書きたくなってしまう。後年、作家として恥をかくかもしれないけれども、今、感じていることを書かざるをえない。せっかちなのかもしれませんが、結果を見て分析するのではなく、がむしゃらに今を生きていくタイプらしいです。そのほうが自分にあっていると思います。そのうれしい言葉を胸に、これからもがむしゃらに書いていきたいと思います。

報道の自由とか、言論の自由とか綺麗ごとのように言われるかもしれませんが、実際問題、コロナ禍のせいで、個人的な権利は侵されていると思います。社会全体のために罹患率を避けるために仕方がないという論理もあるのですが、ここは難しいと感じています。そんなことも含めて、これからもしかすると恥をかくかもしれませんが、がむしゃらに私は書いていきたいと思います。本当に今日はありがとうございました。感謝しております。

早稲田大学坪内逍遙大賞 奨励賞 マーサ・ナカムラさん

喜びと感謝の意を述べるマーサ・ナカムラさん

詩人のマーサ・ナカムラと申します。このような素晴らしい賞をいただきまして、私の活動にライトをあててくださった皆様に感謝しています。ありがとうございます。

私の文学活動の発端を考えてみると、今回、大賞受賞者が桐野夏生さんとお聞きして、驚きました。実は、私の突破口を見つけたのが桐野夏生さんの作品でした。

私は、中高6年間、人付き合いが苦手でうまくいかないときがありました。他人とうまくいかないのは、それは自分が醜いからだと思っていて、それを抱えている自分は早くいなくなりたいと思ったこともあるほどです。その時に、母の書棚で見つけた分厚い単行本、桐野夏生さんの『グロテスク』を読みました。自分の醜さが『グロテスク』という言葉とぴったり合って、止まることなく朝から晩まで読み続けました。この作品は何名かの女性が登場するのですが、内に抱えた醜さが主人公の心の襞というか、ここでは一言では言えないような重厚な作品です。『グロテスク』を読み終わった後に、私自身が抱えている醜さを成長し続けて深化させ続ければ、こんな重厚な芸術作品を残すことができるのだと、何か突破口を見つけたような晴れやかな気持ちになったのが印象深いです。

早稲田大学に入学して、文学活動を模索しているときに、詩人の蜂飼 耳さんに出会って、詩の自由さと面白さを教えていただいて、そこから詩の活動にのめりこむようになりまして、自分は詩人であると名乗るようになりました。詩の自由さ。XYだけでなく、XYZ軸、さらに4次元、5次元に飛躍していけるという現代詩の無限の可能性に魅かれています。

今、インカレポエトリーという大学生に詩の発表の場を与える動きがあります。今年の中原中也賞を受賞した方もいらっしゃいます。私自身が、桐野夏生さんの作品に出会って文学の道に進み、蜂飼 耳さんという詩人に出会って、詩の道に目覚めたということが、今の時代を生きる大学生の中にも起こっているのではないかと思って、うれしく感じています。今回、私が奨励賞をいただいたことで、現代詩にさらにライトが当たって、かつ私の文学活動を通して、今を生きている方が自分の突破口を見つけられるようなことがあったらいいなと思います。ありがとうございました。

質疑応答

質疑応答の一部をご紹介いたします。

(質問)マーサ・ナカムラさんにお伺いします。マーサさんにとって、ご自身の突破口を開いてくださった作品の小説家、桐野夏生さんと今日初めて会われたということですが、今、どんなお気持ちですか。

最初、お会いしたときには涙が出そうになっちゃって。自分自身が思春期に悩んだ時代というのは、絶対に報われることはないと思っていました。今回、桐野夏生さんが大賞受賞者でお話ができるというのは、絶望の最中に『グロテスク』という小説を手に取った自分が報われたというか、すべてハッピーエンドになるんだ!という思いがあります。泣きそうになったので泣かないように、なるべく桐野さんを見ないように過ごしていました(笑)。

マーサ・ナカムラさん

(質問)その桐野夏生さんにお伺いします。今、隣にいらっしゃる、奨励賞を受賞して、これから若い詩人としてさらに言葉と向き合っていこうというマーサ・ナカムラさんに、桐野さんから伝えたいことはありますでしょうか?

光栄です。そんなお言葉をいただけるとは思いもしませんでした。小説を書くのは結構怖いなと思いました(笑)。ありがとうございました。

桐野 夏生さん

記者会見を終えたマーサ・ナカムラさん(左)、桐野夏生さん(右)

受賞者プロフィール

桐野 夏生
1951年10月7日生まれ。1993 年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、1999年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞、2005年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞、2008年『東京島』で谷崎潤一郎賞、2009年『女神記』で紫式部文学賞、2010年、2011年に『ナニカアル』で島清恋愛文学賞と読売文学賞を受賞。2015年紫綬褒章を受章。2021年5月に日本ペンクラブ第18代会長に選出された。他に『日没』『インドラネット』など著書多数。

マーサ・ナカムラ
1990年生まれ。詩人。埼玉県北葛飾郡松伏町出身。早稲田大学文化構想学部文芸・ジャーナリズム論系卒業。早大在学中、詩人・蜂飼耳氏との出会いを契機に詩を書き始める。卒業後、2014年より『現代詩手帖』への投稿を始め、2016年に第54回現代詩手帖賞受賞。2018年に第一詩集『狸の匣』で第23回中原中也賞を受賞、2020年に第二詩集『雨をよぶ灯台』で第28回萩原朔太郎賞を史上最年少にて受賞。

第8回早稲田大学坪内逍遙大賞選考委員

鵜飼哲夫委員長(読売新聞編集委員)
ロバート キャンベル副委員長(日本文学研究者、早稲田大学特命教授)
堀江敏幸委員(小説家、早稲田大学教授)
松永美穂委員(翻訳家、早稲田大学教授)
奥泉 光委員(小説家、近畿大学教授)
重松 清委員(小説家、早稲田大学教授)
田中光子委員(株式会社文藝春秋文藝出版局第一文藝部部長)

早稲田大学坪内逍遙大賞受賞者

第1回(2007年)大賞:村上春樹氏/奨励賞:川上未映子氏
第2回(2009年)大賞:多和田葉子氏/奨励賞:木内 昇氏
第3回(2011年)大賞:野田秀樹氏/奨励賞:円城 塔氏
第4回(2013年)大賞:小川洋子氏/ 奨励賞:小野正嗣氏・山田 航氏
第5回(2015年)大賞:伊藤比呂美氏/奨励賞:福永 信氏
第6回(2017年)大賞:柴田元幸氏/奨励賞:アーサー・ビナード氏
第7回(2019年)大賞:是枝裕和氏/奨励賞:福嶋亮太氏
第8回(2021年)大賞:桐野夏生氏/奨励賞:マーサ・ナカムラ氏

「早稲田大学坪内逍遙大賞」と「坪内逍遙大賞(美濃加茂市)」

早稲田大学坪内逍遙大賞は、2007 年、本学の創立 125 周年を記念して創設されました。近代日本の文芸・文化の創造者ともいうべき坪内逍遙を顕彰し、その精神をひろく未来の文化の新たな創出につなげたいというのが、その趣旨です。この賞では、文芸をはじめとする文化芸術活動において著しい貢献をなした個人(もしくは団体)を顕彰いたします。広く開かれた独自の意義をになう賞を目指しております。「大賞」のほか、これからの文化の担い手としての才能を応援すべく、「奨励賞」を併せて授賞しております。なお、授賞者の選考にあたっては、個別の作品に言及することもございますが、賞そのものは作品に対して差し上げるものではなく、個人(もしくは団体)に対して差し上げるものであります。

坪内逍遙の生誕地である岐阜県美濃加茂市は、演劇人を対象とした「坪内逍遙大賞」を 1994 年に創設しております。対象分野は演劇に関する脚本、演技、演出、制作、舞台美術その他の舞台活動、研究・評論となっております。坪内逍遙が取り持つ縁で、美濃加茂市と早稲田大学文化推進部は 2007 年 4 月に「文化交流協定」を締結しました。これを機に、美濃加茂市の「坪内逍遙大賞」と「早稲田大学坪内逍遙大賞」を、交互に隔年で実施しています。

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