自身の制作がその内部で立ち上げたものを、他者とのあいだで共有し、改変していく過程への学び。「作品」の条件を、美的判断などとは異なるかたちで検討するための素地の構築。日々の生活を、制作過程として成立させ/救い出すための手立ての私的発見。
そうした諸々を、詩歌や小説をはじめとする言語表現の理論・実践と地続きなものにするために必要な、最低限の気づきを共有したい。それはまたどうじに、詩歌や小説という形式のもとでかつて試みられてきた諸実践を、今現在の私(ら)の、言語表現に留まらないいくつもの実践に<役立つ>ものとして使用可能にするための手立ての共有でもあるだろう。
まず、これまでいぬのせなか座が理論的に掘り下げてきた視点をレクチャーする。そのうえで、参加者各々が制作したテクストらを素材に、(共同での)言語表現のてつきをみなで探る。
言語表現さらには芸術全般を<(私の)レイアウト>として捉え、日々練習可能になることが、いぬのせなか座にとっての詩的言語の制作である。
『詩的言語を作るワークショップ』
言語表現に親しくなくても当然構いません。必要なのは、あらゆるものを自身の制作の素材として用いることへの、異様な執着です。ものを見つめること、書きとめることこと、さらにそれらをもとに何かを作りはじめること。それは言語表現の核でありながら、同時にあらゆる表現ジャンルを貫通する――さらには生そのものをも支え/救い出す――ものです。
【内容】 ※本講座は6/16と6/23の通し受講となります。
6/16 18:30-21:30 レクチャー
6/23 18:30-21:30 ワークショップ
【参加のための宿題】
事前に1ツイート分(140字以内)のテクストを4つ書いてくること。
それぞれひとことでも構わない。ただ、自分にとって〈書いているそのときが刻み込まれたものであること〉を意識してほしい。
内容は、たとえば見かけた風景、出来事、考えたこと、発見したこと。あるいはなぜか思い出したこと、見た夢、など、自由。
形式面でも、投げっぱなしのメモのようであったとして問題ない。
いまそれについて書いている自分が、文章とともにそこに残ってしまうとはどういうことか。
書くことで残ってしまう自分について、あまり気を張らずに、思いめぐらしてほしい。
参考として、鈴木一平『灰と家』(いぬのせなか座、2016)掲載の「日記」パートにおける散文、保坂和志『カフカ式練習帳』(河出文庫、2015)全編、など。
テクストは第1回(6/16)レクチャー時間内に提出してもらい、その場でひとつのファイルにまとめ、参加者全員に共有する。
第2回(6/23)ワークショップに向けては、そのテクストをもとにした宿題を新たに設定する。
【ゲスト】
いぬのせなか座
山本浩貴(1992年生)+h(1993年生)、鈴木一平(1991年生)、なまけ(1991年生)、笠井康平(1988年生)からなる制作・批評グループ。詩や小説、散文作品の制作はもちろん、書籍の編集・デザインやパフォーマンスの上演、『ユリイカ』『文藝』『現代詩手帖』各種媒体への批評・論考の寄稿など、さまざまな角度から言語表現の可能性や他表現ジャンルとの関係、共同制作の手法や意義などを考え、提示している。
【モデレーター】
三野新
写真家・舞台作家。ニカサン主宰。1987年福岡県生。「恐怖の予感を視覚化する」ことをテーマにさまざまな分野での上演や展示の発表を行なっている。受賞歴・発表歴多数。2019年は8月に東京と9月に京都にて演劇ツアーを行う予定。
【会場】
6/16 早稲田小劇場どらま館
6/23 cafe Shy
【参加費】
無料
【定員】
15名程度
【対象】
早稲田大学在学生、早稲田の演劇サークル所属の学生(要学生証/演劇サークル公演フライヤー提示)
※今回の催しは一般の方の募集はしておりません。ご了承ください。
【予約】
予約する
【備考】
制作経験がある人は、団体名・作品名・会場・時期、
差し支えなければ記事を添付して下記まで送ってください。
waseda.dramakan.group@
【お問い合わせ】
早稲田小劇場どらま館
Twitter:@waseda_dramakan