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国際シンポジウム「物語の中の女性――日本のナラティブにおける女性主人公とは」をUCLAにて開催

開催報告

2019年3月13日~15日の3日間、アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(以下、UCLA)にて、柳井イニシアティブグローバル・ジャパン・ヒューマニティーズ・プロジェクトの一環として、UCLAと早稲田大学スーパーグローバル大学創成支援事業国際日本学拠点との共催にて、“The Woman in the Story: Female Protagonism in Japanese Narratives”と題した国際シンポジウムが開催されました。

主旨説明を含む発表をするLaffin氏

初日の13日にはシンポジウムのオーガナイザー3名による発表が行われました。Christina Laffin氏(ブリティッシュ・コロンビア大学准教授)の発表は本シンポジウムの基調講演となるような内容でした。発表は、日本文学研究において女性作家が長らく等閑視されてきた実態と近年その風潮が変わりつつあること、また、アメリカの大学において終身在職権を持つのはいまだに圧倒的に白人男性が多く、人種やジェンダーの多様性を欠いていること等について統計的データを交えて明らかにし、日本文学だけでなく日本史、美術史、宗教学といった諸分野の研究に携わる参加者たちに対して、これらの現状が何を表しているのか、また変化を起こすために研究者として何ができるのかを問いかけるものでした。続くTorquil Duthie氏(UCLA准教授)とAmy Stanley氏(ノースウェスタン大学准教授)はより具体的に“Woman in the Story”というシンポジウムのテーマへのアプローチを示しました。Duthie氏の発表は、日本において女性天皇を中心とした女性統治者が集中した6世紀末から8世紀後半の系譜を辿り、この時期の一連の流れを女性が主人公のオルタナティブな歴史的ナラティブと捉え、その意義を説き明かすものでした。Stanley氏は19世紀越後国の『林泉寺文書』の林泉寺の娘・常野に関する記述を紹介し、中でも常野が受けたとされる性的暴行の記述について、近年の#MeToo運動の中で特に取り上げられるようになった、被害女性の証言の信憑性が疑問視されてしまうという問題を絡めつつ考察を行いました。

2日目の14日最初のOtilia Milutin氏(ミドルベリー大学助教授)による発表は前日からの流れを汲むもので、『源氏物語』とそれ以後の『夜の寝覚』や『とりかへばや物語』における性的暴行の場面の記述のテクスト分析を行い、主人公の性別の差がもたらす物語間の異同が検討されました。Takeshi Watanabe氏(ウェズリアン大学助教授)は『栄花物語』の語りのシャーマン的な性質に着目し、このテクストが集合的歴史を記録した仮名文学であると主張しました。Rajyashree Pandey氏(ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ準教授)は中世日本の文学ないし仏典を読む際の「女性」の捉え方に関わるジェンダーと行為主体性(エージェンシー)の問題について発表を行いました。続くGaye Rowley氏(本学法学学術院教授)の発表は、日本の近世文学の中でも女性の手によるもっとも重要な作品とされる『松陰日記』の読者が誰であったのか、また、その問いと作者正親町町子が用いた文体との関連性を検討するものでした。Gergana Ivanova氏(シンシナティ大学准教授)は18世紀の『夫婦双乃岡』や『大東閨語補』といった春本における紫式部や小野小町など平安時代の女性たちの描写に着目し、これらの女性たちに関するテクスト内の記述の分析を行いました。Joshua Mostow氏(ブリティッシュ・コロンビア大学教授)は、近世において女性教育に用いられた女訓書を取り上げ、これらのテクストが当時の読み手の女性たちにどういった影響を与えるものだったのか考察しました。この日最後の発表者Yurika Wakamatsu氏(オクシデンタル大学助教授)は奥原晴湖による1907(明治40)年の《梅窓佳人図》について、観客としての男性と見世物としての女性、異性愛とホモソーシャルなつながり、主体と客体といった二項対立を揺るがす作品であると指摘しました。

 

最終日の15日はRebecca Copeland氏(セントルイス・ワシントン大学教授)による宇野千代に関する発表から始まりました。Copeland氏は宇野の短編小説「この白粉入れ」を取り上げ、宇野自身の独身女性としての人生を正当化するような語り手の在り方について検討を行いました。Sharalyn Orbaugh氏(ブリティッシュ・コロンビア大学教授)の発表は乃木静子を例に、日本社会における女性の消極性を「主人公」あるいは「主人公性」といった概念との関連でどのように捉えるか考察するものでした。Julia Bullock氏(エモリー大学准教授)は、石原慎太郎の「太陽の季節」と比べると現在では知名度が劣るものの、「女性太陽族小説」と形容され出版当時話題になった岩橋邦枝の「逆光線」や原田康子の『挽歌』について、フェミニスト的見地からこれらの作品の意義を探る発表を行いました。Julia Clark氏(UCLA博士課程)は在日コリアン文学の中でも女性作家の宗秋月を取り上げ、作品に登場する猪飼野という土地に着目して宗のテクストが提起するジェンダーや階級、民族に関する問題を論じました。由尾瞳氏(本学文学学術院准教授)は川上未映子の「愛とか夢とか」と『ウィステリアと三人の女たち』における女性同士のコミュニティーについて、ファンタジー、あるいは一時的なもの、過去のものとしての性質に焦点を当てて考察を行いました。Grace En-Yi Ting氏(早稲田大学・日本学術振興会特別研究員PD)の発表は、2017年に刊行された『早稲田文学』の「女性号」が日本人以外の女性たちの声も組み込む特集号であったことに着目し、日本研究におけるフェミニスト的な発展の可能性について検討するものでした。そして最後の発表者Kazue Harada氏(オハイオ・マイアミ大学助教授)は、村田沙耶香による小説『消滅世界』を取り上げ、そのテクストを現実の異性愛主義的な日本の家族制度や政治体制に疑義を呈するものとして読み解く発表を行いました。

全体を通して、シンポジウム初日一番初めのLaffin氏の発表に対してその後の各発表者が応答しているかのような、非常にまとまりのある生産的なシンポジウムでした。発表セッションの合間に行われたディスカッションでは、個別具体的な質問ももちろん多くあげられたものの、女性、ジェンダー、フェミニズムといったキーワードがインターネットやテレビ、新聞といった各種メディアに溢れかえりつつも世界中でまだなお多くの問題が山積するこの現代において、どのような意識をもって各々の日本に関する研究を進めていくのかといった問題意識のもとに活発な議論が展開されたのが印象的でした。

院生によるラウンドテーブル

なお、初日の13日午前中にはシンポジウム本体に先駆けて、本学とUCLAの他、アメリカ各地、フィリピン、ベトナム、ドイツ、イスラエル、カナダといった各国から集まった大学院生が一堂に会し、“Woman in the Field”と題したラウンドテーブルが開かれました。約30人の参加者が4-5人ずつのグループに分かれ、研究を志す大学院生として日々直面している問題や、研究に対する姿勢や意識についてディスカッションを行いました。各グループでのディスカッションを経た全体討議の場では、シンポジウム全体のテーマに直接関わるジェンダーの問題だけでなく、人種、地域格差、国際化といった問題に対しても様々な意見が述べられ、非常に有意義な時間を共有することができました。

本シンポジウムは、日本研究に携わっているとはいえ具体的な研究分野、ジェンダー、国籍、居住国、年齢、立場等々が異なる多種多様な研究者や学生がおおいに刺激を与え合う、大変得難い機会となりました。

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