Sustainable Energy & Environmental Society Open Innovation Research Organization早稲田大学 持続的環境エネルギー社会共創研究機構(SEES)

News

齋藤機構長が前川製作所・前川代表取締役と対談を行いました

自然冷媒ヒートポンプの普及に向けた世界戦略

 近年、企業や大学における環境対策は、責任としてではなく経済活動の一環として積極的に行われるようになりつつあります。環境対策はエネルギー問題への取り組みと密接な関係があり、化石エネルギーの使用削減、再生可能エネルギーの利用拡大、エネルギー使用の効率化を総合的に取り組むことで環境対策に資する未来エネルギー社会を共創していく必要もあります。当学持続的環境エネルギー社会共創研究機構(SEES)では、このようなエネルギー社会構築を目指し理工系と人間環境科学、更には経済学などの学問を結集し研究を行っています。中でも、ヒートポンプは未来エネルギー社会実現における最も重要なキーデバイスとして、研究・評価及び規格・基準策定、社会に与えるインパクト評価等に取り組んでいます。そこで、今回、ヒートポンプ事業で独自の展開をされている『株式会社前川製作所』に注目しました。
株式会社前川製作所では、気候変動対応への世界的な意識が高まる以前から、ヒートポンプの開発に着手しており、現在も自然冷媒を用いた多種のヒートポンプを開発・製造され、業界の牽引的役割を果たされています。今回は、作り手としての立場から、海外の動向も交えつつ日本での自然冷媒を採用した産業用ヒートポンプ機器の展開について、お話を伺いました。
※対談者の肩書、実績等は当時のものです。

ヨーロッパで導入が進む自然冷媒ヒートポンプ
齋藤 近年の環境問題に対する世界的な動きの中で、感じられる変化はありますか

前川 私たちは、産業用冷凍機ならびにガスコンプレッサー(圧縮機)をはじめとして、熱に関わる様々な産業機械の製造販売、さらには食品工場などのプラント設計・エンジニアリングを展開する会社です。脱化石資源やCO₂排出量削減といった世界的潮流から近年注目されるようになったヒートポンプについても、1970年にはすでに大阪の電通ビルに日本初の省エネルギー冷暖房スクリュー・ヒートポンプを納入していますので、弊社にとっては非常になじみのある製品ということになります。


従来は「冷やす」目的での利用が多くありましたが、近年のヨーロッパでは、「温める」方での利用が盛んです。工場の機械洗浄用や食品製造プロセス用に、温水や乾燥といった目的でヒートポンプを利用する例が増えています。熱源は空気や水などですが、日本と異なるのは代替フロン類ではなくさらに一歩進んで、自然冷媒を用いた製品が受け入れられているという点でしょうか。
先進的な気候変動対応を推進するグローバル企業では、環境への意識もさることながらESG投資を呼び込むためにも気候変動対応に積極的に取り組んでいます。フロン類の使用を禁止するPFAS規制への対応に加え、カーボンニュートラルさらにはカーボンネガティブまでも視野に、採算度外視でも最新設備の導入を決めるケースもあります。

齋藤 ヨーロッパは勢いがありますね。人口比でみても、やはりヨーロッパの方が多く導入されているのでしょうか。

前川 そうですね、ケタ違いのレベルです。引き合いで言うと、以前は、冷凍機7割でヒートポンプが3割程度でしたが、現在はヒートポンプが6割程度と逆転しています。最近では、海産物の加工工場などで蒸気生成ヒートポンプの実証プロジェクトがスタートしています。

齋藤 産業用ヒートポンプの導入は、日本ではまだ進んでいないことが問題ですね。日本の中でESG投資の波がもう少し大きくなってくれば、日本での開発事例や導入事例も増えてくるのでしょうか。

前川 はい、大きく流れが変わってくると、非常に期待しています。逆に言えば、そのような世界的な動きを見て企業側も変わっていかないと、グローバル市場では生き残れないのではないかと考えているところです。ただ徐々に国内のマーケットも変わってきている印象はもっています。国内大手の食品メーカーさんなどでは、CO₂排出量削減への意識が高まりつつあり、ヒートポンプの話をさせていただく機会も増えてきています。一足飛びにボイラーをすべてやめる、という話にはなかなかなりませんが、置き換えたり、補助的に導入したりする動きは見えます。

齋藤 国のプロジェクトに支援していただき、マエカワさんと一緒に、ヒートポンプ導入効果を定量評価できる「産業用ヒートポンプシミュレータ」を作ったのですが、確かに、この問合せも急増していますね。ヒートポンプの普及につながればと、希望する企業さんには自由に使っていただいています。その観点からは国内でもヒートポンプ導入への機運が高まってきているのかもしれません。

日本での自然冷媒ヒートポンプ導入拡大に向けて
齋藤 御社は自然冷媒の中でもCO₂やアンモニアだけでなく、ブタンやペンタンなど、可燃・爆発性の高いガスを冷媒に用いた製品も販売されているとのことですが、ヨーロッパでは受け入れられているということでしょうか。

前川 というよりも、日本の規制が非常に厳しいです。そのため、場所を選んで設置する必要があり、導入費用にも影響が出てしまいます。刺激臭や毒性ゆえに一度はフロンに冷媒としての座を奪われたアンモニアですが、今後、国内で脱炭素社会の実現に向けてアンモニア燃料利用の議論が進んできた際には、冷媒利用の規制も緩和されるのではないかと期待しています。
弊社はもともと化学プラントエンジニアリングをやってきましたので、安全性設計や取扱に関するノウハウを有しています。ですから、冷媒としてブタンやペンタンを検討することも大きな障壁にはなっていません。

齋藤 いずれは自然冷媒を用いたヒートポンプに変わっていくのは既定路線だという認識ですから、まさに今が踏ん張りどころですね。

前川 ヨーロッパでの例ですが、最近ではデータセンターから出る熱を熱源にヒートポンプを回して温水を作れないか、という検討も進んでいるようです。

齋藤 それは良いですね。データセンターはこれからまだ増え続ける設備でしょうから、それを熱源にできれば排熱利用の観点からも有効ですね。

前川 ヨーロッパは温水供給配管、セントラルヒーティングシステムが整備されているところがあり、ヒートポンプで作った温水をまとめて流すことができるのです。日本ではこれが難しい。日本でもそのようなセントラルヒートポンプシステムを導入してみるのもCO₂削減に向けての一つの策なのではないかと考えています。協力していただけるところがあれば、地域で実証してみたいですね。

齋藤 集中管理という意味では、前川さんのおっしゃる地域規模よりは小さくなりますが、日本の集合住宅にヒートポンプが採用されない点を変えられないかと考えています。日本の集合住宅は狭いことが多いので、室外機も複数置かれる各戸のベランダにさらにヒートポンプが1台ずつ置かれる想定は現実的ではありません。ですから、集合住宅建設を計画する際に、集中管理でパワフルなヒートポンプ給湯器を導入する、ということを検討の俎上にあげられないものかと、日々思案しています。

前川 根気よく、関係各所に訴えていくしかないですね。

ヒートポンプ開発・導入のための周辺環境づくり
齋藤 規制当局への訴えかけも必要なのかもしれません。日本は国際規格よりも厳しいルールを敷くことも多く、世界標準の製品でも日本で売ることが許されない、といったことも起こります。このあたりのねじれも解消していけるように、アカデミアの人間として、科学的根拠に基づいた情報発信を怠らないようにしたいですね。また、企業の方の助けにもなるような評価基準を作りたいとも考えています。単純な効率だけではなく、どの冷媒を使っているか、環境性、快適性など、多くの要素から複合的に評価できるような指標があれば、産業界も多様な挑戦・開発がしやすくなるのではないかと、私が会長を務める次世代ヒートポンプ技術戦略研究コンソーシアムで議論をはじめたところです。

前川 共通の基準があると非常に助かります。ヨーロッパでもまだ完全に評価基準ができ上がっているわけではないので、日本からそれを発信することができれば、それは素晴らしいことだと思います。

齋藤 日本はまず良い製品を作って、ルール作りはその後、と考えるのですが、ヨーロッパは逆です。ルール作りで後手にまわり、競争の場で不利になることも多くあると聞きます。一足飛びにルールを作り上げることは難しいですが、関係各所に説明して協力を仰ぎながら進めていけたらと考えています。

前川 肌感覚的には、これからの3~5年で加速度的に大きく動くように予想しています。それに遅れないように、弊社も一層開発スピードを上げていかなければと気を引き締めなおしているところです。スピードを上げるために、開発チームを増やしたり、国内外の大学との開発プロジェクトを作ったりもしていますが、開発手法そのものを変えていかなければいけないと思っています。従来では試作機を作り、動かして改善点を見つけてまた試作して、というアナログな流れでしたが、これでは間に合いません。開発プロセスにデジタル技術やシミュレーション技術を積極的に導入して開発期間を短縮することを進めています。

齋藤 モデルベースデザインですね。自動車業界などでは急速に広まっていますね。ヒートポンプの中には熱や流体の世界が広がっているわけですが、流体に至っては、そもそも物理的な理論すらまだ確立途中という状況です。とはいえ、できないからやらない、というのでは進みませんから、AIでもなんでも活用しながら、完璧ではなくとも使えるものを作っていかなければいけないと頑張っているところです。

前川 何が起こっているか、起こるか、というところを「見える化」できると、技術開発のやりがいも出てきますね。生産から物流まで根拠に基づいたエネルギーやCO₂排出の計算ができると、メーカーとしても自信をもって事業を進めることができます。

齋藤 いずれにしてもヒートポンプは、今後も熱利用技術の中核となっていくことは間違いありません。一方で、冷媒のGWP、機器性能、冷媒や機器回収等含めて、課題も山積しており、いま、冷凍空調業界は100年に一度と言っても良いぐらいの大転換期を迎えています。そのような変化のときには、アカデミアの出番がたくさんあるものと考えています。理論の確立や評価指標開発をはじめとして、新しいところの挑戦を続けながら、産業界と協力して業界を盛り上げていければと考えています。

対談者

齋藤 潔(さいとう きよし)

早稲田大学理工学術院・教授

熱システムのダイナミクスと制御に関する研究が専門。ヒートポンプ技術に関する性能向上や冷媒の低GWP化に向けた研究を展開。経済産業省産業構造審議会フロン類等対策ワーキンググループ・座長、環境省中央環境審議会・委員。2022年度文部科学大臣表彰研究部門。

前川 真(まえかわ しん)

株式会社前川製作所・代表取締役 社長執行役員

2002年前川製作所入社。ベルギーおよびフランス駐在を経て、食品ブロック・ミートグループ。その後、取締役(欧州担当)、専務取締役(欧州担当)、専務取締役(北米担当)を経て、2017年代表取締役社長就任。2021年から現職。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/sees/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる