2026年9月25日(金)、東京国際フォーラムにおいて「未来の博士フェス2026〜博士と拓く、知が活きる社会~」(主催:文部科学省、共催:経済産業省・国立研究開発法人科学技術振興機構)が開催されました。今年で4回目となる同イベントは、博士課程学生を中心に、企業や大学など多様な関係者が集い、対話を通じて博士人材の可能性や、研究と社会との新たなつながりを考えることを目的としており、博士課程学生によるショートプレゼンテーションやポスター発表、基調講演、パネルディスカッションが行われました。
本記事では、博士課程学生による217演題のポスター発表および15演題のデモンストレーション、25社の企業展示が行われたポスターセッションに、本学から参加したW-SPRINGプログラムおよびW-SPRING AI支援学生5名を紹介します。
基幹理工学研究科博士課程2年 鶴岡 豪さん
自動運転のセキュリティについて研究している鶴岡さん。自動運転は、カメラや LiDAR(レーザー光を用いた距離センサー)などのセンサーで周辺情報を取得し、AI モデルが障害物や標識を認識して、その結果に基づき操舵や加減速等を行う先端技術です。AI が中核を担う本技術においては、AI に対する悪意ある攻撃が自動運転にとって致命的になり得ます。そのため鶴岡さんは、攻撃者の視点で脆弱性を発見して対策につなげるオフェンシブセキュリティというアプローチで研究を進めています。ポスターでは具体的に、夜間に反射パッチで標識認識を妨害する攻撃と、道路と誤認識させる特殊な模様を施した看板状のパッチにより占有予測(Occupancy Prediction:車両周囲の三次元空間を格子状に区切り、各領域に物体や道路が存在するかを予測する技術)を欺く攻撃、の二種類の攻撃の脅威実証と防御手法の提案について紹介していました。両研究では数理最適化とシミュレーションにより最悪条件を探索するところに鶴岡さんの独自性があり、実環境でも検証した上で、異常検知や運転者への引継ぎ通知等の防御策の有効性も確認しているとのことです。

鶴岡さんは、博士取得後は企業や研究機関などで産学官連携を通じて、研究成果を社会に還元したいとのこと。博士課程への進学は修士1年時に研究への関心が高まったときに、ちょうど支援制度(W-SPRING等)が拡充されてきていたことが契機だったと話してくれました。
基幹理工学研究科博士課程3年 河井 雪野さん
自然界にある様々な形状に数列的な規則性があることを知り、数学に魅了されたという河井さん。現在は、DNA配列、形態、細胞別遺伝子発現などの異種データを系統樹のような生物種間の「距離」情報として変換し、進化や状態変化を統一的にグループとして解釈する数理手法を研究しています。たとえば、鳥類の飛行様式を対象として、滑空・羽ばたきなどの差異に代謝・エネルギー代謝遺伝子・進化系譜・翼の形態が複合的に関係することを明らかにしています。今後、このような鳥類データのクラスタリング解析をもとに、数理手法を組み込んだ解析フレームワークを提案する予定とのことです。さらに将来的には、グラフやモデルの選択を自動化し、創薬・医療データに対する統一的な意思決定支援に発展させたい、とのことでした。河井さんは博士号取得後、大学で研究を続けながら企業や他分野との共同研究に進め、応用数理の研究成果を社会に実装していけたらうれしい、と話してくれました。

博士号を取得したいとは考えていたが、当初は社会人博士も視野に入れていたという河井さん。W-SPRINGによる経済的支援の説明を聞き、就職ではなく博士課程進学を決めたそうです。
創造理工学研究科博士課程2年 鈴木 陽也さん
廃棄物を利用してCO2を固定化する研究を進めている鈴木さん。一般廃棄物あるいは産業廃棄物の焼却時には、排ガス中のSOxやHClなどを除去するため、カルシウム系の薬剤が使用されています。その際、焼却飛灰中に残留したカルシウム化合物はCO2と反応して炭酸カルシウムを形成し、CO2を長期的に固定することができます。しかしながら、炭酸カルシウム形成の反応初期・遷移期・後期で律速因子が変化するため、従来の単一速度式では挙動を表せないという課題がありました。これに対し鈴木さんは、各律速段階の重みを時間に応じて変化させる重みづけモデルを提案し、高精度な予測と反応段階の定量評価を可能にしました。反応経過時間と固定化量がグラフ化されることによって、どのタイミングでどの試料を処理すると効率的にCO2を固定化できるかまで分かるため、焼却施設隣接プラントでのCO2固定、処分場の安定化、路盤材などへの資源利用の応用可能性があるとのことです。今後は、固定化速度だけでなく廃棄物ごとのCO2固定量を予測し、自治体別の有効性の判断などにつなげられれば、とのことでした。

自然現象を数式や物理学を用いて理解したい、ということがモチベーションと語ってくれた鈴木さん。日本にあるモノを用いて、日本のエネルギー事情を向上させるような仕事がしたいと考えているそうです。
先進理工学研究科博士課程3年 吉良 美月さん
吉良さんは、サリドマイドという化学物質について、異なる鏡像異性体(R体・S体)の存在比と固相中でのキラル反転を定量評価する手法の確立を目指しています。サリドマイドは、異なる鏡像異性体が薬理作用に大きく影響し、また、水中で容易に相互変換することが知られています。吉良さんはまず、溶媒を使わず加熱による昇華で100~200マイクロメートル程度のサリドマイドの薄い板状結晶を育成する方法を考案しました。さらに、偏光子を用いたG-HAUP装置により結晶由来とキラリティ由来の光学応答を同時に分離測定する方法を提案しています。加熱後の粉末ではクロマトグラフィーによりR体・S体の変換が示唆されている一方、G-HAUPによる定量評価は検討中であり、手法確立後に同一試料の加熱過程を追跡する計画であるとのことです。博士号取得後は製薬関連の分析研究に従事する予定とのことです。

「サリドマイド以外にも、キラリティをもった物質は多くあり、片方の構造だけを使いたいという声があるので、その声に応えられる成果を出したい」と話してくださった吉良さん。修士課程1年の頃に研究の面白さに目覚めて博士課程進学を決めたとのことです。
先進理工学研究科博士課程3年 中澤 由理さん
人間の投球動作を再現することを目標にヒューマノイドロボットを開発している中澤さん。先輩院生から引き継いだテーマながら、独自の視点により肩の板バネによる弾性エネルギーの利用、左腕を引く反動を活用した身体バランス、前腕の慣性力による肘伸展機構を実装して組み上げたそうです。投球速度は現状では時速約40kmで、ヒトが座った状態で上半身のみで投げたときの最大時速約60kmに近づいていると言います。
中澤さんの所属する高西研究室では、投球がヒトに特有の優れた運動能力であることから、人間運動の理解を目的としてこの研究を開始したとのことで、人間の身体寸法・重量に近づける人間型設計にこだわっているそうです。また、全身モーションキャプチャーを共同で実施し、従来十分に扱われていなかった左腕の役割も明らかにし、ロボットの動作に盛り込まれました。将来的には、脚部を担当するチームと協力して、「上半身は投球、下半身は走行」可能なヒューマノイドロボットを生み出したい、さらにはそこから人間とロボットの双方に関わる研究へと発展させていきたい、と熱意を込めて語ってくださいました。

組み上げたヒューマノイドロボットのデモ動画を撮影するにあたり、多くの人に関心を持ってほしいと、そのセッティングにも非常にこだわった中澤さん。博士課程になると、マネジメントスキルも要求されますね、と笑顔で話してくださいました。
多くの参加者が行き交い活発に議論が行われており、博士学生の熱と勢いを感じるポスターセッションでした。







