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独創性を発揮する、気鋭の研究者たち(商学学術院 篠原靖明准教授)
早稲田大学PI飛躍プログラム 2026年度支援対象者の研究内容
Tue 12 May 26
早稲田大学PI飛躍プログラム 2026年度支援対象者の研究内容
Tue 12 May 26
独創性を発揮する、気鋭の研究者たち
早稲田大学では、独立した研究室を主宰する研究者(Principal Investigator/以下PI)を支援する「PI飛躍プログラム」を設置しています。5回目となる2026年度の公募では、13名の研究者より申請があり、3名が採択されました。
本シリーズでは3回にわたり、その独創性で社会的な価値を創造し、未来へと挑みつづける、それぞれの採択者の研究活動を紹介します。
音声知覚のメカニズムを
認知神経科学から紐解いていく
商学学術院 篠原靖明准教授
商学学術院 篠原靖明准教授 撮影場所:西早稲田キャンパス
商学学術院の篠原靖明准教授は、音声学にアプローチしてきた。ヒトはどのように言語音を発し、聞き取っているのか。音声の産出や知覚に関するメカニズムを、音響の視点から分析する領域だ。
「近年私が関心を抱いているのが、子音や母音といった“音素”と、音素の中にある“異音”です。例えばパンに塗る‘butter’は、イギリス英語とアメリカ英語で‘t’の発音が異なります(英[t] vs. 米[ɾ])。これを異音と呼びますが、異なる音声であるにもかかわらず、同じ音素/t/として認識するのはなぜか。その脳処理メカニズムの解明を目指しています」
PI飛躍プログラムに採択されたテーマは、「言語音の神経処理:事象関連電位から音素認識を解析する」。音素の認識や異音の知覚が脳内で処理されるプロセスを認知神経科学の観点から分析する。
「大きな目的は、ヒトが言語音を知覚・識別・認識するプロセスを、脳反応から解析することです。PI飛躍プログラムでは、まずイギリス英語話者とアメリカ英語話者について、両者の脳波を比較します。特に課題となるのが、異音に対する脳波の分析です」
脳波計測の設備。正確なデータ収集には防音室なども必要になる
現在の水準で、独立した音素に対する脳波の計測は可能である。一方で、異音は同一音素内に存在するが、カテゴリーとして成り立っているものではない。『脳は言語音を統計的に処理しているに過ぎない』という篠原准教授の考えを基にすると、カテゴリーとして成り立っていない異音に対しても、音素と同様に脳波は変化することになる。
「ヒトは生後、成長する過程で、無数の言語音を知覚・識別しながら、音素を確立していきます。このプロセスは言語音を聞き取る頻度に基づく単純なものであり、母語環境に応じて音素に対する脳反応が異なるのは、そのためであるといえます。そうであれば、異音に対しても音素と同様の脳反応を検出できるはずです。計測実験により、その仮説の検証を行います」
分析の対象となるのは、「ミスマッチ陰性電位(MMN)」という脳波成分だ。MMNには音響を聞き分ける「聴覚」による反応と、音素を聞き分ける「音素認識」による反応の両方が表れる。それぞれを分けて脳波計測を行い、音素の認識プロセスを明らかにすることは、同研究が持つ独創性の一つとなっている。このMMNの採取・分析には、脳波計測装置や防音室などの設備、人的リソースが必要だ。
「PI飛躍プログラムの研究促進費を使用し、機材の拡充と研究室の整備、人員の確保を行います。環境を整備してポストドクターを雇い、データ収集や分析、リサーチアシスタントへの指導を分担できれば、執筆論文数を増やすことができるはずです。著名な国際ジャーナルからの論文出版が重視される音声学ですが、日本の水準は欧米に遅れをとっています。人材育成を含む循環を生み出し、将来的には音声学の中心的拠点を、早稲田大学に確立したいと考えています」
ミスマッチ陰性電位(MMN)の分析 (Shinohara & Shafer, 2026, Fig. 4)
Shinohara, Y., & Shafer, V. L. (2026). Neural indices of phonological and acoustic–phonetic perception. Brain and Language, 273, 105685. https://doi.org/10.1016/j.bandl.2025.105685
同研究は、社会貢献への応用も期待される。その一つが、困難が生じている知覚段階の特定だ。例えば、高齢者の認知能力が低下する要因を、脳反応と生活習慣の関連性から特定できれば、社会全体の健康づくりにつなげられる。
「言語音の知覚能力は、高齢者一人一人で大きく異なります。この差異が認知能力と関連しているのであれば、脳波と生活習慣の関連性を分析することで、認知能力を高く維持する要因を特定できるでしょう。働きつづけられる世代の拡大など、高齢化社会の課題解決に貢献できます」
篠原准教授は、教育への応用も視野に入れている。別の共同研究では、音素や異音に対する脳波計測を通じ、自閉スペクトラム症児における言語音知覚の困難が生じている知覚段階を分析しており、将来的には発達障がいの早期発見にもつなげたいという。
「教育や臨床分野への応用で前提になるのは、膨大なデータの収集です。私の研究手法が確立され、脳波データを指標化できれば、知覚プロセスのさまざまな課題を発見できるでしょう。そのためにも、まずは10 年後までを目標に、脳波と音声知覚と認知能力の関連性を明らかにしたいです」
PIのニーズに沿った
テーラーメード型の支援プログラム
今回、3名の若手研究者が採択されたPI飛躍プログラムは、早稲田大学が2022年に新設した制度だ。PIの研究内容は独創的であるがゆえに、必要となる支援の形もそれぞれ異なる。それぞれのニーズに対し適切な支援をテーラーメード型で受けられることが、同プログラム最大の特徴といえるだろう。
研究者の成長モデルと本プログラムの位置づけ(イメージ)
(学内の方はこちらへ ⇒ https://waseda-research-portal.jp/research-fund/early-stage-pi/)
プログラムの対象は、博士学位取得後15年以内が原則。採択されると、研究環境整備などに充てることを想定した研究促進費が助成され、他の研究費との相乗効果を発揮できる。また、アドバイザー数名から成るチームにより、国内外の研究ネットワークの拡大、国際共同研究の企画・提案など、さまざまなアドバイスを得ることも可能に。さらに、本学リサーチイノベーションセンター研究戦略セクションURA*による、大型の外部研究資金獲得、産学連携の推進などに向けた伴走支援などサポートも受けられる。
採択された3名の研究者は、今後どのような成果を育んでいくのだろうか。それぞれの活動に期待したい。



