酸化シリコン活用によりダイヤモンドパワー半導体の高速スイッチングを実現
次世代パワー半導体の社会実装に近づく技術
早稲田大学理工学術院の川原田 洋(かわらだ ひろし)教授(ナノ・ライフ創新研究機構ナノテクノロジー研究所(基幹理工学部))らの研究グループは、ダイヤモンドパワー半導体を社会実装するうえで重要な技術を開発しました。

図:本開発技術における C-Si-O 結合を有するダイヤモンド縦型 FET
ダイヤモンドは、従来半導体に用いられてきたシリコンなどよりも高電圧に耐えられ、高速かつ高い周波数で動作できることから、次世代のパワー半導体としてダイヤモンド半導体が期待されています。本研究グループでは、ダイヤモンド表面を従来の水素(C-H)ではなく、酸化シリコン (C-Si-O)で覆う新たなデバイス構造で、ダイヤモンド p チャネル MOSFET ※1(p-MOSFET) の正孔移動度が、現在パワー半導体として脚光を浴びている SiC n-MOSFET の電子チャネル移動度よりも高くなる技術を開発しました。C-O-Si 結合ではなく C-Si-O 結合が鍵となります。
さらにパワー半導体として必須のノーマリオフ動作※2 について、その信号の閾値が 5V 以上と意図しない通電(ショート)が防げる値を実現しました。これは、ダイヤモンドではこれまで達成されていなかった技術です。
また、表面を C-Si-O 結合で覆うことで従来の C-H 表面に比べ、高温や酸化に強い安定なデバイスとなりました。C-Si-O 表面は Si や SiC の表面と同様のため、半導体製造工程で Si や SiC と同様の手法が使えます。
今回の研究成果については、米・サンフランシスコで 12 月 9 日から 13 日に開催された「国際電子デバイス会議(IEEE International Electron Device Meeting; IEDM))※3 にて、 ” Oxidized Silicon Terminated Diamond p-MOSFETs with Channel Mobility >150 cm2V-1s-1 and |VTH |> 3V Normally-off for Complementary Power Circuits”というタイトルで発表(12/13 10:15~(日本時間))しました。
早稲田大学 理工学術院 川原田 洋 教授
早稲田大学理工学術院教授。多くの政府研究開発プロジェクトでダイヤモンド半導体デバイスに関する研究プロジェクトを実施。文部科学大臣表彰科学技術賞、超伝導科学技術賞、応用物理学会フェロー賞等、ダイヤモンド半導体デバイスに関する研究成果で受賞しており、現在主流となっているダイヤモンド電界効果トランジスタ(早稲田独自方式)を開発。2022 年には、ダイヤモンド半導体デバイス研究開発スタートアップ Power Diamond Systems 社※4 を立ち上げ、世界初のダイヤモンドトランジスタの社会実装を目指す。
▪ 2016 年 文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門) 「ダイヤモンドパワートランジス タおよびバイオセンサの研究」
▪ 1998 年~2003 年 JST CREST(戦略的基礎推進事業)「表面吸着原子制御による極微細ダイヤモンドデバイス」研究代表者
▪ 2007 年-2011 年 科学研究費 基盤研究(S) 「高密度正孔ガスを利用したダイヤモンド高出力ミリ波トランジスタ」研究代表者
▪ 2010 年~2015 年 低炭素社会構築に向けた研究基盤ネットワーク整備事業「超低損失電力ダイヤモンドトランジスタ開発拠点」研究代表者
▪ 2011 年~2016 年 JST 先端的低炭素化技術開発事業(ALCA)「大口径ダイヤモンド基板によるグリーンインバータ基礎技術」研究代表者
▪ 2014 年-2019 年科学研究費 基盤研究(S)「ダイヤモンド表面キャリアによる電子スピン制御とその生体分子核スピン観測への応用」研究代表者
(1)これまでの研究における課題
ダイヤモンドパワー半導体においては、ダイヤモンド表面を水素原子で覆い、C-H 結合の表面でそれなりの FET が動作していたが、高温での酸化により C-O 結合に変化してしまい、この表面が電子的な欠陥となり、MOSFET の性能が極めて悪くなっていた。
(2)今回の研究で新しく開発した技術
本研究では、水素の代わりにダイヤモンド表面をシリコンで終端し、C-Si 結合を形成させ、FET 動作を安定させる技術を開発した。具体的には、以下の2方法を半導体製造工程にうまく取り込むことで pチャネル MOSFET を完成させた。
1. SiO2 還元法:SiO2 とダイヤモンド表面の還元雰囲気での反応で、SiO2 + 3C = SiC + 2CO(gas) 界面に C-Si 結合を得る。
2. Si 堆積法:高真空中で Si ビームをダイヤモンド表面に照射し、高温での反応で C-Si 結合を得る方法。
(3)研究の波及効果や社会的影響
高速パワー半導体は、省電力、受動部品の小型化を可能とし、小型軽量化されたインバータ開発につながる。これによりパワーエレクトロニクスに大きく貢献することが期待される。
(4)研究者のコメント
ダイヤモンド表面を変えることでダイヤモンドを本来持つ性質を顕在化させることが出来る。C-H 表面を使ったパワー半導体を最初に開発したが、今回はそれを超える C-Si-O 表面ダイヤモンド半導体を作ることができた。今後は、さらに量産化に適したデバイスプロセスの開発や、高耐圧化をより簡単な構造にて実現することを目指したい。
(5)用語解説
※1 p チャネルMOSFET
MOSFET(金属酸化物半導体電界効果トランジスタ)は、電界効果トランジスタ(FET)の一種で、LSIの中では最も一般的に使用されている構造である。MOSFET には、電流の流れる向きで n チャネルと pチャネルの 2 種類がある。
※2 ノーマリオフ動作(ノーマリクローズと同じ)
信号が入らないと通電しない。この逆は、ノーマリオン動作(ノーマリオープンと同じ):信号が入っていないと通電しっぱなし。この動作はパワー半導体にはむかない。
※3 国際電子デバイス会議
半導体のデバイス技術とプロセス技術の研究開発成果が発表される国際学会で、半導体のデバイス・プロセス分野では世界最大の規模の学会である。
※4 Power Diamond System 社
参考記事:
▪ 早稲田大学ベンチャーズ – Power Diamond Systems, Inc.
▪ ダイヤモンド半導体を新たな社会標準へ~Power Diamond Systems 社が WUV より資金調達
▪ 酸化シリコン終端構造によるノーマリ・オフ型ダイヤモンド MOSFET を開発- Power Diamond Systems, Inc.〜 半導体デバイス/プロセス技術に関する世界最大の国際学会 IEDM で発表 〜
(6)発表情報
学会:国際電子デバイス会議(IEEE International Electron Device Meeting; IEDM)
日程・場所: 2023 年 12 月 9 日~13 日 サンフランシスコ
発表タイトル: Oxidized Silicon Terminated Diamond p-MOSFETs with Channel Mobility >150
cm2V-1s-1 and |VTH |> 3V Normally-off for Complementary Power Circuits
発表者:川原田 洋
URL:https://iedm23.mapyourshow.com/8_0/sessions/session-details.cfm?ScheduleID=162