Institute of Comparative Law早稲田大学 比較法研究所

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【開催報告】比較法研究所創立60周年事業叢書「持続可能な世界への法-Law and Sustainabilityの推進」出版記念セミナーが開催されました(7月18日)

2020年7月18日(土)13:00~17:00
オンライン(Webinar)形式
参加者数/学生数  24人(うち一般参加者 4人)

7月18日(土)に、オンライン形式による比較法研究所創立60周年企画 「叢書第48号『持続可能な世界への法-Law and Sustainabilityの推進』出版記念セミナー」が開催された。

●開会挨拶(中村民雄比較法研究所所長)

中村所長はセミナー開会にあたり、全所的研究プロジェクト「Law and Sustainability学の推進」は、楜澤能生第18代所長、菊池馨実第19代所長の下で進められてきた研究プロジェクトを発展させたものであり、叢書『持続可能な世界への法-Law and Sustainabilityの推進』はその研究成果をまとめたものであると説明し、本セミナーでは、各執筆者の論文の核心部分を提示して質疑応答をしていきたいと挨拶した。

●第1部 総論

第1章「持続可能な世界への法―Law and Sustainabilityの推進」(中村民雄)

続いて、中村所長はLaw and Sustainabilityとは何かについて報告した。地球温暖化、内外の経済格差の拡大、都市への人口集中と地方の地域コミュニティの崩壊の危機などに現れているように、私たちの次世代、次々世代の社会は今よりもさらに生きづらい世の中になっている可能性があり、法律の視点からも解決策を考える必要があると指摘した。そこで、人間が地球上の生態系を全滅させるだけの技術力を持つ時代には、新たな倫理が必要で、法の目的を捉え直し、近代法を批判的に再構築する作業が「Law and Sustainability」であると述べた。
さらに、Law and Sustainabilityと国際連合がいう「持続可能な開発(Sustainable Development)」の重なりと違いにも触れ、国連はSustainableとDevelopmentを併記した結果、人間の生態系・人間社会破滅的な技術・活動への自制・歯止めを一貫して促せない結果を生んでいるが、Law and Sustainabilityはあくまでも人間を含めた全地球生態系のSustainabilityの達成を法の目的とする点で、それに反するdevelopmentを規律するものである、と中村所長は述べた。

中村民雄(持続可能な世界への法―Law and Sustainabilityの推進)

第2章「持続可能性と法における人間中心主義」(郭舜)

郭舜研究所員(法学学術院教授)は、法哲学の立場から「持続可能性と法における人間中心主義」について報告した。
郭研究所員は、1)「人間の発展」概念から見た持続可能性の意義、2)弱い意味の人間中心主義の不可避性、3)公共的政策決定を通じた自然の価値の増進の正当化可能性、4)法的権利という枠組みによることの可能性と限界、の4点について分析した。
そして、「持続可能性は人間の福利の問題として正義の観点から位置づけ、公共的政策決定によって推進することができる」とし、「その際、法的権利のシステムの中に自然の価値をいかにして位置づけるかが課題となり、結局は人間が人間社会の持続可能性を真剣に捉えることが自然環境の持続可能性につながる」ことを指摘した。

郭舜(持続可能性と法における人間中心主義)

●第2部 土地

第3章「物質代謝と法―「持続可能社会法学」を目指して―」(楜澤能生)

第2部では、まず楜澤能生研究所員(法学学術院教授)が、「持続可能性」「物質代謝」「法」の三つのキーワードを用いて持続可能社会法学の内容について説明をし、資本主義法概念のクリティークの例として土地所有権の事例を挙げて、「言語世界としての法はいかにして非言語世界の摂理を規範として受容すべきか」という問題について考察した。
さらに、「農地法という個別立法の場面では、世代を超えて継承されてきた、農地を含む自然との物質代謝関係、農村社会に実在する労働・所有関係を規範として表現」する点に触れ、この所有権概念を「他の対象に即した所有権概念」の再構築へ応用することが可能ではないかとの指摘をした。

楜澤能生(物質代謝と法―「持続可能社会法学」を目指して―)

第4章「都市開発とSustainability」(鎌野邦樹)

次に、鎌野邦樹研究所員(法学学術院教授)が、渋谷駅周辺の再開発事業と千葉県松戸市の土地区画整理事業を例として挙げ、Law and Sustainabilityの観点からの都市再開発の法的問題を考察した。とくに人口減少や超高齢社会において、巨大な建設物が都市全体にとって負の遺産にならないかとの問題を提起し、巨大な建築物を含む開発・建築規制についての検討の必要性について指摘した。

鎌野邦樹(都市開発とSustainability)

第5章「都市(住宅地及び商業地)の土地利用と持続可能性法学」(青木則幸)

続いて、青木則幸研究所員(法学学術院教授)が、アメリカにおける都市の土地利用をめぐり、「ニュー・アーバニズム」論のアメリカでの展開を紹介した。とくにサステナビリティに根ざす都市開発のポリシーが、人口密度の抑制や地域の用途制限に焦点を当てる「ゾーニング法」と対立する局面を説明し、それを解消する方法として「スマート・コード」という立法論を紹介した。

青木則幸(都市(住宅地及び商業地)の土地利用と持続可能性法学)

質疑

第1、2部の各報告に対して、以下のような質疑が行われた。
Q.郭報告にあった価値の序列化とはどういうことか。
A.反射的権利と利益は違うということである。権利は、より強力に法的な保護に値するものでなければならないが、利益はさまざまな権利と比較すれば劣後することになるのではないか。権利も利益も重複した場合には調整が必要になるが、権利の場合、それ自体が否定されるような調整は行われないのに対して、利益はより重い利益が優先された結果、軽い利益が否定されることもあり得ると思う。

Q.農地は農村における集団的自主管理による維持を前提としている。だが、都市部にも同じ議論が通じるだろうか。
A.農村においては耕作者主義が基本である。しかし都市の再開発では、耕作者主義とは全くかけ離れた事態が拡大している。都市においては、土地の区分所有が細分化し、区分所有権者が組合をつくって土地建物を管理するようになっている。だが、こうしたやり方はいずれ行き詰まるだろう。地域コミュニティの必要性は認めるが、それはお祭りをするなどの従来の町内会のようなものではなく、土地建物の管理に直結するようなものでなければならないだろう。

Q.アメリカのニュー・アーバニズムは行政が主導したものか、居住者の運動は関係があったのか。また、青木報告の最後の「逆のこと」とは何か。都市関係では、都市縮減議論、コンパクト・シティに対する考えが知りたい。
A.ニュー・アーバニズムの議論は、直接には人口密度抑制策の規制緩和の議論であり、わが国の主要都市で問題となっている人口集中とは逆の議論に思う。わが国の現状から出発すれば、都市中心部は、マーケットに任せることを基本として鎌野先生が示唆されたような方向で一定の規制をするしかないと思う。都心の代替地として郊外開発をする場合でも、郊外とはいえ混合都市が快適であるという発想は既にわが国の現状に織り込み済みではないか。そうすると、郊外開発もアメリカの「ゾーン的機能規制+ニューアーバニズム等の規制緩和」という調整方法のうち、規制の方が強く表れ、せいぜい規制の方向性としてアメリカで議論されているような線引きの方法が参照される程度ではないか。コンパクト・シティといっても、強調すべき側面が日米では逆になるのではないか。

●第3部 環境

第6章「気候訴訟―その可能性と困難性」(大塚直)

第3部では、まず、大塚直研究所員(法学学術院教授)が、国際的に重要なポイントとなる気候変動の目標に関してパリ協定やIPCC第5次評価報告書の内容を紹介したのち、世界各地の主たる気候訴訟について紹介した。たとえば、日本のシロクマ事件や石炭火力発電所訴訟、また米国、オランダ、ドイツの気候訴訟などである。最後に日本の気候訴訟に関する課題が指摘された。

大塚直(気候訴訟―その可能性と困難性)

第7章「将来世代機関の構想と制度設計」(進藤眞人)

次に、進藤眞人比較法研究所次席研究員が、持続可能性と世代間衡平について説明し、「将来世代の利害を意思決定に反映させるための制度」の必要性を指摘した。そのうえで、将来世代機関の内容と、将来世代機関の基本モデルについて説明し、将来世代機関の日本への導入について論じた。

進藤眞人(将来世代機関の構想と制度設計)

●第4部 市場

第8章「Law and Sustainabilityと企業法制」(上村達男)

第4部では、まず、上村達男早稲田大学名誉教授が、「Law and Sustainabilityと企業法制」と題する報告を行った。上村名誉教授は、「企業法制基礎理論の根本に⼈間がいるか」との観点から、「Law and Sustainabilityと企業法制」の内容を考察し、人間株主と非人間株主との関係などに触れながら「人間復興の論理」について述べた。また、コロナと企業法制について、コロナ禍では「人間の営みが害される」が、「非人間的存在と非人間的行為はむしろ有利」である点などを指摘した。

上村達男(Law and Sustainabilityと企業法制)

第9章「地球sustainabilityと資本市場―ESG投資の可能性と限界」(黒沼悦郎)

次に、黒沼悦郎研究所員(比較法研究所幹事)は、ESG投資の内容を紹介し、それが厳密な定義はないものの、「Environment、Social、Corporate Governanceに優れた企業へ投資」を行い、「企業活動を間接的にコントロールすることにより、地球の持続可能性確保をめざす」ものである旨を説明した。そのうえで、「利益をあげるとともに社会的価値の増加を目指すインパクト投資を行うことは、公開市場では難しい」との点を踏まえ、日本の現状とESG投資の実際を分析し、ESG投資の課題と展望について「ESG投資の開示」にも触れながら考察を加えた。

黒沼悦郎(地球sustainabilityと資本市場―ESG投資の可能性と限界)

質疑

第3、4部の報告に対する質疑では、次の点が議論された。
Q.企業を含めてあらゆる所有権の公的な側面(義務や道徳を伴うという側面)を強調してしまうと、結局は、市場を通じて人々が道徳的感覚を陶冶する機会を失ってしまうのではないか。
A.市場という自律的秩序が持つ道徳的陶冶機能を肯定する場合、市場を国家が法的に規制すると、市場が持つ積極的側面を阻害することにならないかという論点については、確かに市場は有機的な自生的自律的秩序であり、これへの参加者に内面的規範意識(外在的強制にいやいや服するのでない、内的強制)を育む機能を持つと考えるが、この「内からの順法精神」の涵養の基礎にあるのは、等価の物は等価の物と交換される等価法則という、人の意識如何に関わりなく貫徹される経済法則であり、この法則が市場参加者の意識に反映すると「契約は守られるべし」という規範意識として現象する。市場が持つこの機能は決して否定されてはならない大事だが、それはその限りのものであり、商品主体間の物象化された道徳意識の涵養に止まると考える。

Q.土地所有権は所有権の典型であり、所有権は個人の自律の基盤であるという議論は、果たして現実と適合していたのか。日本では、土地所有権は強いのが当然であると考えられているが、実は欧米では土地所有権はさまざまな規制の下に置かれてきたのではないか。
A.人の行動の自由のために所有があるのであって、主体の問題を考えずに所有について議論しても意味がない。「個人の行動の自由のための所有」という概念が強調されれば、その延長で企業の所有や企業の人権という考え方につながるはずである。日本は、非西洋国家としては西洋の制度を上手に継受したが、法の本質的な要素や制度の背後にある規範意識までは継受して来なかったことが、企業の野放図な自由によって個人の自由が制約されるという今日の事態を招いたのではないかと考えている。
土地の所有については、歴史的にみるとフランスでは土地が商品化されることへの抵抗からフランス民法典で土地の取引を規制したが、日本の場合、江戸時代には土地取引が禁止されていたものの、明治になって地租改正が行われ、誰でも売買できる土地商品化社会になった。土地取引を制限する段階を経ることなく、いきなり自由な取引が認められたことで、土地の絶対的な所有権が確立されたのだと考えている。

Q.株式会社のあり方について、ムハマド・ユヌスの「ソーシャル・ビジネス」企業(存続ための利益が確保できればそれ以上の利益は社会に還元する企業)の考え方をどう評価されるか。
A.そういう企業ももちろん可能だ。企業の目的は定款に定めうる。定款でソーシャル・ビジネスと定めるなら、それはそのようにできる。実際、マイクロファイナンスにより農村部で起業させ都市部で利益を上げて返済させるスキームなどうまくいっている例がある。大事なのは企業が活動によって利益を上げ、その利益を何に使うかではないか。

Q.黒沼報告のパワーポイントの7ページ最後にある「開示の萎縮効果」というのはどういう事が考えられるか。法律で開示すべき事柄を細かく規定すれば、情報開示は進むという理解でよいか。
A.現在も、任意開示で開示されている情報であっても、課徴金や罰則を恐れて法定開示ではほとんど触れられていない。理論上は、必要な情報を開示しない場合は開示違反になるが、企業としては記載したことに間違いがあっては困るので記載しない方向に動きがちである。したがって、罰則規定を設けても情報開示を促すことにはならないが、法律で細かく規定すれば情報開示は進むと思われる。

Q.大塚報告について、温暖化防止のための政策は、これまで行政を通しても思うように進まなかったので訴訟によって推進するとのことだが、日本では法的な障害が大変多く、訴訟戦略によって政策を推進できる見通しはあるのか。
A.日本では法的障害が多く、訴訟を起こしても時間がかかるのは確かだが、海外では200~300件の訴訟が起こされており、将来世代のことを考えている人たちにとっては重要な意思表示の手段になっている。

Q.将来世代を代表する機関は、どのようにすれば、その代表性を正当化できるのか、また、将来世代の利益はどのようにすれば正確に表明できるのか。
A.現在の専門家を交えて将来世代の利益を検討することで、代表性の正当化と利益の正確な表明とすることになる。

●第5部 ケア

第10章「ケアの存在倫理学―可傷性・責任・ホスピタリティ」(守中高明)

守中高明法学学術院教授が、「ケアの存在倫理学―可傷性・責任・ホスピタリティ」と題する報告をした。守中教授は、「ケアという社会実践は万人をその当事者とする」とし、「ケアは、なされなければならない」ことが、人間社会における定言命法であると指摘した。また、1)ケアの責任はどこから始まるのか、2)ケアの場面における脱‐主体化の必然性、3)ホスピタリティの全般化という3つの観点から、可傷性、責任、ホスピタリティにそれぞれ考察を加えた。

5-10_守中高明(ケアの存在倫理学―可傷性・責任・ホスピタリティ)

第11章「精神障害者のソーシャルインクルージョン:Law and Sustainabilityからの検討」(橋本有生)

橋本有生研究所員(法学学術院准教授)は、事理弁識能力が不十分な成年者に対する私権の行使の制限と、精神的な障害を有する者への強制入院制度について、障害者権利条約がどのように扱っているかを紹介した。同条約は、日本を含む多くの国の法の下で自由な行為が認められる「人」は、「理性的」「合理的」であることが前提になっている点を障害者の視点からは問題と考えており、人々が支え合い、それぞれに責任を持ちながら形成していける社会を希求する方向で法を改変することを意図していることを指摘した。

橋本有生(精神障害者のソーシャルインクルージョン)

第12章「持続可能な地域社会の法的基盤形成―ケア情報の共有システムを例として―」(岡田正則・中塚富士雄)

岡田正則研究所員(法学学術院教授)と中塚富士雄氏(日経金融工学研究所シニアフェロー)が、「持続可能な地域社会の法的基盤形成―ケア情報の共有システムを例として―」と題する報告を行った。
岡田研究所員は、日常生活の基盤である地域社会の持続可能性を考察の対象とし、その営みの根底は「ヒトの再生産」であり、そのためには日常性と専門性を踏まえたケアが不可欠であると述べた。また、地域社会の持続にはケア情報の共有が重要であり、1)ケアを受ける者の意思の公共化、専門的知見を媒介とする知見の共有化、2)ケアに関係する主体・機関間の役割や責任を相互にオープンにし、協議する仕組みづくり、3)多層的にケア情報を共有するネットワークの基盤整備といった問題解決の道筋を提示した。
中塚氏は、日欧の先進事例を比較し、ケア情報の共有システムについて報告した。とくに情報やノウハウ、データの共有に着目したチーム運営へのICT利用例および協議会形式の活動事例を紹介し、「仮名加工情報」などに着目し、個人情報をめぐる最近の論点について説明し、地域ケアに関する日本の先進事例(秋田県医師会ナラティブブック秋田)や英国における取組(プリマスDAA)を紹介した。

岡田正則(持続可能な地域社会の法的基盤形成―ケア情報の共有システムを例として―) 中塚富士雄(持続可能な地域社会の法的基盤形成―ケア情報の共有システムを例として―)

質疑

第5部の各報告に対する質疑では、次の点が議論された。
Q.今般のコロナに対する医療崩壊状況において、若者を高齢者より優先すべきであるとの主張があった。これをどう考えるか。もしこの考えに与しないのなら、若者と高齢者を平等に扱うことになるが、それは結局先着順になるのか。守中氏の考えを聞きたい。
A.個人的には、命に優先順位をつけることには反対である。今回の危機で、新たな優性思想というものが広まりつつあるように思う。スウェーデンなどで採られた集団免疫戦略(抵抗力が低い高齢者が死亡しても、免疫者が一定の割合になるまで集団内での感染を広げる)のような適者生存の考え方はきっぱりと退け、命の選別をせざるを得ないような場面を作らないために、新自由主義の下で大きく削減された医療資源を復活させることが重要であると考える。

Q.精神障害者の事後救済策について、取消や無効を事理弁識能力と直接関連付けることは許されないと橋本氏は示すが、事理弁識能力の観点を入れずに効果意思があったかを判断することができるのか。
A.確かに、錯誤の場合と異なり、精神障害者の意思の缺欠の立証の場合、現に生じている権利義務関係からみて、客観的に行為者に効果意思が存在したかの立証には困難性が伴い、効果の発生について判断に足る精神能力の有無に議論が帰着してしまうのではないか、との指摘はそのとおりで、現在さらに思考を重ねているところである。

Q.岡田報告では、行政において人のライフコースの各段階の情報が分断されているとの由であったが、ならばデータの共有についてどう改善し、人生の全過程をトータルに捉えたケアの情報のあり方としてどう再構築するのがよいのか。岡田氏に考えを伺いたい。
A.行政が個人のあらゆる情報を管理する社会としないためにも、個人の情報を行政がどのように入手し管理すべきか、今後真剣に議論しなくてはならない。しかし、現在の行政は縦割りで、厚生労働省の中でも乳幼児、高齢者、障害者、母子福祉はいずれも担当する部署が違う。これを全体として捉えられるようにして、包括的に情報を管理できるように見直しをしている段階である。一方で個人情報を保護しながら、他方で地域を成り立たせるように、いかに管理する情報を必要な部署間で共有するか、試行錯誤の段階である。

Q.データは使いようによってはビジネスチャンスになるので、うまく使うという発想も必要だとの意見もある。中塚氏はこのような意見をどう評価されるか。
A.個人情報保護法があるので難しい。今回の法改正の下では、例えば、児童相談所から家庭裁判所に情報が引き継げるのか、年齢が変わるとステージも適用される法律も変わるので、現状では主体が変わると情報を引き継げない。こうした問題は、倫理的に論点を整理して社会的に合意が形成されれば、情報の共有化は受け入れられると思われるが、現在のようにビジネス的な視点からビッグデータの活用を議論していては難しいであろう。

Q.守中先生の「他力の哲学」に深い感銘を受けた。生身の人間としての脱主体化に教えられた。先生にあっては脱主体を統合する原理とは、先生の「他力の思想」で展開された宗教的な赦しの哲学に求められることになるのか。デリダ、ヴェリナス、カントから先生の法然・親鸞・一遍に繋がる他力の思想についてコメントを頂きたい。
A.「脱-主体化」の思考、すなわち、十全に「主体」たり得ない「前-主体」的状態の存在をも、人工的・制度的補綴によって「主体化」させるのではなく、その欠如態のままに迎え入れる思考は、赦しの思考と表裏一体のものであり、まさに「脱-主体」を統合する原理は赦しであると言ってよい。歓待と赦しの二つの倫理は、それぞれが無条件性と条件性の二つの極のあいだで必ず振幅を見せる点で共通している。
私たちの社会は一般に、歓待も赦しも条件化する。例えば、移民・難民については、一定の労働力をそなえている場合や、受け容れ国の言語を一定程度有している場合等の条件を付してこれを迎え入れる、というのが常識である。それと同時に、赦しも、罪を犯した人間が謝罪した場合や、改悛し、二度と罪を犯さないことを誓約した場合等の条件を付してこれを赦す、というのが常識である。
ところが、ジャック・デリダは歓待について、完全に無条件の歓待を現実的に措定しようとし、無条件の歓待こそを、その他のもろもろの歓待が実行される可能性の条件と見なしている。法然・親鸞・一遍における赦しもまた、完全に無条件の赦しである。この三人、法然・親鸞・一遍は、罪の赦しにいかなる交換条件も付さない。彼らにとって、人間存在はすべからく「悪人」であり、「悪」は人間の類的本質であるとさえ見なされている。しかし、その「悪人」を無条件で赦すこと、いわばまるごと包摂し赦し解放することを法然・親鸞・一遍は目指しており、その根源的な力を阿弥陀仏の大慈悲のうちに見出していると私は理解している。そして、この無条件の歓待/赦しの思考の系譜は、西洋哲学の歴史そして三大一神教のうちにも地下水脈のようにして連綿と流れているものではないかと思う。

総括

総括では、中村所長が報告者全員に対して、今後の課題を何と考えているかを問い、以下のような点が返答として挙げられた。
・日本に関しては、環境問題だけでなく財政赤字の問題が将来世代に重要な影響を及ぼすと思われる。
・そうした将来世代に影響を及ぼす課題の解決のために人々をいかに巻き込むか、方向づけていくかが課題である。
・将来世代の機関の枠組みに関しては、国際的な問題への対応が課題として残る。
・地域社会を作っていく上で、マンションの管理組合や自治組織といった従来の地域コミュニティを、今後のコミュニティ論にどのように生かすか。従来の地域コミュニティは財産管理等が主な役割であったが、今後はケアや生活面での多層的な集団をどのようにつなぐのかという観点から再構築する必要がある。

最後に中村所長より、創立60周年を契機として、比較法研究所で長期間かなり一貫性をもって共同研究ができたことは大きな成果であり、これを一つの礎としてさらに次を目指していきたい旨の発言があり、これをもってセミナーは閉会した。(了)

参考
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