Institute of Comparative Law早稲田大学 比較法研究所

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【開催報告】比較法研究所創立60周年企画「Law and Sustainability学の推進」総括シンポジウムが開催されました

2019年10月30日(水)13:00-17:45
早稲田大学早稲田キャンパス27号館B2 小野記念講堂
参加者37(うち学生8)人

10月30日に小野記念講堂で、比較法研究所創立60周年企画「Law and Sustainability学の推進」総括シンポジウムが開催されました。シンポジウムでは、法とサステナビリティについて踏み込んだ議論が展開されました。

●開会挨拶
中村民雄(比較法研究所 所長)

中村民雄(比較法研究所 所長)

シンポジウムでは、まず、中村民雄(比較法研究所 所長)が、黒沼悦郎(比較法研究所 幹事)の司会の下で開会の挨拶を述べ、シンポジウムの趣旨を説明しました。

開会挨拶のなかで、中村氏は、近年における台風や洪水、猛暑などの異常気象や漁業資源乱獲の問題に触れながら、地球生態系と、その一部である人間社会の持続可能性が脅かされていると指摘しました。

黒沼悦郎(比較法研究所 幹事)

そのうえで、地球生態系の持続可能性を奪う原因を突き止め、必要であれば法的な発想を転換する覚悟で現行法を議論すべきではないかと同氏は問いかけ、早稲田大学比較法研究所が持続可能性社会のための法がどうあるべきかを考えるLaw and Sustainability学に取り組んできたと述べました。

中村氏は、このように述べたうえで、具体的場面で発想の転換や法の改革をもたらすような切れ味のある研究成果にいたるための一歩として、本シンポジウムを開催する旨、挨拶しました。

●講演
「人新世における法(Law in the Anthropocene)」
ゲルト・ヴィンター(ブレーメン大学 教授)

ゲルト・ヴィンター(ブレーメン大学 教授)

開会挨拶に続いて、ゲルト・ヴィンター(ブレーメン大学 教授)が、「人新世における法(Law in the Anthropocene)」と題する講演を行いました。

ヴィンター氏は、「人新世(Anthropocene)」が人を意味する語(anthropos)とギリシア語(kainos)に淵源をもち「新しい」を意味する語(cene)の組み合わせであると説き、「自然への人間の干渉は、人間の利益になるのか害悪になるのか」との問題意識の下で、人為活動により生物多様性の喪失が加速している点などを紹介しました。

講演では、とりわけ経済構造と法との関係が重点的に論じられ、新たな人間学(a new anthropology of homo oecologicus)や「オートメーション賦課(Automation charge)」といった新たな経済構造の可能性に考察が加えられました。このうち、前者(新たな人間学の探求)については、「エコロジー的人間(homo oecologicus)」が、社会や自然との関係から構成される大きな枠組み(包括的な家)を意味し、経済や哲学的人間学を土台とするものである点が説明されました。かたや後者(新たな経済構造の探求)については、「税と社会保険の主要な源泉」として労働負担を軽減する「オートメーションへの賦課」に考察が加えられました。

ヴィンター氏は、これらの点を説明したうえで、最後に、社会変革の要請を満たすには、消費者と事業者に対する新たな概念を一方とし、他方でオートメーションのような社会に価値創造をもたらす資産(value-creating assets)に着目した議論が必要である旨を指摘し講演を締めくくりました。

質疑応答
ヴィンター氏に対する質疑応答では、1)人間の主体としての在り方を「エコロジー的人間」に求める考え方と2)新たな経済構造(オートメーションを価値創造の源泉として課税を行う経済構造)への転換を求める発想との関係性が議論され、経済構造が人間の消費行動に大きな影響を与えているとの見方に批判が加えられました。

●環境クラスタの研究成果報告
「サステイナビリティと気候変動問題」
大塚直(法学学術院 教授)
環境クラスタでは、まず、大塚直(法学学術院 教授)が、「サステイナビリティと気候変動問題」について、近時における日本の対応を中心に報告を行いました。

大塚氏は、サステナビリティの観点から、二酸化炭素排出規制を含め気候変動をめぐる日本の法・政策を概観した後に、日本国内の具体例をもとに気候訴訟を分析しました。

「将来世代との衡平を確保するための制度的枠組の意義」
進藤眞人(比較法研究所客員次席研究員)

進藤眞人(比較法研究所客員次席研究員)

大塚氏に続いて、進藤眞人(比較法研究所客員次席研究員)が、「将来世代との衡平を確保するための制度的枠組(Future Generation Institutions: FGI)」を考察しました。

進藤氏は、ハンガリーの「将来世代オンブズマン」を含む各国のFGIの設置状況を整理し、FGIが将来世代の利益を立法・政策立案段階で反映するものであり、裁判所の規範形成に資する点で独自の存在意義をもつと指摘しました。

質疑応答
環境クラスタの研究報告に対する質疑では、1)日本に「将来世代の利益」を代弁する制度がないことの是非や2)気候訴訟に関して、日本で今後、法改正が必要になるか否かについて議論がなされました。

●土地利用クラスタ(農地)の研究成果報告
「持続可能性の観点からの所有権概念の批判的検討-農地所有権を手掛かりに」
楜澤能生(法学学術院 教授)

楜澤能生(法学学術院 教授)

土地利用クラスタでは、楜澤能生(法学学術院 教授)が、農地所有権を手掛かりとしながら、持続可能社会法学について報告しました。

楜澤氏の報告では、ヴィンター氏が提起した地質学上の時代区分(人新世)を踏まえたうえで、「産業社会から持続可能社会への大転換」や「成長なき経済」を前提とした「持続可能社会像」に考察が加えられました。

楜澤氏は、ドイツ、日本、中国で共通して農外資本への土地投資の議論がみられ、持続可能な社会に逆行する動き(農地を商品一般に戻していく産業社会を支える法概念への回帰)が昨今、強まるなかで、土地利用クラスタは今後も「持続可能社会法学」の研究を継続していく旨を述べました。

●土地利用クラスタ(都市の土地)の研究成果報告
「アメリカ法における都市(住宅地及び商業地)の土地利用とサスティナビリティ論 ― 「ニュー・アーバニズム」とゾーニング法の衝突を素材に」
青木則幸(法学学術院 教授)

青木則幸(法学学術院 教授)

楜澤氏に続いて、青木則幸(法学学術院 教授)が、米国における都市の土地利用におけるサステナビリティ論について、ニュー・アーバニズムとゾーニング法の衝突に焦点を当てて報告を行いました。

青木氏は、ゾーニング法(土地の利用用途に応じた区画設定を促す規律)の一角を崩すものとして、1980年ごろから米国で展開されるようになった都市開発ポリシー(サステナブル・コミュニティを原則とするニュー・アーバニズム)を適宜、写真を交えて考察しました。

報告のなかで、青木氏は、人口過密化の抑止、地域社会の維持、税収確保、歴史的遺産や野生動植物の生息地保護などの諸側面で、ゾーニング法が米国で支持されていることを紹介したうえで、魅力的な街づくりの観点からニュー・アーバニズムは都市開発に多様性をもたらすものであると指摘しました。

「都市再開発と持続可能性」
鎌野邦樹(法務研究科 教授)

鎌野邦樹(法務研究科 教授)

最後に、鎌野邦樹(法務研究科 教授)が、「都市開発と持続可能性」について、東京都渋谷区と千葉県松戸市の土地区画整理事業を事例に報告しました。

鎌野氏は、渋谷区と松戸市のそれぞれについて、図や写真などの資料を適宜もちいて駅前再開発の様子を紹介し、再開発事業前後に生じた法律上の課題を整理しました。

鎌野氏の報告では、都市開発におけるサステナビリティの観点から、環境負荷低減も含めて、マンションなどの区分所有建物の適正で継続的な維持管理の必要性が指摘されました。

●総合討論
総合討論では、土地利用クラスタに対する質疑を含めて、各クラスタの議論が整理され、課題が示されました。

総合討論

討論では、土地利用クラスタの報告で言及された「成長なき経済」の背後には利潤獲得があり、経済、社会、環境の3要素を同時に考えるときに、富の再配分をどうするのかが一つの焦点になる旨が指摘されました。この問題提起に関しては、量よりも質に着目し、経済よりも諸個人の福利(well-being)から成長をとらえ直す必要があるとの意見が示されました。

このほかに、経済、社会、環境(生態系)の3つの観点それぞれの規制実態を次世代の利益も含めて具体的に考えていくのが、持続可能法学の本来の考え方になるとの見方が示されました。

総合討論では、さらに、私人間取引に将来世代の利益をどのようにして取り込むかをめぐり意見が交わされたほかに、概要次の点が成果として整理され、今後の課題が示されました。

  • 日本の土地利用に関しては、成長期の経済を前提に法がつくられている。これに、どう対処していくかが今後の課題になる。また、将来世代を含めた環境、社会、経済を三位一体で考えながら、新たな視点を導入していく必要もある。これら二つの課題をどのように同時進行で実現していくかが、現実の問題であると本日の議論で明らかになった。
  • 環境に関しては、環境法が多くなっても効果があがらない皮肉な現実がある。そのような状況で、法をどのように活用すれば環境を適正に保全できるのか。この根本的な課題についてはまだ議論の余地がある。
  • 将来世代の利益を法に反映させる問題意識は、環境の場面でとりわけ顕著に表れる。これが、不動産の場面でもでてくることが今日の議論で確認された。
  • ウェールズの将来世代コミッショナーの指摘する将来世代は、現世代の次の子どもや孫を想定している。将来世代の実態利益は、良い水や空気、文化遺産などになる。哲学的な意味での将来世代は、既存の仕組みでは必ずしも想定されていない。

総合討論の最後に、中村氏は、大きな歴史の流れのなかで近代法の根本に迫りながら、〔近代法を〕新たな時代の要請に即した法にしていかなければならないと述べました。そのうえで、この問題意識は、共感者を増やしながら今後も議論を続けるに値する課題であると同氏は指摘し、シンポジウムを締めくくりました。

 

参考
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