Graduate School of Letters, Arts and Sciences早稲田大学 大学院文学研究科

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なんとなくを引きずったまま(現代文芸コース:島田拓さん)

島田拓(修士課程(現代文芸コース)在学生)

 

私が文学研究科現代文芸コースを志望したのは、学部生のころ、小島信夫という作家に出会ったことがきっかけでした。なんとなく惹かれる。最初のうちはそれくらいの気軽さでした。図書館や古本屋をぶらつき、彼の名前が書かれた背表紙と出会うたびに手に取っていました。でもそれが途中からだんだん変わってきました。というのも、読めば読むほど彼の作品がわからなくなっていったからです。このままひとりで読んでいては手に負えない。教員や学生たちとともにじっくり小島信夫の作品に向き合ってみたい。そんな思いから大学院に興味を持ち、現代文芸コースを志望しました。しかし今ふり返ってみれば、読めば読むほどわからなくなるのはおかしなことではないし、作品がわかる、わからないといった区分も雑だと言えます。けっきょくのところ、私を動かしていたのは、なんとなく惹かれるという、お昼の定食屋からただようにおいに似た引力だったのかもしれません。

そんな私にとって、現代文芸コースは豊かな場所でした。長い小説を少しずつ読み、批評について議論をかわし、ときには英語の文章をていねいに翻訳したり、クィア理論やポストコロニアル理論に触れたりしました。さまざまな授業から、その場では解決しきれない大切な問いを受け取ったように思います。またそうした授業は、教員だけでなく学生たちとともにつくりあげるものでした。それぞれが感じ、考え、言葉にする過程を目の当たりにし、その誠実な姿に引っ張られるようになんとか応答を試みる。ゆるやかな基調を保ちながらもきびしいやりとりによって、多くのことを経験できました。もちろん授業の合間や終わりに生まれたささやかな会話も記憶のあちこちに散らばっています。それらすべてを含め、賞味期限のない糧になるのではないかと思っています。

研究については、対象である小島信夫の作品に身をゆだねて進めていきました。『別れる理由』という、12年半ものあいだ文芸誌に連載された大作がおもな相手だったため、飲みこまれてしまわないように耐えるので精一杯だったこともあります。ひとまず決めていたのは、研究対象への真摯さを手放さないことだけでした。読んでは書き、書いては読みをくり返し、一歩ずつ、かかとから跳ね返ってくる地面の感触をたよりに、ぼんやりと明かりの見えるほうへ。困難な道のりではあったものの、指導教員や友人たちなど周囲の支えのおかげで、かろうじて目的地の近くまではたどり着けました。とはいえ、修士論文を書くなかで小島信夫の作品が教えてくれたのは、目的地はつねに経由地に変わっていくということでもあります。これから年齢を重ねていくなかで、どのような目的地と経由地が現れるのか。なんとなくそんな楽しみを与えてくれる研究になった気がしています。

こうした具合で私は、なんとなくを引きずったまま大学院生活を送ってきたのですが、進学を考えるにあたり、現代文芸コースでの学びはなんの役に立つのかと訊きたい人もいるかもしれません。正面からの回答は難しいものの、少なくとも個人的に、役に立つのかという疑問そのものを点検する力を身につけられたとは言えそうです。当たり前のような疑問からこぼれ落ちるなにかを見逃さず、手を伸ばす。現代文芸コースでの学びは、ともすれば無視されてしまうものたちをそのまま放置しないためにあったはずです。そして同時に、そうした学びは変化しつづけることを求められます。ですから、もし進学を目指すなら、その瞬間のかたちについて、自分自身で見きわめることを忘れないでほしいと思います。最後に、現代文芸コースで学ぶだれもが有意義な時間を過ごせることを心から願っています。

プロフィール

徳島県出身。早稲田大学文化構想学部文芸・ジャーナリズム論系卒業後、早稲田大学大学院文学研究科現代文芸コースに進学。在学中は小島信夫の作品を研究。修士論文の題目は「小島信夫と「病」」。

(2023年2月作成)

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